第4話 計画実行
「近藤先生、凶器を置いていきましたね‥‥」
テリーは手袋をはめた手で近藤が置いていった黒瓶の蓋を開け、中身を紙コップに注いでみた。
「なんだこれ‥‥本当に、水なの?」
透明な液体が紙コップに注がれていた。
「成分を調べている時間は無いね。ただ危険物では無さそうだし、計画を深読みし過ぎなのでは?」
暗知はデスクの椅子に腰掛けた。
「この黒瓶自体、ボクたちを信用させる為のダミーである可能性はゼロではありません。計画中止ルートは『有り』の方向で進めましょう!」
テリーは右手を突き出し、暗知を鼓舞した。
「いずれにせよ、凶器を使う必要性は無いか。わかった、今回は理恵ちゃん指名の仕事だし、付き合うよ」
‥‥
‥‥‥
3時限目、現代文の授業中に計画はスタートした。
「‥‥ということで、この時の牛若丸と弁慶の心情はだなぁー‥」
教壇に立つ近藤のヘアスタイルは、バッチリ決まっていた。
しばらく授業が進むと、夏菜子がスッと手を挙げた。
「先生、すみません、ちょっと保健室へ行っても良いですか?頭痛が酷くて‥‥」
「おー、大丈夫か?無理せず休んできなさい」
夏菜子は席を立つと、一つ後ろの席に座る美奈子の机に何かの『チケット』をそっと置いた。
怪しまれること無く夏菜子は保健室に着くと美奈子へLI●Eを送った。《今日は野球部休みらしいよ、誘ってみたら?》と‥‥
美奈子からは、チケットを返却する旨の返信が真っ先に来た。
夏菜子は行けなくなった試合だと理由をつけ、何度かやり取りをした。
最終的には美奈子から「ありがとう」と返信が届いた。
美奈子の手に渡ったチケットは、暗知が用意した野球の観戦チケットだった。
‥‥‥キーン コーン カーン コーン‥‥
放課後、生徒たちは次々と教室を出て行ったが、鈴木と美奈子は教室を出ようとしなかった。残る生徒もまばらになった頃、美奈子が鈴木に近寄った。
「鈴木、今日一緒に帰れる?」
「どうしたんだよ、急に‥‥」
鈴木は周りをキョロキョロ見回した。
「今日部活休みでしょ?良いじゃん、たまには一緒に帰ろうよ!ちょっと前までは一緒に帰ってたじゃない」
「うーん、今日は早く帰るって親に伝えてあるんだ。寄り道せずに帰るけど、いいか?」
鈴木の返事に美奈子は頷いた。
二人の様子を隠れて見ていた夏菜子は、こっそり後をつけた。二人が校門に向かって歩き出した頃合いで、夏菜子はテリーに連絡した。
「近藤先生、今です」
夏菜子から合図を受けたテリーは校舎裏から近藤を送り出すと、暗知と一緒にひっそりとその後をつけた。
汐留高校から汐見公園駅へ向かう途中に、並木通りがある。
木々が向かい合って背を伸ばすその下を、鈴木と美奈子は談笑しながら歩いていた。
美奈子は口のチャックが壊れてしまったのか、おしゃべりが止まらない様子だ。
「そう言えばこの前、びっくりしたよー!いきなり理恵に告白するなんて‥‥」
美奈子は今一番気になる話題に触れた。
「は?なにそれ?」
鈴木は目を丸くした。
「‥‥頭でも打った?もう憶えてないの?」
「‥‥あー!あれは‥‥なんでもねーよ」
鈴木は自分の坊主頭を撫でた。
「あなた『しきたり』覚えてるよね?」
美奈子は立ち止まり、鈴木に質問した。
「だから違うっつーの、それより『今日大事な話がある』って何?わざわざ下駄箱に手紙入れなくたって、L●NEくれれば良いのに」
「え?何の事?」
美奈子は眉をひそめた。
夏菜子は3時限目、保健室へ向かう前。鈴木の下駄箱に、美奈子を称して手紙を仕込んだ。
手紙の内容は
《大事な話があるから、放課後時間が欲しい》
といったものだ。
4時限目、鈴木は体育の授業でその手紙を発見していた。その手紙は夏菜子が保健室から戻る間に忍ばせたものだった。
「ガシャーンッ!」
突然の衝突音に鈴木・美奈子は驚き、振り返った。
自転車をひっくり返して、倒れている老紳士がいた。誤って街路樹にぶつかり、転んだようだ。
「大丈夫ですか!?」
二人は老紳士に駆け寄った。
「うー‥‥」
老紳士は痛そうに足をさすっていた。
「大変、あんまり動かしちゃだめじゃない?」
美奈子は鈴木へ注意を促した。
「すまないね‥‥。急にウサギが飛び出してきて慌ててハンドルを切ったらこのザマだよ、はっはっは‥‥」
鈴木の手を借り、老紳士は立ち上がった。
「お礼に良い物をあげよう」
