第8話 宝
「ちょ、落ち着いて!」
夏菜子は携帯電話をテリーに渡した。
ホームページに上、黒須病院の院長は勝道館館長と同一人物だった。協賛団体欄にも、しっかりと『勝道館』の文字が記載されていた。
「夏菜子、ごめん、ちょっと出てくる!カギはポストに入れといて!」
テリーは慌ただしく家を飛び出した。
「おーい!かき氷はー‥‥?」
夏菜子の呼びかけはテリーには届かなかった。
(道場の買収は勝道館が関係してるのか、黒須病院の妙な噂、タケシは黒須病院で大丈夫な?東堂さんは北村さんに騙されてるんじゃ?)
「まだ情報が足りないな」
テリーは東堂の家に向かう足を止めると、携帯電話を取り出した。
「もしもし、今から事務所行っていいですか?」
‥‥‥‥
‥‥‥
テリーは縦に長い雑居ビルに着くと、非常階段から2階へ上がっていった。
ドアノブには『暗知探偵事務所』と小さな看板がぶら下がっている。
「お疲れ様です。ちょっとご相談があります」
テリーは事務所に入ると、そっとドアを閉めた。
「急にどうしたんだい?」
暗知はコーヒーを入れて待っていた。
「黒須病院の事について調べたくて」
テリーの言葉を聞いた暗知の動きが一瞬止まった。
「これまた奇遇だね。昨日、黒須病院の方がお見えになったばかりだよ」
暗知はコーヒーを丸テーブルに置いた。
「何で、依頼ですか!?」
テリーは丸テーブル前のイスに飛び乗るように座った。
少し考える素振りを見せると、暗知が口を開いた。
「お断りした依頼だからいいけど、ここだけの話だよ?これでも探偵の端くれだし、守秘義務は守らないとね」
「ボクだって‥‥ここの社員です!」
テリーは両手を広げた。
「バイトでしょ?仲間なのは変わりないけど」
暗知はチラシをテリーに見せた。
「理恵ちゃんの通っている東堂館は黒須病院傘下の診療所になってしまう。来月から業者が現場調査で道場を出入りし始めるだろう」
「昨日、東堂さんから聞きました。東堂館を取り壊して、診療所にすると‥‥」
テリーは北村に会ったことを暗知に話した。
「理恵ちゃんは聞いていたか。‥‥私の所に来たのも、『北村』という人だったよ」
暗知は北村の名刺をテリーに見せた。
「彼曰く、東堂館には忘れられた『宝』があるらしい。もちろん、東堂もその在りかを知らない。依頼内容は『宝』の捜索だった」
「そんな噂聞いたことないですね‥‥その『宝』は何だと言ってましたか?」
テリーは首を傾げた。
「依頼を受けてもらえるなら続きを話す、と言われたので断った。下手に協力して東堂に迷惑でもかけたら不味いと思ってね」
暗知はようやく椅子に座った。
「そうですか。ボクも黒須病院の妙な噂を知らなければ、特にこの件について気にかけたりはしないのですが」
「‥‥というと?」
暗知の眼鏡が光を反射した。
テリーは勝道館と黒須病院の繋がり、黒須病院の悪評、タケシの難病について、暗知に話した。
「タケシが心配なんです‥‥。北村さんは、暗知さんと東堂さんが友人同士なのを知らないんですよね?一旦依頼を引き受けてみてはどうでしょうか?もし依頼が悪巧みであれば、事前に対処できませんか?」
「理恵ちゃん、それは出来ないよ。一度受けた依頼には誠心誠意対応しなければならない。それが友人にとって不利益になる事だろうとね」
暗知は眼鏡を外し目頭をつまんだ。
テリーは北村診療所のチラシを丸めようとしていた手を止めた。
「それなら、ボク達だけでその『宝』を見つけましょう。勝道館の手に渡る前に!」
「‥‥それも難しいかもしれない‥」
「えー!?なんでですかー!!‥‥この人でなし!」テリーは席を立ち、型の構えを取った。
「ちょ、ちょっと待って!北村さんから別の依頼を受けちゃったんだ」
暗知は両手を突き出し、テリーをなだめた。
「東堂館以外にも目を付けているんですか?」
テリーはチラシを握りつぶした。
「いやいや、実は二重尾行の依頼なんだ。北村さんはここ最近誰かに尾行されているようでね、その人物を特定して欲しいという依頼だ」
「尾行?」
