第42話
マルクス・オーラとゼクス・フォースの試合を行うことに決めた翌日。
貴族子弟同士のいざこざに出しゃばることのできない父アルバン・オーラに代わり、俺の魔法で魔法学院のある王都までひとっとびしたエレン君が、なにやら学院側とごそごそと協議して決闘の日程を決めた。
そしてさらに数日後の現在、学院の生徒たちに混ざり変装したノジャー親子が、もうすぐ決闘の開始時刻となる闘技場を観客席から眺めているところだったりする。
もちろん今回の立役者であるエレン君もちゃっかりと同席してるよ。
いまも隣でニコニコと笑いながら「兄上の晴れ舞台ですねぇ」とかいってる。
ちなみに、この提案に関してはけっこう魔法学院側も乗り気だったご様子。
今期入学生の中でも魔法使いとして頂点に近い二人が試合をするのなら、他の者達への刺激にもなるだろうと考えてのことだそうだ。
表向きには決闘とされているが、いってしまえば、これはただの模擬戦だしね。
お互いに死に直結する攻撃や、審判が戦闘不能とみなした相手への追撃は禁止。
その上、学院きっての救護班までスタンバイしているわけだから、そうそう事故など起こりようもないらしい。
アカシックレコードでその時の対話を覗き見したけど、けっこう自信満々だったよ。
俺個人としてはなんだかなあ、って感じだけどね。
たぶんゼクスは審判の命令なんて聞かないし、殺傷力のある魔法をバンバン使うと思うんだ。
こいつの興味は試合の勝ち負けなどにはなく、マルクス君より自分の方が強いと証明するのが目的みたいなところがあるからね。
実際に授業の模擬戦でも、指定された無属性の魔弾ではなく殺傷力の高い爆炎弾でマルクス君を攻撃していたし、学院側はこの問題児のことをちょっと軽く見過ぎだと思う今日この頃。
とはいえ、第二の弟子であるあのマルクス君がその程度の魔法で不覚を取るはずもない。
自分の力が大きすぎるため勝負にならず、わざわざ反撃にすら転じていなかった結果こういうことになったんだから、もう試合なんて見なくてもどうなるか分かるってもんである。
ある意味、公開処刑されるゼクスとやらが可哀そうな気がしないでもないね。
それにマルクス君としては怒り心頭ではあるものの、ゼクス側がユーナちゃんに謝罪し今後手を出しさえしなければ、今回の件も水に流そうかなって思うくらいには心が広い。
なのでこの決闘でも一方的な蹂躙などせず、できれば対戦相手の立場や誇りも立てて終わらせてあげたいとか考えているようだ。
「ま~。無理じゃろうな~」
「むりむりの、むりっ! なのよね~。あのゼクスとかいうアホの子は、きっとそんなことされたら余計に怒るのよ」
「じゃろうなぁ~……」
はい、ツーピー大正解。
その通りである。
羽スライムも同じ意見のようで、俺たちの頭上を、心なしか頷くようにふわふわと上下飛行する。
「とはいえ、案外そちらの方が兄上にとっても都合がよいかもしれませんよ」
そんなことを言うエレン君だが、魂胆は見え透いている。
きっとなかなか本気を出さないマルクス君に逆上して、観客を巻き込むような大魔法を展開するゼクスが、「短絡的だけど見た目は派手な全力」を出すのに期待しているのだ。
そうすれば、仮にもフォース公爵家の天才として知られる全力のゼクス・フォースを、ルール通り最低限の魔法だけで倒したマルクス・オーラという構図が生まれる。
そうなったらもうこっちのモノで、木偶の棒だのなんだのと蔑まれてきたマルクス君の汚名は学年最強という栄光に上書きされるだろう。
もう誰も彼を侮蔑することなどできないという訳だ。
まったく、あどけない少年のような外見からは想像もつかないほど腹黒いねエレン君は。
マルクス君の全力を焚きつける問題児がゼクスなら、ゼクスの全力を焚きつける問題児はエレン君である。
もはやどちらが本当の問題児か分からないほどだ。
「ははは……。そう睨まないでくださいよノジャー先生。先生ほどの人に目をつけられてしまったら、私みたいな小物は恐怖ですくみ上がってしまいます」
「よく言うわい。まるで堪えておらぬくせにのう」
「いえいえ、本当ですとも」
そうしてそんな雑談をしながらしばらくして。
会場に見学に訪れた生徒たちがごった返してきた頃、ようやく決闘の時刻になり今回の主役たちが姿を現したのであった。
◇
「ふむ。逃げずに俺の前に現れたその度胸だけは認めてやろう、マルクス・オーラ」
「……なあ、ゼクス。もうこんなことは止めにしないか」
俺たちが闘技場に潜伏している中。
ついに二人が舞台に上がり、お互いが向き合った状態で対話を試みる。
……いや、違うか。
どちらかというと対話を成立させようとしているのはマルクス君の方で、ゼクスは相手からの返答など求めてなさそうだな。
こう、言いたいことがあったからそのまま言葉をぶつけただけ、っていう感じ。
なおこの二人の会話は距離の関係から観客たちには聞こえておらず、俺たちが音を拾えるのもゴールド・ノジャーによる音魔法の超絶技巧あってこそのものだ。
ツーピーやエレン君、ついでに羽スライムもただ景色を見ているだけではつまらないだろうからね。
こういったサービスはお手の物である。
「お前だって、本気でユーナを傷つけようとしている訳じゃないんだろう」
「…………」
おっ、マルクス君が仕掛けた。
何かを伝えようとしているらしい。
「お前はただ誰よりも魔法への強い拘りがあって、同時に高い誇りを抱いているだけだ。だけど、それがあまりにも強すぎるがゆえに、目が曇ってしまって大事なことを見落としている。それなら、いまからだってやり直そうと思えば────」
「────黙れ、三下」
おおおっ?
なんだなんだ。
何を言うかと思ったら、ここに来て説得フェイズがはじまった。
というより、今の説得にゼクス側もしっかり対応するんだね。
無視すると思っていただけに、意外な展開である。
「まるで俺のことを理解したかのような言葉で、図々しくも指図などするな。反吐が出る。もしどうしても言うことを聞かせたいというのならば、それこそ力を示してみろ。そのために学院側もこの場を用意したのだろう? ならば杖を抜け。……決着をつけてやる」
必死の説得もむなしく、聞く耳をもたないゼクスの言葉がマルクス君を拒絶する。
予想通りそうくるだろうとは思っていたが……。
いやはやどうして、思ったよりも熱く語るじゃないの問題児。
どうやらゼクスにとって、「魔法への拘り」、「高い誇り」、という言葉は思った以上に図星だったようだ。
まさかさきほどまで眼中にすらないといった態度のゼクスが、こうも事前の予想を裏切り真剣に答えるとは思わなかった。
もっとこう、マルクス君のことを舐めてかかると思っていたんだけどね。
「こりゃあ荒れそうじゃの~。マルクス坊のことを舐めていたら試合なんて決まったも同然じゃったが……。そうか、ここにきてついに相手のことを認めたか」
熱い男だねえ、本当に。
これが若さというやつなのだろうか。
これで問題児の原因たる傍若無人ささえなければ、マルクス君ともいい友達になれただろうに。
実に惜しい人材である。
とはいえ試合は試合だ。
お互い悔いの残らぬよう頑張ってほしいものである。
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