第44話
やあどうも 弟子の試合を観戦している不老の魔女こと、ゴールド・ノジャーです。
しかし思ったよりよくやるなあ、あのゼクスっていう火魔法使いも。
俺との授業でマスターした四属性魔法を使い、ある程度その気になったマルクス君を相手によく粘るのなんのって。
自分より実力で優れている相手に、あの手この手で致命打を回避する手腕。
何より、戦い慣れていそうなあの感じ。
おそらくは高位の魔物とかそういうバケモノと戦った過去があり、魔法使いとしての実践経験が豊富なんだろうと思われる。
弱点属性である水魔法でいいようにされて防戦一方とはいえ、まだ敗北していない以上はもう認めるしかないね。
ゼクス・フォースは人類基準で見たら十分天才に属する魔法使いであると。
とはいっても、それも人類の規格で見た時の話だ。
才能そのものが人外の領域にいるマルクス君相手に、一歩も二歩も実力で劣っているのは事実。
そもそも、あえて殺傷能力の高い魔法で攻撃しないで勝つという手加減、もとい縛りを設けた上で互角以下だからね。
マルクス君が本気でゼクスを殺すつもりなら、それこそこの闘技場を巻き込むほどの広範囲魔法を一発ぶちかますだけでゲームセットだ。
まあ、そんなこと優しい彼は実際にやらないと思うけども。
とはいえ最初からそのくらい実力差がある。
「ふ~ん。あのゼクスとかいうアホの子、魔法だけはなかなか優秀なのね。わたちの子分相手にギリギリで持ちこたえているわ?」
「ふふふ。ええ、そうですねツーピーさん。兄上もすぐには壊れない、楽しそうなオモチャを見つけられたようでなによりです」
こらこら、いくら大好きなお兄ちゃんが活躍してるからって、オモチャ呼ばわりはよくないよエレン君。
ほら、さすがのツーピーもドン引きして、「えっ……。それはちょっと……」みたいな顔しちゃったじゃないか。
だめだよ、こんなかわいい幼女を困惑させちゃ。
羽スライムもこころなしかボディをぷりぷりと震わせて、エレン君に抗議しているように見える。
とまあ、冗談はさておき。
あれから二人ともずいぶん魔力を消耗したようで、そろそろ決着がつきそうだ。
もっとも、魔力が人外の領域に達しているマルクス君に関しては魔力の消耗じゃなくて、慣れない対人戦への精神的な疲労みたいだけどね。
だがこれもまた経験の差であるため、その点はまだまだ未熟と言えるだろう。
そうして、もう少しで決着というところまで見守っていると、突然ゼクス側が不審な動きをしだした。
あれは、何か怪しげな液体が入った小瓶だろうか……。
んん~?
なんだ、なんか嫌な感じがする。
このゾワゾワする感じ、まさか何かの前触れだろうか。
ちょっとアカシックレコードでこの後どうなるのか検索してみよう……。
……って、おいおいおい!!
