第43話



「ゆくぞ、マルクス・オーラッッッ!!」

「…………くっ!」


 目の前の強敵、天才ゼクス・フォースから破壊の魔法が展開される。

 その魔法出力は二大公爵家の家格を超えて、この国でも同世代では最強と名高い、正真正銘の傑物に相応しい圧倒的な威力だ。


 もともと魔力制御が苦手だった僕からすれば、この膨大な魔力を制御する彼の技術に、淀みなく発せられる魔法の展開速度に尊敬の念を抱かざるを得ない。

 そしてそう思うのは、もともと魔法界の落ちこぼれであった僕にとっては必然のことであった。


 昔から魔力量だけは膨大であったものの、その制御がうまくできない木偶の坊。

 そんなことを噂され、けれど見返すこともできない情けない人間こそ、かつての僕だったからだ。


 当時は貴族としての外聞もあり勘当だけはされていなかったものの、幼い頃より感じる家族からの期待と失望。

 それと同時に周囲からの嘲笑がどれだけ大きな絶望で、また屈辱的な挫折なのかを僕は知っている。


 ……だからこそ僕は。

 彼がここに至るまで研鑽し続け、ようやくたどり着いたであろうこの破壊魔法を、どうしても嫌いになれなかった。


 ゼクスだってずっと背負ってきたはずだ。

 貴族としての責任を、身近な人からの期待を、未来への不安を。


 だが、それでもこの天才は挫けることなく前に進み続けた。

 周囲からの重圧を跳ね返すほどの強い意思で。

 誰よりも高い誇りを持ち。

 我武者羅に努力し続けてきたことで、一歩ずつ。


 同じような境遇にありながらも、先生に出会うまでは潰れかけていた僕だからこそ。

 そんな彼が、本当はとても凄いヤツなんだってことを理解しているんだ。


「だけど、だからこそ負けられない……。お前という高みを知っているからこそ、あんな愚かなことをして下らない人間に成り下がるなんて、この僕が認められるわけがない……!」


 量だけは有り余る魔力を一気に放出して、ゼクスの放つ破壊魔法にぶつけて相殺する。

 本当は非効率的でとんでもない魔力のロスに繋がる方法だけど、魔力制御が苦手な僕に破壊魔法レベルから身を守る高次元かつ高速の障壁展開なんて、できるはずもない。


 それも使われたのはただの爆炎弾ではなく、ゼクス・フォースの代名詞ともなった本気の破壊魔法だ。

 一撃の威力だけなら竜の鱗すらも穿うがつとされ、幼少の頃に彼が亜竜を屠ったことでもはや伝説となった超火力の熱エネルギー。


 そんな馬鹿げた威力の魔法相手に、ノジャー先生から杖を受け取ったことで多少マシになった程度の魔力操作が通用するはずもない。

 なぜなら、魔力障壁の展開強度は魔力の制御技術がモノを言うからだ。


 それこそユーナみたいな制御の達人になれば、ただエネルギーで身を守る魔力障壁どころか、魔法として結界を成立させてこの場を潜り抜けられたのだろうけどね。

 でも、僕にその選択が取れない以上はこうするしかなかったというわけだ。


「ふ、防いだだと!? たかが魔力を放出するだけで、障壁を貼るわけでもなく、この俺の破壊魔法を……!!」


 こんなので驚いてもらっては困る。

 まだまだお互いに全力でもないし、切り札だって見せていないだろう。


 お前は……。

 僕の知る魔法の天才ゼクス・フォースは。

 魔法の一つや二つ相殺されたくらいで、後ずさるような弱者などではないのだから。


「は、破壊魔法の使用!? ゼクス・フォースの反則行為により、この試合……。え、あ、あ、なるほど。いえ、失礼しました学園長……。試合を続行します!!」


 開幕早々の破壊魔法に審判が動き、この試合を止めようとするが、無駄だ。

 この試合は僕の弟である謀略の天才エレンと、最強の魔法使いであるノジャー先生が用意してくれた一騎打ちの機会。


 ここまで準備してくれたあの二人が、こんな反則だのなんだのという理由で試合を終わらせるワケがないのは分かっている。

 きっとすでに何らかの方法で暗躍し終えていて、学院上層部への干渉などで審判の行動を制御しているのだろう。


 例えばエレンあたりが事前に学院側と交渉していて、こうなった時のケースでどう動くかを取り決めていた、とかね。

 それに、オーラ侯爵家がその実力を保証しているノジャー先生の魔法で守りに入れば、観客席への被害は有り得ないだろうし。


 事実としてこういった証言を残せば、不意のトラブルなどで責任を取りたくない学院側はすぐに首を縦に振るはずだ。


「本気で来なよ、ゼクス。これで終わりじゃないんだろう?」

「…………まあいい、好都合だ」


 試合を続行したのはノジャー先生とエレンの奴が何かやったんだけど、ゼクスには伝わってない様子。


 ただ、それがこちらの覚悟だと受け取ったのか、僕の挑発を受けてゼクスの目が据わる。

 どうやら小手調べとして出した破壊魔法ではない、本当の実力を披露してくれる気になったらしい。


 確かに先ほどの魔法とて、別に手加減されたものではないのだろう。

 しかし一流の魔法使いにとって、工夫もなく放たれた強いだけの超火力魔法など児戯も同然。


 ノジャー先生は僕に教えてくれた。

 状況に応じて手札を変え、相手の行動を読み切り、そして戦闘中に適切な動きを行える魔法使いこそ、真の魔法使いであると。


 動ける魔法使いを目指すという名目で、授業の最初にダンジョン攻略で経験を積ませてくれたのもそのためだ。


 ただ魔法を使うことだけを念頭に置いていたあの頃の僕にとっては衝撃的な概念だったけど、今ならわかる。

 実践を経験し亜竜を屠ったこの天才、ゼクス・フォースも同じ次元に到達していると。


 彼が僕のことを舐めたままだったらもう決着はついていたのだろうけど、本気になった彼に、先ほどのような単純行動は通用しない。

 こちらも慎重にならなければそこからほころびが生じ、足元をすくわれる結果になるだろう。


 そして僕が授業の過程で習得し、試合中に安定して扱えるだろう手札は大きく分けて三つ。


 一枚目は、さきほど見せた大魔力の解放によって起こされる攻撃の相殺や、構築中の魔法への妨害。

 二枚目は、この特別な魔法杖の性能によって可能となる、伝説の空間魔法を利用した僅かな距離の転移。

 三枚目は、授業中にこれでもかと練習してマスターした、火風水土による四大元素の攻撃魔法。


 ノジャー先生が用意してくれた魔法杖の効果は、正直伝説の魔法属性によるものだから、できれば使いたくない。

 これを大衆の前で使ってしまえばいらぬトラブルを巻き起こすことが確実なので、いざという時まで使用は控えるつもりだ。


 よって、主に実用的なのは四大元素魔法と、魔力の解放。

 思ったよりも手札が少ないように見えるけど、一応四大元素全てに適性があるのは百年に一人もいないとされる超レアケース。


 伝説の勇者でもなければ実現不可能な魔法適性の数だから、奇襲にはもってこいだ。


 これまで木偶の坊として知られていた僕の魔法適性なんて、誰も知らないだろうからね。

 まだ誰も知らないからこそ最大に活きるメリットでもある。


 既にゼクスの火属性魔法に対する弱点属性、水属性の魔法を発動寸前で待機させている。


 ……さて、ゼクス。

 僕の準備は整ったぞ。


 魔法の力だけなら僕が上、魔法の経験だけならお前が上。


 お前は、僕の目指した魔法使いの高みは、どう動く。


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