第2話 不思議な依頼

 丸テーブルを囲み座った三人。

「これを見て欲しい」

 沈黙を破るように、近藤は2枚の写真をテーブルに出した。


「‥‥美奈子と鈴木君?」

 テリーは目を凝らして写真を見た。


「そうだ。この二人の様子で気になる事はないか?最近はコンプルゥアイアンスっ!が厳しくてね、生徒を呼び出すにも周囲の目が厳しいのでな」

 近藤は両手を波立たせるように動かし、おどけて見せた。


「クラスメイトではありますが、あまり接点がないので、わかりませんね」

 テリーは近藤から視線を逸らすと小刻みに震えだした。


「どうした!?何か心当たりあるのか?」

 近藤は身を乗り出した。


「いや‥‥先生の『コンプライアンス』って言い方と、動きがちょっと面白かったです」

 テリーは今日初めて笑った。


「お前ほんと変人だよなぁ!‥‥あ、生徒に対してこんな発言したら『ハラスメントによるコンプルゥアイアンス違反だ!』って言われちゃうな!」

 近藤は両手を波立たせるように動かし、おどけて見せた。


 事務所内に笑い声がこだました。

 近藤はその厳しい授業手法から、一部の教員から反感を買っていたが、不思議と生徒からは人気があった。


「さてと、長久手に聞こう。鈴木の事だが、やつの机、何だか臭わんか?腐った弁当を隠してるような‥‥周りに気付かれでもしたら」


「彼はクラスメイトから、『変人』呼ばわりされちゃうんじゃない?」

 暗知が被せて入ってきた。


「『変人』ね‥‥ボクはもう聞き慣れましたよ。鈴木君はよくマスクをしていますが、その腐った弁当と関係があるのでしょうか」

 テリーは写真を手に取った。


「理恵ちゃん、そもそも鈴木君の席の周りは、その〜、臭いのかい?」


「ボクが一番前の席で彼が一番後ろですが、気になった事はないです。そう言えば‥‥‥」

 テリーは今朝、教室に入ると鈴木に呼び止められた事を思い出した。


 ‥‥‥

 ‥‥


「長久手、もう知ってるんだろ‥‥?」

 鈴木がすれ違い様にテリーを呼び止めた。


「なんのこと?」


「気づいてんだろ?わかってんだよ‥‥」


 テリーは首を傾げた。


「迷惑かも知れないが‥‥好きなんだよ」


 テリーよりも周りの生徒が驚いていた。

 一瞬で注目の的となった二人。


「えーっと‥‥ボクはちょっと無いかなー。ごめん」


「知ってるよ。ただ、みんなには内緒にしといてくれるか?」


 テリーは矛盾した鈴木の言動に困惑した。

「え?あー‥‥‥うん。できる限り」


「ありがとう、頼んだぞ」

 鈴木は微かに微笑むと、席へ戻っていった。


 ‥‥‥

 ‥‥‥‥


「以上です。鈴木君は『変人』だと思います」

 テリーは回想を終えた。


 近藤は目をつぶり、腕組みしながらテリーの話を聞いていた。


 少しの沈黙の後、テリーは再び語り出した。

「ボクに鈴木君が告白した事について、美奈子は各方面にヒアリングしていたようです。鈴木君の事が気になっているのは確かだと思います」


「とりあえずは、わかった」

 近藤が丸テーブルに肘をついた。


「ところで、なぜ先生は美奈子と鈴木君の関係を気にかけているのですか?」


「何を隠そう、美奈子は私の娘なんだ」


「そうですか‥‥‥ってぇーー!?」

 テリーの椅子がぐらついた。


「本人は私が父親だとは知らない‥‥。美奈子が小さい時、母親と別れたからな。同じ学校になった日、そりゃあ驚いたよ」

 テリーと暗知は近藤の話を黙って聞いていた。


「少し脱線したが、今回の依頼内容を話そう」

 近藤は下がっていた目尻を釣り上げた。


「依頼内容は‥‥?」

 テリーは恐る恐る近藤に尋ねた。


「『二人の真意』を知りたい。《二人の気持ち》だ。そして問題無ければくっ付けてやりたい。‥‥協力してくれないか?」


「無理だ‥‥」

 テリーは目を逸らした。


「まぁまず詳しく聞いてみよう。今回は理恵ちゃんのご指名だし、臨時給与を出すよ。ただ気になるのは‥」

 暗知はテリーの肩に手を置き、席を立った。


「美奈子さんと鈴木君をくっつけるために、大人がお金と時間をかけるほどこだわるのは何故かな?今時、恋愛に干渉する親も少ないというのに」

 近藤へ質問を投げかけながら暗知はホットコーヒーを入れ始めた。


