第13話 調査開始

 次の日、世の中は祝日だった。

 テリーは自宅で昼食を済ませると、暗知の事務所へ向かった。三輪から《暗知の事務所に来て欲しい》とショートメールをもらっていたのだ。


 オフィス街区‥‥少し寂れた細長いビルの2階に『暗知探偵事務所』は入居していた。

 最近エレベーターのメンテナンスが終わったようだ。テリーは試し乗りを兼ねて、エレベーターで2階へ上がった。


「おぅ来たか。暗知に昨日の窃盗事件について、話していたところだ」

 テリーが事務所に入ると、三輪が丸テーブルを前に腰掛けていた。何やらパソコンを操作しているようだ。


 テリーも丸テーブルを囲むように座った。

「刑事が探偵に依頼なんてするんですね」


「俺個人としての依頼だ。手始めにこれは昨日の犯人を捉えた映像だ」

 三輪はパソコンのキーをカタカタと叩くと、テリーに動画を見せた。


 黒い服装をした男が自転車を操り、エミリの背後からバッグを強奪する映像が写っていた。付近の防犯カメラの映像だった。


「男が乗っていた自転車。太いタイヤが特徴の『ファットバイク』と言う代物だが、盗難車だった。珍しい型番なので容易に持ち主に辿り着けた、この人だ」

 三輪は一枚の写真を丸テーブルに置いた。


「え?この人、エミリ‥‥さん?」

 テリーが食いついた。


「俺も最初はそう思った‥‥だが『中村里美』という。『藤城エミリ』とは別人だ」

 三輪は電子タバコを一口吸うと、煙を吐きながら話を続けた。


「盗難車の件で『中村里美』の家を訪問した。何の変哲もない2DKの平屋アパートだった」

 三輪はアパートの外観写真を『中村里美』の写真の上に重ねて置いた。


「インターホンを押しても返事がなく、不在かと思ったが、玄関ドアの鍵は開いていた。ドアを開けてみると、部屋の奥で女性が倒れているのが見えた」


「え‥‥?」

 テリーは口を押さえた。


「『中村里美』は自宅で亡くなっていたんだ。検視側で死因は確認中だが、薬剤過剰摂取による自殺と思われる。死体発見は昨日22日の16時。死後硬直の状態からして死亡時刻は同日10時頃だ」


「なぜ、自殺だと?」

 暗知はメモを取りながら質問した。


「部屋には鎮静剤の包装シートが大量に散らばっていた。『中村里美』は精神疾患があり、休職中だった。おそらく、突発的な行動だったと思われる」


「ただ、いくつか謎が残っている。遺体の腕に注射痕があった。それと、ベランダの鍵も開いていた。他殺の可能性もゼロではないと思う」

 三輪は吸殻を携帯灰皿に入れた。


「現在、『中村里美』の身辺調査中。と言いたい所だが自殺の線が濃厚だというのと、別件もあって、身動きが取れないでいる。代わりと言ってはなんだが『中村里美』の身辺調査をお願いしたい」

 三輪が関連写真数枚、レジュメ10枚程度の資料を丸テーブルに広げた。


「資料って、これだけ?」

暗知が苦笑いしている隙に、テリーは早くもレジュメに目を通し始めている。


「『中村里美』さんとエミリさんの関係性はないのかな?さっき二人の顔が似ているって言ってたけど」

 暗知は自分が記したメモを振り返った。


「『中村里美』と『藤城エミリ』は双子、つまり一卵性双生児だ。エミリは父方の藤城姓、里美は母方の中村姓を名乗っている。経緯は不明だが、里美は実母の兄(叔父にあたる)と養子縁組をしていた」

 三輪はレジュメを指でなぞりながら説明した。


(中村里美‥‥何処かで見たような‥‥)

