第41話
「……でのう? そういう訳で、いま学院ではマルクス坊が絶賛ピンチなんじゃよもう」
「なるほど。お話はよく分かりましたノジャー先生。では、こういうのはどうでしょう……」
侯爵家次男エレン・オーラの知恵を借りるため、かくかくしかじかと。
オーラ侯爵領に舞い戻った俺とツーピー、ついでにペットの羽スライムは、もはや勝手知ったる我が家のように屋敷へ上がり込み密告を行っていた。
もうエレン君にまかせっきりで、どうするどうする、みたいな感じで。
アカシックレコードによる裏情報はいくらでもあるが、正面衝突するわけでもないこういう政争においては、俺自身のセンスが足りずにうまく策略を練れないから仕方ない。
バルザックの時は武力による正面衝突だったからこそ、いろいろと強引な手段は取れたけのだけどもね。
政争は情報を握っているだけじゃ勝てなくて、隙を見せない努力や、むしろ相手を味方に引き入れる努力も必要だ。
なにせただ直接的に相手をねじ伏せても、最終的に周囲に舐められるほどの損失、もっといえばつけ入る隙がでたらそれは長い目で見て敗北なのだから。
ようするに政治感覚、バランスってやつだね。
俺にはそういうのが決定的に足らなかった。
だがそんな心配もなんのその。
エレン君にちょっと情報を与えてやると、水を得た魚のように出るわ出るわ、政敵を蹴落とす案の数々が……。
なんかもう政敵の情報さえ持っていればこちらのものだと言わんばかりに、二大公爵家への脅迫案、疑心暗鬼案、信頼失墜案、取り巻き寝返り案などなど。
考えている内容がえげつなさすぎて、相談したこちらが息をのんだくらいである。
特に極悪非道だったのが愛する者の裏切り作戦。
ターゲットはフォース公爵家嫡男であるゼクスのメイドで、現在未婚の十八歳。
長年ゼクスの面倒を見ているお姉さんポジションのメイドのことは、風の噂としてエレン君も知っていたらしい。
まあ、彼とて大貴族の次男だからね。
貴族的な交流っていうものがあったのだろう。
ここまではいい、ここまでは。
だがこの次が問題だった。
「ノジャー先生。では例のメイドを魔法で洗脳しましょう」
……ん?
「こちら側に寝返らせてからゼクスを精神破壊させるのが、現状でもっとも攻撃力が高いです」
……んんん!?
「本当はもう少し相手の事情を汲むのがバランスとしては良いのですが、先生がいるとなれば話は別です。ちょうどいいので奴を消しましょうか。このような男に手間をかけるだけ時間の無駄です」
……えええええっ!!
なにそれ怖っ!
エレン君は本当に人の心を持っているのだろうかって感じの腹黒さである。
なんでもエレン君曰く、洗脳したことが
いや、ちょっとまって欲しい。
なんでエレン君は俺の魔法にそこまでの信頼を寄せているのかとか、手段を選ばないその姿勢がいままでのエレン君の猫かぶりを如実に表しているとか、いろいろと言いたいことが多すぎて頭の整理が追いつかない。
あれ、エレン君って政争の天才なだけではなくて、まさかサイコパスだったのだろうか……。
いやいや、きっと違う。
きっと兄のマルクス君が心配すぎて……。
うん、無理があるね。
たぶんエレン君は良くも悪くも貴族として色々割り切っているということだろう。
不老の魔女ことゴールド・ノジャー、改めてそう感じました。
「ひ、ひぇえええ……。わ、わたち、こいつの思考回路が恐ろしいのよ……」
うん、分かる。
すっごく分かる。
あの天真爛漫で元気いっぱいなツーピーが内股になるほど、いまのエレン君は恐ろしいほどに無表情だからね。
こんな顔で敵を精神破壊させましょうなんていわれたら、そりゃあ怖がるよ。
だってツーピーの精神は賢さにくらべて幼いんだもの。
そりゃあ怖いよね、この考え方は。
だが慌てることなかれ。
いくら傍若無人な悪ガキこと公爵家ゼクスを追い詰めるためとはいえ、罪のないメイドを貶めるのはさすがにダメである。
ゼクス本人の権威や立場が失墜するのはしょうがないとは思うのだけどね。
それに何より、マルクス君本人をサポートするのならともかく、エレン君が直接決着をつけてしまっては弟子たちのためにもならないだろう。
そういったことを細かく、それはもう丁寧に伝えるとエレン君も納得したのか、ふむふむと頷いて理解を示してくれた。
「……なるほど。ずいぶん優しい、いえ甘い方針だとは思いますが、言わんとしていることは理解できます。ではその方向性で案を練り直しましょう」
その言葉にほっとしたツーピーが、ヒェ~とかいいながら安心感で膝から崩れ落ちる。
どうどう、落ち着けツーピー。
極悪非道な闇エレン君の
まあ、もっとも本人の内心としては。
これは兄自身の戦いである為、自分が決着をつけてしまえば兄の栄光に陰りが差すことになるので方針を変えた、っていう程度なのだろう。
その証拠にさきほどまでの作戦を顧みている気配はないし、必要なことだからしょうがないよねといった雰囲気がにじみ出ている。
エレン君も根はマルクス君大好きな善人なのだろうけど、政争というのは善悪の一面だけでは測れないからね。
権謀術数、政略、謀略の天才であるが故の個性というものなのだろう。
また、そんな感じでひと悶着、ふた悶着ありながら相談を続けていき、しばらく案を煮詰めたころ。
ようやくまとまった「相手がその気なら、もう直接戦わせちゃえば早かろう作戦」が最終的に結論づけられるのであった。
よく考えてみればそりゃそうだなという、目から鱗が落ちる気分だ。
なんだかんだ、ゼクスは己の力に自信があり、プライドがあるからこそ暴走しているんだよ。
そのプライドをマルクス君の本気でへし折ってしまえば、とりあず問題は落ち着くだろうという話。
ある意味、マルクス君が争いを避けているから問題が解決しないのだ。
オーラ侯爵家は仮にも大貴族なので、フォース公爵家を模擬戦で打ち負かしたくらいで問題になることもないのも、またこの作戦を決定させる大きな要素であった。
当初予定していた政争とはなんぞやという話ではあるが、まあ、しょせん男なんてものは拳で語れば納得するものだ。
これが女性だとそうはいかないのかもしれないが、いまのところアンネローゼ・クライベルの方は大きな動きを見せていないので、こちらはしばらく放置である。
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