第32話



 その日、聖国は沸いた。

 長らく民に不安を与えていた、大悪党バルザックがついに聖騎士によって捕縛されたのだ。


 しかし聖国のあらゆる犯罪、裏組織に通じたこの男が捕縛されたというニュースは、その日のうちに聖国の首都である聖都セレスティアに広まり物議をかもした。


 それもそのはずで、この男が捕まるまでの間にはそれはもう盛大な捕縛劇が繰り広げられ、大悪党の名に恥じない無双ぶりを見せていたのだから。


 曰く、十人の聖騎士たちが同時に立ち向かうも、巨大な斬馬刀の一振りで周囲を薙ぎ払い壊滅させた。

 曰く、教会の最高戦力である十二使徒が第三席、蒼天のミルファが一対一の戦いで敗れた。


 などなど、この他にも多くの伝説を今日一日で刻んだ。

 それもバルザックが集めたレジスタンスという巨大な組織の力を使わずに、たった一人で戦いこの戦果だ。

 その行いはともかく、実力に関しては馬鹿げたものを持っているのは間違いない。


 故に民は思う。

 この大悪党がすんなり敵の手の内に捕まるなど、そんなことあり得るのかと。

 まさかここまでの流れも大悪党の計算のうちなのではと、そんな予想まで頭によぎってしまう。


 しかし、そんな民の不安と同時にとある噂が流れだす。

 一部始終を見ていた者からの報告であり、教会側にとって不利な憶測に終止符を打つものであった。


 その噂とは、まさにいま魔族の危険にさらされているこのロデオンス中央大陸の救世主。

 伝説の勇者一行が大悪党バルザックを打ちのめし、その身柄を教会に引き渡したというビッグニュースであった。


 ここに来てまさかまさかの、伝説の勇者の台頭である。

 この情報こそが、現在聖都セレスティアを沸かせているものであり、活気の根源。


 なお、聖都中を流れる噂にも勇者一行と示されている通り、大悪党バルザックを打倒するにあたって集まったのは勇者ノアだけではない。


 仲間の内一人は南西の国マリベスターの英雄、最年少S級冒険者と名高い黄金のレオン。

 そして他にも勇者ノアをここまで守り抜いた導き手、戦士ダインがリーダーを務めるA級冒険者パーティーが存在していたのだ。


 勇者ノアは言う。

 もしバルザックを打倒するために、あえて冒険者パーティーが教会内部に潜伏し、奴の油断を誘っていなければ。

 このタイミングで常勝無敗とまで言われた大悪党を、民の被害なしに捕縛するのは不可能だっただろうと。


 そう、これまでの全ては勇者ノアの手のひらの上だったのだ。


 導き手であったはずA級冒険者たちが勇者ノアから離れ、なぜかバルザックが教会側に攻撃を仕掛けるタイミングで飛び出してきたのは、全てこの時のため。

 まさに見事というしかない、伝説の勇者と教会によるチームプレイであった。


 後の世で、歴史家はこの時に活躍した者達の能力をこう分析する。


 勇者ノアはいわずもがな、世界の救世主に相応しい実力の持ち主だが、この局面で本当に凄まじかったのは彼女だけではない。

 この時代において絶大な権威を誇る教会勢力に捕縛されるという、社会的な立場を失うであろう絶望的な状況に耐えながらも、勇者ノアのことを最後まで信じ抜いた冒険者パーティーこそが、最大の立役者だろうと。


 なお、この事件の数日後。

 勇者に打倒され憔悴しきったバルザックが、民の前で打ち首にされる事になったと歴史書には記載されている。


 ちなみに、聖都セレスティアの大悪党とされたバルザックが処刑される寸前。

 彼の死に際に放った一言がまた波乱を生み、残してきたレジスタンスの勢力に影響を与えたとかなんとか……。

 だけどそれはまた、別のお話である。





「と、いうわけでじゃ。大悪党打倒、あ~んど、冒険者のみんなお疲れさんパーティーを始めるのじゃ。ぱちぱちぱち」

「イェーーーーーーーー!」


 うむ、ツーピーはいつも元気でいいね。

 そういうところ、俺はけっこう気に入ってるよ。


 ちなみに現在は、大悪党バルザックが大立ち回りしてから約一週間後の深夜だ。

 既に教会でも裁判は終わり、二日前の昼あたりにバルザックの処刑が行われたみたいだが、まあそんなことはこちらには関係のない話だ。


 なにせ今も目の前でこの大悪党は酒を飲んでドンチャン騒ぎしているし、集まった今回の立役者である勇者たちも楽しそうに宴会してるからね。

 冒険者も教会側から快く開放され、それどころか聖都を守ったという勲章まで授かり、あと腐れなく和解しているあたりさすがゴールド・ノジャーの作戦である。


「いや、状況を説明してくれ状況をっ! 俺たちはいきなり捕まったと思ったらいきなり解放されて、なんかめちゃくちゃ強いおっさんとの戦闘に突入したと思ったら、ギリギリで打倒して教会に引き渡したおっさんが一緒に酒飲んでるんだぞ! 意味がわからん!」


 うん、そうだろうね。

 ここのところバルザックの死体の偽造とかで忙しかったから、彼らには事情を説明しきっていない。

 ごめんごめん、今話すよ~、というやつである。


 でもって、今回の一部始終とやらをネタバレ込みで彼らにも語ってみようと思う。


 それでは、まず最初にバルザックと教会が正面衝突した理由から。

 といっても、これはけっこう単純な話だ。


 要するに教会の上層部が周囲に知られたくないアレやコレを、俺が手紙としてその辺にバラ巻き、バルザックが個人でやったように見せかけて両者を激突させたというだけである。


 上層部としてはたまったものではなかったのか、それはもう大変な大騒ぎだったよ。

 教会の威信にかけてバルザックを殺そうと躍起になっていたね。


 ついでに手紙の内容をちょっと工夫することで、レジスタンスそのものは何の関与もしていないように見せかけたり、民衆に向けていろいろと情報操作をしておいた。


 その最たるものが冒険者パーティーの解放に繋がっていて、彼らが自由の身になった理由そのものだ。


 どういうことかと言うと、まあ、つまり冒険者たちは教会と勇者ノアが大悪党バルザック討伐のために、あえて教会側に残していた戦力ですよ~、みたいに匂わせておいたのだ。

 たとえば一例として、勇者ノアの戦力がいまならば著しく低下している云々と書き込んだりしてね。


 こうすることで戦力の足りない勇者ノアのために冒険者たちを解放する口実にもなるし、実は勇者ノアを助けるためだったという大義名分も得られる。


 彼らが語った魔族の情報だって、全ては作戦のうちであると処理されるだろう。

 さらに、教会側は本当はまずいと思っていた勇者ノアと敵対する未来も回避できるというわけだ。


 そうして、教会の最高戦力ですら手に負えないバルザックの前にノアちゃんが現れた時、これ幸いと参戦してきた冒険者が大悪党を打倒し名誉を得たというわけである。



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