「い、いかんっ! いますぐマルクス坊を止めるのじゃ! ツーピー!」
「うぃ? イェーーーーーーーー!」
まさに阿吽の呼吸。
深くは理解していないものの、とっさに俺の意図を汲み取ったツーピーが闘技場に猛ダッシュして、当然のように途中でコケてマルクス君にタックルする。
マルクス君も何が起こったか分からず吹っ飛ばされるが、幸いゼクスとの真剣勝負で不覚を取らぬよう魔力を大量にまとっていたため、それが簡易的な障壁となり掠り傷で済んだ。
そしてそんな騒ぎの隙に誰にもバレないよう、こっそりと空間魔法で怪しげな小瓶を回収。
とっさのことで余裕がなく、この小瓶が何かはまだアカシックレコードで検索していないが、これがとんでもない未来を引き起こすことだけは演算できた。
だって、この小瓶を手に取ったゼクスの表情を見た時、あの優しいマルクス君が恐ろしい表情をしてキレかけていたんだもの。
未来を演算しなくても、この先にとんでもないものが待ち受けているだろうことは、エレン君にも伝わったはずだ。
「ノジャー先生、その小瓶はいったい……。それに、いま兄上がものすごい表情で怒っていたように見えたのですが……」
うん、怒ってたね。
それもブチギレ寸前だったよ。
「うむ、まさにその通りじゃよ。あと一歩ツーピーが乱入するのが遅れておったら、激怒したマルクス坊によって会場が吹き飛んでおったわ」
「…………っ」
息をのむエレン君だが、兄弟だけあってマルクス君が怒っていた理由は凡そ検討がついているのだろう。
なにせあのゼクスが。
あの自分に誇りを持ち、誰よりも魔法への強い拘りがあった天才ゼクス・フォースが。
自分のプライドを曲げてまで決闘に勝つため、最後の最後でドーピングに頼ろうとしていたのだから。
こんなの、マルクス君にとっては理想を裏切られたに等しい憤りだろうね。
さんざん迷惑をかけられても魔法使いとしては高みにいると尊敬しているくらい、ゼクスの気高さに入れ込んでいたんだ。
そんなマルクス君が理想とする気高き英傑、ゼクス・フォースの弱みやプライドを利用して、こんなクソアイテムを持たせたのだから、それはもう到底許容できないことだろう。
ツーピーに止められたいまも内心、このアイテムを用意した何者かに対して怒り狂ってるに違いない。
それだけはアカシックレコードを見なくてもわかるよ。
だって、間違いなくこれはゼクス本人が用意したものじゃない。
あのプライドだけは天井知らずに高いクソガキが、戦う前から負けることを考えてドーピングを用意していたなど、あり得る話じゃないからだ。
だとしたら何らかの形でプライドを利用し騙すか、弱みを握るかでしか、こんなものを渡せる方法はない。
そして、それをこの状況からだいたいのことを察したゼクス本人も、乱入してきたツーピーと手に持っていた小瓶が消えているのを見て屈辱的な表情を浮かべる。
おそらく、自分が騙されていたことに気づいたのだろう。
まだこの時点では憶測だが、怪し気な小瓶はちょっと体調を整える程度の栄養剤か何かだと言われていたのかもしれない。
これを渡した相手をよっぽど信頼していたのか、それともその者も騙されていたのか、果たして……。
「哀れな小僧じゃな、ゼクス・フォース。まさかこのような形で自らの誇りに傷をつけるとは……」
ともかく、いまはこの不完全燃焼となった会場からお暇しなければならないだろう。
幸いものすごい勢いで爆走したものの、見た目が幼女なツーピーの外見が功を奏したのか、ちっちゃい子供が紛れ込んで試合が中断したと思われているようだ。
「これは、少し風向きが悪いようですね。その小瓶のことも聞きたいですし、学院側にも試合は中止だと話を通しておきましょう。それに、もう兄上の実力を公にするという目的は達せましたしね」
それがいいだろうね。
あの戦いを見てマルクス君を侮れる人間など、そうそう居ないだろう。
その部分さえしっかりしていれば、弟のエレン君としては成果として上々といったところだ。
そんなこんなで、盛大にすっころんだツーピーを手招きで回収しつつ。
規定以上の魔法で戦い大盛り上がりだった二人の決闘は幕を下ろしたのであった。
さて、それでは一体だれがこの件の黒幕だったのか。
まずはそれを調べることにしようじゃないか。
ああ、ちなみに。
この小瓶は人間には劇薬でも、ホムンクルスにとってはそうでもないみたいなので、ツーピーにちょっとだけ飲ませてみたよ。
そしたらなんか……。
「テンションが上がってきたのよ!! シュッシュッシュッシュッ! イェーーーーーー!!」
とかいって、急にシャドーボクシングをし始めていた。
よくわからないけど、テンションが上がってきたなら何よりである。
でも、いったい何の幻影と戦っているのだろうか?
まさか勇者ノアちゃんだったりしないよね?
ちょっとだけ疑問である。
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