老紳士はジャケットのポケットから黒瓶を取り出すと、美奈子に怪し気に近づいていく。
「何ですか、それは」
鈴木が美奈子の前に割って入った。
老紳士は背筋を伸ばすと、声を荒げた。
「お前はどいていろー!その子を渡せー!」
老人らしからぬ大声に二人はたじろいだが、鈴木は踏み止まり覚悟を決めた。
「美奈子逃げろー!」
そう叫ぶやいなや、鈴木が老紳士にタックルをした。
予想通りと言わんばかりに、老紳士は鈴木を軽々と受け止め、地面へ転がした。
黒瓶のフタを開けていると、美奈子が鈴木を庇う様に覆い被さった。
「や、やめて下さい!」
美奈子の声は恐怖で震えている。
「お前は離れていなさい!」
美奈子が鈴木から引き剥がされると、鈴木の顔面へ容赦なく黒瓶の中の液体が掛けられた。
「ぅわーーーっ!」
あまりの恐怖と、驚きで鈴木は転げ回った。
「な、な!?誰か!!助けてー!」
美奈子が叫ぶと、老紳士はあたふたした。
「美奈子、お前ならわかってくれる、もう少し待っててくれ」
老紳士の優しい声を聞き、美奈子は恐怖と混乱で口を手で塞いだ。
「凶器は入れ替えておきましたよ!」
近藤の背後からテリーの声が届いた。
テリーはウインドジャマー(音声マイク)を手に持ち、暗知はハンディーカメラを持って、カメラマンのフリをしていた。
周囲からは自作ムービーを撮ってる映画研究会に見えるだろう。
「長久手!?あぁ、いやこれはだなー‥‥っていうか、何でここにいる?」
「何だこれ?スースーする」
鈴木が立ち上がった。
「メントール系の香料を水に溶かしたものです!」
テリーはウインドジャマーを振り回した。
「何をしてくれてるんだ!もう一つ用意しといてよかったー‥‥」
老紳士はスペアと思われる黒瓶をジャケットの内ポケットから取り出した。
「やらせるかーー!!」
瞬く間に距離を詰めたテリーは老紳士の右手を蹴り上げた。
宙を舞って黒瓶は芝生に落ちた。
暗知は黒瓶をズームで撮る仕草をした。
「ぐぅ‥‥お前、何をするんだ‥‥‥」
老紳士は右手を押さえしゃがみ込んだ。
「近藤先生、覆面を外して下さい」
テリーは老紳士の正体を明かした。
「近藤先生‥?一体どういう事?」
テリーの言葉に鈴木と美奈子は困惑した。
「あー!こっちが聞きたいわ!」
唸りながら覆面を外した近藤を見て、鈴木と美奈子は身構えた。
「この計画の狙いは、若い二人を鈴木家から引き離す事‥‥‥違いますか?」テリーは近藤に問いかけた。
「鈴木家だと?相当調べたようだが、お前は何か勘違いをしているな‥‥」
近藤はヘアスタイルを手で直すと、テリーを見つめた。
「その黒瓶の中は、劇薬。おそらく、嗅覚を奪う類いの物でしょう」
テリーの言葉を聞くと、近藤は乾笑いした。
「なるほど‥‥私を疑っていたのか、長久手」
テリーは身構えたままだ。
「確かに私は元々、鈴木家の人間さ。14年程前まではな」
「先生が、鈴木家?なんでこんな事を!」
美奈子は近藤を横目に、鈴木に駆け寄った。
「元、鈴木家だ。私はかつて世界的に流行した病にかかった。その病は後遺症として味覚・嗅覚障害があった」
近藤は覆面を地面に投げ捨てた。
「ポルナウィルス‥?」
暗知が呟いた。
「今では幼児期から予防接種が義務付けられていますね」
テリーは携帯電話でウイルス名を検索していた。
「今ではほとんど嗅覚は戻っているが、当時嗅覚を無くした私は、立場を奪われ、荒れに荒れた‥‥」
近藤は地べたに座りこむと、話を続けた。
「挙げ句の果てには、妻と幼い子どもから引き離された。その生き別れの子が美奈子、お前だ」
美奈子は絶句し、鈴木と顔を見合わせた。
「鈴木家の『しきたり』の厳しさは聞きました。鈴木君にも同じ道を辿らせようとしたのではないですか?」
テリーはびしょびしょに顔が濡れた鈴木の方を見た。
「言っただろう?おれは二人の真意を確かめたかっただけだ。二人だけの帰路を遠くから見ていたが、まるで夫婦のようだった」
テリーは腕を組み、首を傾げた。
「そして鈴木は暴漢から美奈子を守ろうとし、美奈子は鈴木を守ろうした‥‥『合格』だ」
近藤はゆっくり立ち上がると、美奈子と鈴木に背を向けた。
「合格?本当に、それだけですか?」
テリーはにじみ出た汗を握りしめた。
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