第31話



「な、何者だお前は……!」


 レジスタンスのアジトであるスラム街の酒場を貸し切りにし、ネズミ一匹通さぬ構えで密談を行っていたバルザックが驚愕する。

 こんな突然に何もないところから出現したら、そりゃそうなるだろうけどね。


 それだけ空間魔法という伝説の属性は一般的に知られていないのだ。

 伝承とか空想上とか、そういった認識をしている者でさえ、それなりに魔法への造詣が深い者に限られてくるのだから。


 ちょっと狙っていたとはいえ、この結果はさもありなん。


 しかし俺はともかく、なぜツーピーがドヤ顔をしているんだろうか。

 永遠の謎である。


「神様っ! 助けに来てくれたんですか!?」

「げえぇっ! 出たわねノジャー姉妹!? そしてポンコツーピー! ここで会ったが百年めぇええええ! ……げふうっ」

「ふっふっふ。甘いのよね~」


 でもって、レオン少年に比べてやけにノリノリな勇者ノアちゃんが襲い掛かり、こう来ると分かっていたらしいツーピーに、見事なカウンターをもらって床に倒れ伏す。

 こう、べちゃ、って感じで思いっきり顔面から床にダイブしてたね。

 とっても痛そう。


 以前お互いに好敵手として認め合い、その後ツーピーの路上パフォーマンスで煽られまくったのが効いていたのだろう。

 攻撃する勇者ノアも、それに反撃するツーピーにも一切の容赦も躊躇もなかった。


 やはりこいつら二人は似たもの同士なのかもしれない。

 二人は絶対に認めないだろうけどね。


 ただ、ポンコツとツーピーを掛け合わせて、ポンコツーピーって呼ぶ煽りセンスはちょっと無いと思うよ。

 あまりにも自然に挑発してしまったため、ツーピーすらも何のことかよくわかっておらず、口喧嘩として認識していない。


 出直してきたまえ勇者ノア。

 今日のところはツーピーの完全勝利である。


「なにい、神様だぁ? それに殺気はなかったとはいえ、あの新米勇者を一撃で伸した、だと……。どういうことだ。目的も状況も読めねえ上に、こいつら二人の力が読み切れねえ。こんなことは初めてだぜ……」


 おお、驚いてる驚いてる。

 わざと怯えるような態度を見せるところなんか、すさまじい演技力だ。


 今もいつでも逃げられるようにしながら、同時に椅子をわずかに引いてるところなんか、油断も隙もない大悪党って感じでイイね。

 おそらく逃げ切るだけの自信とか、隠し通路とか色々用意されているのだろう。

 ここ、彼のアジトだし。


 たとえば俺たちの登場が勇者やレオン少年の計算で、バルザック自身のことを完全に裏切っていたとしても、生き延びるために戦略的な撤退を必ず視野に入れて冷静に動く。

 いや~、あっぱれである。


 勇者一行に求めていたのはこういう、少し斜めに構えつつ社会の過酷さに擦れた悪党ポジションなんだよ。

 世の中奇麗ごとだけでは回らないからね。


 冒険者たちだけでは経験はあるが社会に従順すぎてダメ。

 弟子たちだけでは経験が足りないし素直すぎてダメ。


 このバルザックっていう男はそういう欠点をケアするにもってこいの人材、というわけなのであった。


 じゃあちょっと、いいものが見れたことだし。

 ここでバルザック君に朗報、もとい多少の種明かしをしようか。


 何を隠そうこのゴールド・ノジャー。

 今彼らが直面している、大悪党に罪を擦り付けてしまおう大作戦のサポートをするため、ここまで足を運んできたのだから。


「そう警戒せずともよい。逃げる準備にまで細心の注意を払うあたりは褒めてやるがのう」

「ちっ。やっぱ、バレてやがるか……」

「当然。そして、いまの儂らは完全にお前たちの味方じゃよ。どうせ薄々気づいてはいたのじゃろう? 気楽にせえ。これから教会とことを構えるのに、必要なだけの力を貸しに来てやったのじゃから」


 そういうとバルザックは納得したフリをして席に座りなおす。

 完全には認めていないが、いまここで逃げに徹するよりも、一応は協力的な姿勢を見せたほうが有益だと言えるくらいの信頼は勝ち得たのだろう。


 よかったよかった。

 だが本人もこれだけの実力差を見せつけられて従うのはしゃくなようで、「いまの儂らは味方、ねぇ……」とか、「どこか胡散臭いんだよこの嬢ちゃんは。ババくせえ」とか、そんなことを言って反撃してくる。


 全くもって素直さに欠けるやつだ。


 そうこうして一応場の空気がまとまり、この場にノジャー組、勇者組、そして大悪党の合計五人がそろい会議を始めることになった。

 勇者ノアはまだ顔面ダイブの影響がぬぐい切れず、真っ赤になった額を涙目でさすさすしているが、些細なことだろう。


 おかげでノアちゃんが大好きなレオン少年に気遣ってもらったりしているので、彼女的には実益のあるお得な敗北だったのかもしれない。


 ちなみに、俺が手を貸す案件の中には教会を揺するだけの闇情報がたんまりある。

 普通にこれを公開してしまえば、公開してしまった側が異端審問にかけられたり、もしくは暗殺されたりしてしまい消されるだけ。


 では、この闇情報を何に使うのかというと……。


「すげえなこりゃあ……。この紙に書かれてることが全部本当だったとすりゃあ……」

「ええ。神様の言う通り、使いようによってはこれ以上なく相手の敵意を買うでしょう。別人に罪を擦り付け目をそらさせるにはもってこいです」


 ということなのであった。

 まあ、デカい組織には後ろ暗いことの一つや二つは当然あるからね。

 この世界基準では奇麗ごとを謳っている教会勢力にも、上層部になればなるほど腐敗とはきってもきれない関係になる。


 どこの国だってそうだし、これは仕方のないことだ。

 まあ、だからといって許されることではないし、公開されたら確実にまずいことばかりだけども。


 そんな感じで数時間。

 そろそろ冒険者を救出しにいかなければマズいかな、といったタイミングになってきたころ。


 深夜だった空にも朝日が昇り。

 ようやく大悪党おとり作戦の概要がまとまり、行動に移す時がやってきたのであった。




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