第9話 明かされた秘宝

「この時計は今どこにあるんですか?」

 テリーは小声で質問した。


「ここに置いておくには物騒だからな。親戚に神社の神主がいて、そこで預かってもらっている。竜司が帰ってきたら一緒に取りに行くといい」

 東堂は小声で答えた。


「ボクが持っている写真では、この箱は映ってませんでした、少しポーズも違うような‥‥」


「おそらく、北村さんが撮ってくれた写真を持っているんじゃないか?この日は確か勝道館との合同稽古だったはずだ」


 テリーは記憶を辿りながら首を傾げている。


「北村さんは時計マニアらしいからな。稽古の写真を沢山撮ってくれたが、時計の写真も沢山あったな!はっはっは!」

 東堂は豪快に笑った。


「この時計の事を知ってる人、他には誰がいますか?」

 テリーは口に手を当てながら質問した。


「カヨは知っているぞ。あとは‥‥北村さん経由で、勝道館関係者はほとんど知っているかもしれないな‥‥ある日、知らない人が『時計を譲って欲しい』と道場に来た事もある」


「あまりにも時計の行方を聞いて来る者が絶えなかったので『無くしてしまった、道場のどこかにあるはずだ』と話すようにした。カヨには同じく話したら殺されかけたよ!はっは‥‥」

 東堂は乾いた笑い声を上げた。


「何でそんなデマを流したんですか?」

 テリーも苦笑いをした。


「みんなに時計の存在を忘れて欲しかった。勝道館は黒須病院と繋がりが強いし、黒須病院はお金持ちとのパイプがある。万が一、泥棒に入られでもしたら竜司に顔向けできんからな」

 東堂は道着の袖を軽くはたいた。


「ママさんには、内緒にしなくてもいいんじゃないですか?」


「もし厄介事が起きたとしても、カヨを巻き込む訳にはいかん。あの時計は人を魅了する力がある‥‥北村さんも魅了された一人のようだ」

 東堂は再び声のトーンを落とした。


「話して頂きありがとうございます。でもママさんには伝えておいた方いいと思います。今から報告に行きませんか?」

 テリーはゆっくりと立ち上がった。


「理恵がそう言うなら、いいだろう。それにしても‥‥あの時計を受け取った時、すぐにどこかへ隠すべきだったな」

 東堂は逆立った髪を手で整えると、立ち上がった。


「宝か〜‥‥東堂館の『宝』と言えば何ですか?」

 テリーは薄笑いを浮かべながら、東堂に質問した。


「そりゃあ、お前たち門下生だろ」


「ぶふっ!東堂さんらしいです!ははは!」

 テリーは東堂の即答に思わず吹き出した。


 時計の在りかをカヨに報告すべく、テリーと東堂は道場を後にした。道場の施錠はOBの門下生が引き受けてくれた。


「帰ったぞー」

「お邪魔しまーす」


「‥‥」


「カヨー!いないのかー?」

東堂は洗面所で手を洗いながらカヨを呼んだ。


「ママさんがいないなんて珍しいですね」

 テリーはリビングの照明を付けた。


「実はそうでもないんだ。病院へ見舞いに行ったり、道場繋がりの友人と会っている時があるんでな、すまん‥‥」

 東堂はリビングの床にあぐらをかいた。


「いえいえ、いきなり来たボクが悪いので‥‥そうだ、晩御飯作らせてください。自炊は慣れてますから!」


「ほぉー、それはありがたい!恥ずかしながら、うちで料理をするのはカヨだけだからな」


「腹筋して待っていて下さい!」

 テリーが手を洗い出すと、東堂は床に沈んでいった。


「えー‥っと、しゃぶしゃぶ、いや‥豚しゃぶパスタと、味噌汁、もやしキュウリナムルでいけるか」

 冷蔵庫を開け、晩御飯のメニューを考えた。

「‥ん?なんだこれ?」

 野菜室から新聞紙に包まれた食材を取り出してみる。


「え!?なんで、ここに‥‥?」

 包まれていたのは食材ではなかった。


「東ど‥っ」

 テリーは東堂に伝えたい気持ちを押し殺し、夕食を作った。


‥‥

‥‥‥


次の日、テリーは授業を終えると暗知の事務所へ向かった。暗知に呼ばれていたのだ。

「お疲れ様でーす」


「お疲れ様。『宝』について、わかったかい?」

 暗知はコーヒーを入れようと席を立った。


「ほぼ‥‥わかりました」

 テリーがボソッ呟くと、暗知は小さく拍手をした。


「では、まず私から。二重尾行の件、任務を果たしたよ。これさ‥‥」


 テリーは暗知から写真を渡された。

「ママさん‥‥」


 東堂カヨが変装している写真だった。

 黒須病院内、付近を張り込んでいる様子が写っていた。


「受けてしまった依頼だ、北村さんには報告しておいたよ」


 テリーは暗知の話を落ち着いて聞いていた。


「理恵ちゃんの方はどうだい?」

 暗知は丸テーブルの椅子にゆっくり腰を下ろした。


「はい。『宝』が何なのかはお伝えできませんが‥‥大変高価なものです。ママさんは何かしらの方法で手中に収めた」

 テリーは暗知と対面するように丸テーブルの椅子に座った。


「黒須病院は多額の医療費を取るようです。ママさんは北村さんに『宝』を譲る事で、タケシの病を治すのと、あわよくば道場売却も白紙に戻そうと考えているんだと思います。これがボクの推理です」