 三輪が暗知に説明しているのを横目に、テリーは音楽雑誌をめくっていた。夏菜子から借りている物だ。


「これこれ!ちょっと見て下さい!」

 テリーは雑誌の特集ページを指さした。


「『奇跡の歌声、アリーナを突き破る』か‥‥確かに彼女の歌声は素晴らしいと思う」

 三輪は雑誌に写っている『eimy』の顔をマジマジと見つめた。


「写真ではなくて、この記事を書いている人、見て下さい。『中村里美』です」

 雑誌の掲載文を読み進めると執筆者に『中村里美』の文字があった。


 暗知はパソコンを開くと、雑誌の発行元を調べ始めた。

「発行元はリトルホースという会社だ。ポニーミュージック100%子会社だね。『eimy』と『中村里美』は仕事上でも接点があった可能性があると言える」


「そうです。あ‥‥!どうでもいいかも知れませんが、フルーツサンドって『eimy』の好物らしいですよ。北村医師から聞きました」

 テリーはプチ情報も漏れなく提供資料に追記しておいた。


 ピリリリッ♪三輪の携帯が鳴った。

「もしもし、あぁ‥‥そうか‥‥丁度今その件を調べていた。わかった、すぐ現場に戻るとしよう」

 電話を切ると、三輪は電子タバコを一口ふかした。


「鑑識からの連絡だ、部屋にあるはずのない足の痕跡があった。そのサイズおよそ27センチ、おそらく男性だろう。玄関のドア、ベランダも施錠無しだった事を鑑みると、他殺の可能性が高まったな」

 三輪がメモをしておうようジェスチャーをすると、テリーは阿吽の呼吸でレジュメ裏面に鑑識情報を追記した。


「すまんが、戻らねばならない」

 三輪は上着を羽織ると、足早に事務所の出口へ歩き出した。


「こっちも調べておくよ〜!」

 暗知は三輪背中に言葉を投げかけ、送り出した。


「理恵ちゃん、早速聞き込みに行こうか」

 暗知は車のキーを手に取り、出掛ける支度をしている。テリーは三輪に渡された資料をブリーフケースに入れた。

 2人は冷めたコーヒーを飲み干すと、事務所を出た。


 暗知の車は事務所から徒歩10分程離れた月極め駐車場に置いてある。オフィス街区の中でも狭くて人気の少ない場所のせいか、周辺の駐車場に比べると格安だった。


「まず何から当たってみるんですか?」

 テリーは車の助手席に乗り込んだ。


「やっぱり『藤城エミリ』じゃないかな?」

 暗知がエンジンをかけた。


「であれば、青坂palletに向かうべきです。今週『eimy』が出演するLive会場ですし、リハーサルの為に姿を現すかもしれません」

 テリーは携帯電話で会場住所を確認すると、カーナビを設定した。


「待ち伏せか、エミリさんは理恵ちゃんに『貸し』があるみたいだしね」


「はい。上手く接触できれば、話を聞いてくれると思います」


「わかった。会場に向かう前に、ちょっと寄り道するよ?」

 暗知はカーナビのマップ画面をスクロールすると、アクセルを踏み込んだ。


 車を10分程度走らせると、商業街区に入った。駐車場を探したが、いずれも満車だった為、暗知は目的地の古着屋前に路上駐車した。


「あぁ!やっぱり暗知さんか!」

 車の音を聞いてか、店から女性が出てきた。

見た目からすると暗知より年下‥‥年齢不詳の美魔女タイプだ。首に巻いた黄色いスカーフがお洒落だった。


「こんにちは、マコさん。これからRock Liveを観に行こうと思って、適当に見合った服を持ってきてくれないかな?」

 暗知は手を合わせ、店主と思われる女性にお願いをした。


「はぁ〜‥‥たまにはゆっくり見てってくださいよ〜」

 マコはため息混じりに腕組みをした。


「駐禁取られないか心配でさ、この子の衣装も頼むよ。長久手理恵だ」

 暗知はドアウィンドウを全開にすると、助手席に座るテリーをマコに紹介した。


「長久手‥‥ふーん」

 マコはテリーの顔をじっと見つめた。

「お母さんに似て良かったわね、ちょっと待ってて!」

 微かに笑うとスカーフを翻し、店の奥に入っていった。


「暗知さん、あの方は?」


「岩間真子さん、この古着店のオーナーだよ。よくこうやって訪れては、仕事用の衣装を提供してもらっているんだ」


 マコは5分もかけず、服を持ってきた。黒地のバンドTシャツとストレッチ素材のデニムパンツだった。


「ありがとう!いくら??」

 暗知は服を受け取ると、助手席に座るテリーの膝の上に置いた。


「ツケで良いですよ!いってらっしゃい!」

 マコが姿勢よく敬礼をすると、暗知も慣れた仕草で敬礼を返し、車を走らせた。


「マコさんは、母さんの友だちなんですか?」

 テリーは助手席から身を乗り出し、リアガラス越しに見えなくなっていくマコを見ていた。


「そうだね、友人みたいなものだよ」

 暗知は少しだけ口元を緩めるとカーナビには従わず、小道に入っていった。

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