第45話
魔法学院でも因縁の対決となった今年の新入生の試合。
火炎を司る二大公爵家の一角、フォース公爵家嫡男ゼクスが試合を途中棄権したと公式に発表が出された。
ある者は喜び、ある者は嘆き、またある者は憤る結果となったが、その誰もがこの試合の裏で暗躍していた者達のことを知らない。
暗躍していた者達の中にはゼクスに味方する者も、対戦相手であったマルクスを応援する者もいる。
そして、そんな試合の陰で蠢いていた者達の中でも、特に大きな動きを見せていたのが二大公爵家の片割れ。
水氷のクライベルと名高い、アンネローゼ・クライベルその人であった。
「なぜですの……。確かにあの時、ゼクス・フォースは魔人薬を取り出していたはず」
女子寮の窓から夜空を見上げ、誰もいないはずの虚空に向かって独り言を呟く。
今しがた語られた、魔人薬という怪しげな名前の薬。
聞きなれない単語ではあるが、なにやらアンネローゼはその正体を知っている様子だ。
いまもその瞳に憂いを帯びさせ、あと少しで計画が成っていただの、目障りな両者を潰す良い機会であっただのと、物騒な台詞が聞こえてくる。
「貴方がた聖国の教会暗部から譲り受けたアレさえ服用すれば、魔力暴走を起こし覚醒したゼクスに目障りなマルクスは消され、ゼクス本人も副作用により倒れ、消えゆく……」
────そういう筋書だったはずでしょう?
────答えなさい、ピエラ。
そして語られる、確信を持った言葉。
何を隠そう試合前ゼクスに魔人薬なる小瓶を渡した元凶とは彼女のことであり、直接手渡したものではないにしろ、元を辿れば最終的に暗躍していたのはクライベル公爵家だったのだ。
教会の名も出てきていたが、暗部は政治的に繋がりのあるクライベル公爵家に商品を卸しただけで、その用途はまでは聞かされていないのだろう。
どこか神秘的な、宗教的な衣装をまとったピエラと呼ばれる女性が、虫の居所が悪そうに顔を歪めているのがよい証拠だ。
彼女も聖国と魔法王国との付き合いの関係上ここにいるだけで、政争に関するいざこざに巻き込まれるなど思ってもみなかったのかもしれない。
「どうしたのですか? まさかこのわたくしに対し、答えられないことがあるとでも?」
「…………お言葉ですが、クライベル公爵令嬢。私どもはそのような計画は何一つ聞かされておりません」
なるほどと、一呼吸の間を置き。
面白くなさそうに目尻を釣り上げたアンネローゼは、話の続きを促す。
「私ども教会暗部が聞かされていたのは、人の身でありながら魔族の力を宿したと目されるオーラ侯爵家嫡男。ゴールド・ノジャーの弟子、マルクス・オーラへの共同調査です。その過程で魔族の魔核から製造された魔人薬が調査を強行するための証拠として必要だと仰られておりましたので、用意しただけでございます」
教会暗部から派遣された異端審問官ピエラは語る。
少し前に聖国へと訪れた勇者の導き手、A級冒険者パーティーから齎された聖なる魔族のことを。
そして、ピエラ本人も属する一部の勢力、反聖魔族派の目的を。
もともと反聖魔族派は、神々の祝福を受けた魔族など存在するはずがないという者達の集まりだ。
この世界の主は人間であり、その次に人間の支配下に収まるべきがエルフやドワーフといった亜人。
最後に滅ぼされるべき宿敵が魔族だと、そういう認識なのである。
そうであるが故に、組織の一勢力としてゴールド・ノジャーの存在を許容することはできず、なんらかの情報や足取りを追ってクライベル公爵家に協力を打診したところ、半年ほど前にオーラ侯爵領で姿の一致する少女を見かけた者がいるとの報告が入った。
オーラ侯爵当主はそのことをひた隠しにしているようだが、貴族の中でも最大勢力を誇るクライベル公爵家の情報網はその上をゆく。
どうやら噂そのものは真実であると、共同調査の過程で確信を得るところまでは至っていたのだ。
しかしあと少しでゴールド・ノジャーの足取りを追えると思った、そんな時。
突然、何かに邪魔されるかのように調査が難航し、いつの間にか
これが教会側にとって、思わぬ誤算であったことは否めないが、犯人の目星はついている。
オーラ侯爵家の次男エレン・オーラ。
政争の麒麟児と目される僅か十三歳の少年が、取引という名目で教会に手を出したのだ。
どこから入手したのかその情報は的確で、ゴールド・ノジャーの足取りを追おうとすれば狙いすましたかのように躱され特徴が似ているだけの別人。
またこの国における他の貴族や教会穏健派を抱き込もうとすれば、逆に先回りされて抱き込まれた後であったなど、邪魔された例をあげればキリがない。
まるでこの世全ての情報を持っている誰かに接触し、こっそりと答えを入手していたかのような手際の良さだ。
本当に有り得ない事態であった。
「ですから、決闘の場でその本性をあぶり出すためにクライベル家に魔人薬を提供し、アンネローゼ様、あなたに力を貸していたのです」
「そうね。だから今回の計画を実行したのですわ。わたくしは政敵が消えて嬉しい、貴方がたはゴールド・ノジャーなる魔族をおびき出せて嬉しい。そうではなくて?」
確かに、さすがに魔族の力を宿したマルクス・オーラが消されれば、その実験に加担した張本人であるゴールド・ノジャーが、必ず尻尾を出すというアンネローゼの案は正しかったかもしれない。
しかし、それは結果を出せればの話である。
こうして失敗する確率が高い以上、短絡的な行動は悪手であったはずなのだ。
実力行使にも等しい作戦を安易に決行すれば、警戒している敵から情報を得ることは極端に低くなるだろうから。
しかしそう語ろうにも、教会勢力の中でも使いパシリに過ぎないピエラに、クライベル公爵令嬢を直接的に非難することはできない。
あくまでもこの作戦は聞かされていなかったと、そう主張することしかできないのであった。
「それにしても厄介ですわね、あのマルクス・オーラという男は。あの平民の女ごときに味方する木偶の坊がどれほどのものかと思っていましたが、まさかゼクスを圧倒する実力者だったとは……」
少し計画の修正が必要かと、そう言い残して彼女はこの場を去る。
クライベル公爵家が何を企んでいるか知らないが、アンネローゼの付き人として偽装し派遣されているピエラ自身、未来への不安が拭えない空気感をまとっていた。
「計画、ですか……。全く、これだから大貴族というのは厄介なのです。そもそも、あの魔人薬は教会に現存する三本のうち貴重な一本なのですよ。それを安易に消耗品として扱うなど……」
かくして、お互いの思惑が交差する中。
しかし、それでも両者は気づいていない。
調査の証拠として利用するつもりだった魔人薬は、ハイテンションになったツーピーが飲み干しカラの瓶になり。
ついでにゴールド・ノジャーに存在を知られて、残りの魔人薬も教会から盗まれツーピーのお酒替わりになってしまったことを。
そして何より、ゴールド・ノジャーが魔族だという噂は全くのデタラメで、ただ巻き角のカチューシャを身に着けていただけのオシャレアイテムであったことを。
教会内部の過激派たちが真実を知れば、発狂するほどのふざけた話なのであった。
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