第11話 天気予報と占い
ピピピピッ‥‥ピピピピ‥‥ピ‥
携帯のアラームを止めた。カーテンを開けてみると、曇り空が広がっている。
目を擦ると、洗面台へ向かった。
着替えを済ますと、いつもよりファンデーションを厚めに塗る。結局一睡も出来なかった。
「チンッ♪」電子レンジが鳴った。
ホットミルクを持ってダイニングテーブルに座ると、テレビをつけた。
朝のニュースには興味がない。今日の天気予報と運勢占いだけ頭にインプットした。
「午後から雨、ラッキーカラーは赤か‥‥」
前日から用意されていた青いバッグの中身を、赤いバッグに移した。折り畳み傘を追加したが、赤いバッグには入り切らなかったので、不要な荷物を青いバッグに戻した。
ピピピピッ 携帯電話が鳴った。
「おはよう。うん、これから現場に向かうわ」
玄関で靴を履くと電話を切り、薄暗い部屋を眺めた。
「‥‥‥さようなら、ワタシ」
そう一言呟くと、女は別れを告げるように家を出た。
外に出ると、通勤に向かうサラリーマン、通学に向かう学生とすれ違った。人通りはまばらな住宅街だった。
タクシーを止めようと手を上げようとしたその時‥‥
自転車に乗った男が背後から接近し、女が持つ赤いバッグに手をかけた。
「ーーあっ!」
女はバッグを奪われた反動で路上に倒れ込んむ。帽子が落ち、黒髪のロングヘアがこぼれ落ちた。
黒い服装の男は歩道から車道へ自転車を滑らせ、走り去っていった。
(‥‥占いって、あてにならないわね‥‥)
女は地面に倒れたまま曇り空を見上げた。
「どうしました!?大丈夫ですか!?」
女学生が駆け寄ってきた。
「えぇ、ちょっと腕を擦りむいただけ‥‥」
女は起き上がろうと手を地面についた。
「今のは、ひったくりですね!?警察を呼びます!」女学生の声が遠くに感じた。視界がユラユラとうごめきだす。
「あ、ちょっと!気を確かに!もしもーし!」
‥‥
‥‥‥
(白い‥天井?ここは‥‥?)
周りの様子を伺うと、派手な髪色をした女学生が目に入った。
「あ!目を覚ましましたね?」
「‥‥さっきの学生さん?」
「はい、看護師さんを呼びます」
そう言うと女学生はナースコールを押した。
「お目覚めですね、自分のお名前、言えますか?」若い看護師は少し緊急しているようだ。
「‥‥藤城エミリです」
「気分は悪くないですか?」
「大丈夫です。ここは‥‥病院ですよね?」
エミリは虚な目で看護師に尋ねた。
「そうです。今、診察の準備をしますので、そのままお待ち下さいね」
「はい‥‥」
看護師はそそくさと病室を出て行った。
「おそらく脳震とうを起こしたんでしょう。念のためMRI検査をすることになると思います」
女学生は読んでいた本をバッグにしまった。
「あなた‥‥どこかで‥‥」
「はい?ボクは長久手理恵といいますが」
「ごめんなさい、気のせいかしら‥‥」
エミリは視線を逸らした。
すぐに医師が来た。北村医師だ。
「とんだ災難に遭いましたね、おそらく軽症でしょうが、念の為検査をさせて下さい。どこかへ連絡が必要でしたら当院から一報させて頂きます。ご家族に連絡いたしましょうか?」
エミリは奪われたバッグの中に携帯電話、財布など、所持品を全てしまい込んでおり、手元には何も残っていなかった。
「家族か‥‥。あっ!!今何時ですか!?」
エミリは身体を起こした。
「ちょっと、急に動くのは不味いですよ!頭を打ってますので!」
北村はエミリの身体を両手で受け止めると、ゆっくりベッドに押し戻した。
「リハーサルがあるんです、今何時ですか‥?」
「今午前11時になるところです」
テリーは病室の壁に掛かっている大きな時計を見た。
エミリは観念した様に目を右腕で覆い、枕に頭を沈めた。
「何かお急ぎのようですが、今日一日はお休みになられた方がいいでしょう」
北村はエミリの脈を取っていた。
「先生、ちょっと‥‥」
看護師が北村を呼んだ。病室の外で何やら話し込んでいる。
北村が戻ってきた。
「藤城エミリさん、歌手の『eimy《エイミー》』さんですか?」