「暗知、ごもっともな意見だ。長久手、お前はもう17歳になったか?」


「はい。5月生まれなので、17歳と2ヶ月です」

 丸テーブルに置かれた、卓上カレンダーをめくりながらテリーは答えた。


 近藤は丸テーブルに両肘をつき、再び語り出した。

「実は、美奈子には許嫁がいる。それがまた古い『しきたり』で、17歳になったら結婚を前に相手の家に入る事になっている」


「そんな古い慣例にとらわれる事はない。男女共に心から慕う人と普通の恋愛をして欲しいと思い、今回の依頼に至った」


 テリーは美奈子が何者かによって、鈴木から引き離されていく構図を想像した。

「美奈子の誕生日って、いつですか?」


「もう二週間を切っている」

 近藤の回答を聞くと、テリーは顔を引きつらせた。


「時間がないんだ、バイトの件は‥‥見なかった事にしておいても‥‥いい‥」

 近藤は人差し指を口にかざした。


「教育者らしからぬ発言ですね‥‥そもそも、何をどう協力するんですか?」


「その、二人の真意を探る為の『計画』があるんだよね?」

 暗知はテリーと近藤にコーヒーを出した。


「計画書ならここにある」

 近藤はA4サイズのペラ紙を二人に配った。


 ①美奈子と鈴木、二人きりの状況を作る

 ②暴漢現る(近藤が変装する)

 ③鈴木が美奈子を守る

 鈴木が美奈子を守る行動をしたら合格。近藤は二人を全力で応援するようだ。


「合格ラインは私が判断するから、計画の③には関与しなくていい」

 近藤は自身ありげに計画書を指で弾いた。


「シンプルだなぁー‥」

 暗知は眼鏡の奥の目を細めた。


「①だけボクらが担当するという見方でいいんですかね?」テリーが暗知を見た。


「②で使用できそうな変装道具の提供も、できなくはないかな」

 暗知は事務所片隅にある荷物を指差し、被さっていた黒い風呂敷を取り外した。


 様々な衣装や得体の知れない機械が陳列されていた。探偵業で使用してきた暗知の工作物だ。


「顔隠せるマスクがあれば助かる。あと、凶器はこれを使うぞ」

 近藤が黒い瓶を取り出した。ジャムが入っていそうな小瓶の中には、液体が入っていると思われる。


「凶器って、そんな手の込んだ物を用意しなくてもいいのでは?‥‥中身は何?」

 暗知は黒瓶の外観を食い入るように見つめた。


「な~に、中はただの水さ。こいつを美奈子にぶっ掛けようとする所を、鈴木は止めるはずだ‥‥実際には使わないさ」

 近藤は黒瓶を軽く振った。


「質問です。③の時、鈴木君が止めようとせず、逃げ出したらどうしますか?」

 テリーは挙手をすると、計画書に書き込みをしながら近藤に声をかけた。


「その時は、その時だな‥‥」

 近藤はそう小さく声を漏らすと、コーヒーの匂いを嗅いだ。

「‥‥インドネシア産 マンデリンか」


「正解!」

 思わず暗知が拍手をすると、近藤は満足げに脚を組み直した。


「とにかく、時間は無いが協力の程よろしく頼むぞ!」

 近藤は5限目の授業の為、グイッとコーヒーを飲み干すと、事務所を出ていった。

 靴音が遠ざかっていく音が、聴こえる。


「似ているな‥‥」

 暗知は近藤が飲み干したコーヒーカップを見つめていた。


「先生が?誰にですか?」

 テリーは計画書をバッグにしまい込んだ。


「私の中で二郎と鈴木君の人物像がリンクするんだ」


「二郎って、近藤先生の下の名前ですか?」


「そう、彼の元の苗字は『鈴木』なんだ。私は高校時代まで二郎と同窓だった。記憶が正しければ、彼も一時期、ずっとマスクを付けていたと思う」

 暗知は考え込むように、顎に指を当てた。


「さっきのコーヒーの銘柄、腐った弁当の件といい、近藤先生は鼻が良いんですかね?」

 テリーはコーヒーカップの匂いを嗅いでみた。


「もしかしたら、鈴木君も鼻が良いのかも知れないね」

 暗知はテリーに笑いかけた。


 ピリリリルッ♪ 暗知の携帯電話が鳴った。

「はい、暗知です。‥‥はい、そうですか‥‥わかりました、今回はもう結構です、失礼します」


 電話を切ると、暗知は溜息をついた。


「これから理恵ちゃん家に行こうか。私がトイレを修理するよ」

 暗知は外出する準備を始めた。どうやら修理業者が見つからなかったようだ。

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