「それはオールOKな話じゃないか!」

 暗知は両手を上げた。


「はい!‥‥そうなると良いです!」

 テリーは目一杯の笑顔で答えた。


「‥‥何か隠しているね」

 暗知は眼鏡の位置を手で直した。


「‥‥いえ、別に‥‥ではこれから稽古があるので」テリーはバックを手に掛けた。


「確かめたいことは無いかい?」

 暗知はGPSバッヂをテリーに見せた。


「北村さんへ調査結果を報告した時、カヨさんと会って話すと言っていたよ。明後日、親善試合の日にね」


「このバッヂをカヨさんに身につけさせる事が出来れば‥‥当日、二人の様子を観察できるかもね」


「‥‥お願いします。ただ、バッヂの見た目を少し可愛く出来ますか?」

テリーはサンプルの画像を携帯電話で検索し、暗知に見せた。


「よし、ブローチ型に改造してみよう」 

 暗知は工具ケースを取りに席を立った。


 次の日の夜、練習後にテリーは東堂の家を訪れ、向日葵を模したブローチをカヨへプレゼントした。

「明日の試合の時に付けていくわー!」

とカヨは喜んでくれた。

テリーは「襟に付けると可愛いです」とカヨにアドバイスすると帰宅した。


‥‥

‥‥‥


 次の日、いよいよ東堂館最後の試合の日が来た。道場内には多くの関係者、地域の住民が訪れている。


「これより東堂館、勝道館による親善試合を始める」


「開会の儀として、勝道館:館長 勝道氏よりお言葉を頂戴したい」

 東堂が勝道館陣営に一礼した。


 東堂館陣営に座るテリーに向かって、道場入り口の暗知が両腕でOKマークを作り合図している。


(動いたか‥‥)

「ちょっと‥‥すみません‥‥」

 テリーは立ち上がると、道場入り口に立つ暗知の元へと向かった。


「開会式が始まってすぐカヨさんに動きがあった。こっちだ」

 暗知はテリーと早歩きでパソコン上で動く、赤い点を追った。


「‥‥ストップ‥‥はい、これ」

 暗知はワイヤレスイヤホンをテリーに渡し、自分の分も片耳につけるとパソコン操作を始めた。

 カヨが襟に付けている『向日葵ブローチ』はマイク・GPS機能を備えているようだ。


 赤い点は道場の隣にある、離れの小屋を示していた。道場の閉館決定前から、すでに取り壊しが決まっており、中には瓦礫もチラホラ見える。

 

 テリーと暗知はゆっくり小屋に近づくと、窓ガラス越しに様子を伺う事にした。


「カヨさん、私に聞きたいことがあるんじゃないでしょうか、ここ最近、私を見張っていましたね?」

 北村はニッコリ笑った。テリーも一度見た事がある、あの表情だ。


「‥‥すみません。黒須病院の噂が気になって‥‥先生は、よくご遺族のお宅を訪問されているのですね」


「‥‥はい。それを確かめる為ですか?」


「えぇ、後をつけたりして、ごめんなさい」


「仕事の一環ですので‥‥それより一つお願いがあります、東堂さんにはまだ話していないのですが」


「また時計の事ですか?」


「はい。ここ数週間血眼になって私も探しましたが、やはり見当たりませんね‥‥本当に道場内にあるのでしょうか?」


「私も主人から『道場で無くした』と聞いております」


「しかし‥‥来月から道場の取り壊しが始まってしまいます。重機に触れでもしたら、いくらあの時計でもただじゃ済まないでしょうー‥」


「何が言いたいのですか?」

 カヨは目を伏せた。


「試合終了後、我ら勝道館で道場を捜索させていただけませんでしょうか?多少の荒っぽさには目をつぶって頂きたいです。見つけましたら必ずご報告いたしますので!」

 北村の目は笑っていなかった。


「‥‥それなら、ここにあります」

 カヨは一呼吸置くと、ショルダーバッグから『重厚な造りの箱』を取り出した。


「お、おおー!!一体どこで見つけたのですか!?」

 北村は目をひん剥いて絶叫した。


 すると、カヨは箱から時計を取り出し、何の迷いも無く時計を地面に叩きつけた。


 か弱く、虚しい金属音が小屋の中に響いた。

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