「‥‥そうです」
エミリはうつむきながら答えた。
「よろしければ事務所の方へ、ご一報差し上げます。所属の会社名と所在地を教えて頂けますか?」
「ポニーミュージックです、所在地は品川の〇〇〇〇です」
北村は看護師にメモを手渡した。
「承知いたしました。では、藤城さんは検査室へ移動しましょう」
「はい‥‥あ、お嬢さん。ありがとう」
エミリはテリーに会釈すると、北村の補助を受けながら車椅子に身体を移した。
「長久手さん、付き添いありがとうございました。後は我々で対応しますので大丈夫ですよ」
相変わらず北村の笑顔は、目が笑っていなかった。
「はい、ではよろしくお願いします」
テリーは病室を出ていった。
「おっと、ちょっといいか?」
病室の外で、スーツ姿の男がテリーを待っていた。整えられた角刈り頭と、揉み上げが男の勤勉さを体現していた。男は警官を引き連れていた。
「三輪さん、忙しいところすみません」
テリーは軽く会釈した。
「『何かあれば連絡しろ』と言ったのは俺だ。問題ない」
三輪はテリーの肩に手を置いた。
「犯人の特徴はわかるか?」
「いえ、ボクがエミリさんを目撃した時には犯人らしき男の後ろ姿しか見えませんでした。ただ、黒い服装ってくらいしか‥‥付近の防犯カメラは?」
「犯人はヘルメットにマスク、サングラスを付けているようだ、人相の特定は難しいと思われる」
「警部、署から連絡がありました」
警官が三輪に携帯電話を渡した。
「三輪です。そうか、わかった。これから一旦戻るとしよう」
三輪は電話を切った。
「犯行に使われたと思われる自転車が見つかった。空き地に乗り捨てられていたようだ。一旦、署に戻って自転車の所有者、販売ルートを調べる事にする」
「理恵はこれから学校か?良かったら近くまで送っていくぞ?」
三輪は車のキーを出した。
「大丈夫です、昼食をとってからゆっくり登校したいと思いますので」
テリーは携帯電話で時間を確認した。
「そうか、じゃあ駐車場まででいい。少し話せるか?」
テリーが頷くと、三輪は同僚の警官に先に戻るように、と目配せした。
二人はエスカレーターを下ると、病院を出た。三輪はゆっくり歩き、テリーに質問した。
「理恵と仕事で会うことになるとはなー。お父さんは元気か?」
三輪は緊張が解けたように笑った。
「はい、おそらく‥‥」
テリーはかれこれ10年間、父親に会っていない。
「そうか、竜司も忙しいんだな」
三輪は内ポケットを探り、電子タバコを取り出した。
『竜司』はテリーの父だ。テリーは10年程前から両親と離れて一人で暮らしている。三輪は竜司の友人だった。
「ボクはすくすくと成長してますよ!」
テリーの正拳突きが風を切った。
「おー、筋がいいな!東堂も指導のしがいがあるだろう」
三輪はテリーの背中を軽く叩いた。
「‥‥聞いてないんですね‥‥?実は‥」
テリーは東堂館が閉館し、新たに診療所になる事を三輪に伝えた。
「あの野郎、連絡もよこさないなんて、つれないやつだな‥‥今度、美味い酒でも持っていってやるか」
三輪は驚いた後に、ボヤき混じりに呟いた。
「なので、今は学校と探偵事務所のお手伝いのみです」
「そうか、暗知は元気でやってるか?」
三輪は周囲の様子を伺うと、電子タバコを一口ふかした。
「はい。最近は仕事が落ち着いているせいか、コーヒーの飲み過ぎで夜眠れない様です」
テリーは皮肉混じりに報告した。
「はっはは!マイペースなのが暗知の良い所でもある。やる気になれば、寝る間も惜しんで取り組む男だしな」
朗らかに話す三輪を見て、テリーも自然と笑顔になった。
三輪は、暗知・東堂と同様にテリーが幼少期から知る父(竜司)の友人だ。
竜司がいなくなってからは、何かとテリーの事を気にかけ、事あるごとにサポートをしてくれた。
三輪は徐々に歩くスピードを緩めると、足を止めた。砂利が広がる駐車場だった。
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