「うん。これなら東堂に直接関係する事ではないでしょ?私も働かないといけないし、受ける事にしたんだ」
暗知はパソコンを開くと、タイピングをし始めた。
「このチップを北村さんに身につけてもらっている」
暗知が見せてきたそれは、一円玉ほどの大きさで、バッヂのように見える。
「北村さんの都合に合わせてGPS機能をONにしてもらい、その時間内で追跡者を特定する。ほら、見てごらん」
暗知がパソコン画面を指さした。赤い点がマップを移動しているのが見える。
「この速度からして、北村さんは車で移動しているね。さて、これから私も彼と連絡を取り合って任務を開始するよ」
暗知はパソコンを閉じた。
「‥‥これで暗知さんは勝道館側の人間だと言うことがわかりました」
テリーは北村に好感を持てなかったし、そんな彼の依頼を受けた暗知にも、納得がいかなかった。
「理恵ちゃん、そんな屁理屈言わないでおくれ」
暗知は苦笑いを浮かべると、テリーの背中を優しく叩いた。
「この任務で掴んだ情報はできる限り提供するよ、あくまでも『北村さんを尾行していたのは誰々です』と答えを出すのが今回の任務だからね」
暗知の言葉に、テリーは少し首を捻った。
「‥‥貴重な情報、期待してます。裏切ったら『カカト落とし』ですからね!」
半ば納得すると、暗知とグータッチした。
テリーは暗知の事務所を出ると、この日も道場へ向かった。試合も間近となり、テリーは必死で稽古に取り組んでいた。
‥‥‥
‥‥‥‥
シュッ‥ ズバッ バッバッ‥‥
「ハァイーーッ!」
テリーの力強い声が響いたが、その声はかき消された。この日の道場には、多くのOB.OGが稽古に訪れていた。
道場は全盛期の活気を取り戻しているようだった。
「気合い入ってるな、理恵」
東堂はストップウォッチを止めた。
「はい、身体のキレも戻ったと思います」
テリーは突きから前蹴りの動作を東堂に見せた。
「うむ。あの頃とは見違えるようだ。成長したな」東堂は正座した。
無敵館長の目に、光る物が見えた。
「東堂さん‥‥」
テリーも東堂の前で正座をし、道着の帯に挟んでいたハンカチを東堂へ手渡した。
「すまん‥はは!環境の変化が目まぐるしくてな!取り乱した!」
東堂は、テリーから受け取ったハンカチで涙を拭った。
「そうだ理恵、昔使ってたカメラを見ていたら、こんな写真が残っていた」
東堂は一枚の写真を見せた。
「これは、ボクも同じ物を持っています」
「理恵がうちに入門した日の写真だな」
「はい‥‥ん?東堂さんが手に持ってる、箱のような物はなんですか?」
テリーは写真受け取ると、指を差した。
重厚な造りの箱を手に持った東堂がこちらに微笑んでいた。
「これは、この写真を取った日に『竜司』から預かった物だ」
「父さんから!?」
テリーの父は『長久手竜司』という。
スーツを着崩し、ウェーブのかかった髪を耳にかけ、写真に写りこむ竜司は、気品と逞しさが見てとれた。
「とても高価な時計のようだ。『竜司不測事態時の保険』として預けられた代物だ‥‥」
声のトーンを最大限に落とし、東堂は話した。
「‥‥100万円くらいですか?」
テリーは人差し指を立てた。
「値段がつけられないようだ。買い手によっては、その100倍、それ以上だと聞いている」
「いーーーッ!?」テリーは床に転がった。
「しーー!」東堂は人差し指を口にあてた。
「時計には珍しい材料が使われており、世界に一本しか存在しないらしい‥‥35年前、東欧の国で‥‥優秀な博士が‥‥なんたら」
東堂は目をつぶり、額に指を押し当てながら、時計の説明した。
テリーにとっては、時計の価値にしか興味が無かった。
テリーは大の字に寝っ転がると、もう一度写真に写る竜司の顔を見つめた。
なぜ父親はそんな高価な物を人に預け、自分を取り残して行ってしまったのか。
(命の危険に繋がる仕事って‥‥なんだ?)
どれだけ危ない事に足を突っ込んでいるのか。テリーは、ますます自分の父の正体が気になって仕方がなかった。
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