第30話
少しやつれた様にも見える、目つきが悪い無精ひげの男は聖国を憎んでいた。
いや、もしかするとこの世界の神を、そしてそれを信仰する者たち全てを憎んでいたのかもしれない。
だが、具体的にそれらの何を真に憎んでいたのかは、もう定かではない。
ずっと腹が減ってしょうがなかった幼い頃に、手を差し伸べる大人がいなかった理不尽さ故か。
それとも、そんな自分が暴走し罪を犯した時に、止めることすらできなかった世界への失望故か。
はたまたもっと別の何かなのか。
とにかくもう男の手は汚れすぎていて、そして歩んできた道中が血に染まりすぎていて、本当に望んでいたことが何だったのかすら思い出せなくなっていたのだ。
そんな不器用な男の名は、バルザック。
いまは聖国の教会勢力ですらも不可侵のものとなった、力無き者たちにとって最期の寄る辺。
聖国のレジスタンス、この国の裏組織を牛耳るリーダーである。
そんな不条理と権力に抗う組織の頂点バルザックは、現在不可思議で面白い、しかし相容れぬ
組織の用心棒として用意した大勢の部下を倒し、事も無げに現れたのはたった二人。
一人は少しくすんだ金髪を輝かせる、見るからに隙のない出で立ちの青年。
そしてもう一人は燃えるような赤髪を持つ、垣間見える実力のわりに覚悟も経験も乏しそうな少女。
なんとも年若くこの場に不釣り合いな二人組だが、裏世界でも名を馳せ常勝無敗とまで言われたバルザックでさえ、同時に相手すれば不覚を取りかねないほどの強者だ。
対応を誤れば、いくらこの男といえどもタダでは済まないだろう。
それは闖入者の身分や背景を鑑みるに、社会的においても、自分の命という物理面においても同様だった。
だが、もしかするとこれで良かったのかもしれない。
ようやく自分に正しい形で裁きを下せる「正義の味方」が目の前に現れたのだから。
もう長いこと待っていたのだ。
そろそろ、引導を渡してくれてもいいんじゃないのかと、彼はこの二人組を視界に入れたとき、少しだけそう思っていた。
とはいえ、少しだけだ。
いますぐにこの築いてきた地位、そして培ってきた力を手放すつもりはない。
もし悪しき者に裁きを下す正義の味方が、勇者が現れたというのなら、それこそ正しき力を自分の目の前で証明するべきなのだと、彼はそう思っている。
「…………で、用件は?」
故に問う。
この大悪党たる自分をどう扱うつもりなのか。
または、どうやって決着をつけたいのか。
果たしてその答えは……。
「急に立ち入ってしまいすまない。少しの間だけで良い。僕たちを匿ってくれ」
「…………はぁ?」
悪人たる自分の目には眩しい正義の瞳を持つ者とは思えない、なんとも滑稽で、何より少し情けないお願いごとなのであった。
◇
「はぁーーーーはっはっはっは!!! そうか、お前ら二人して聖国のやつらに喧嘩を売ったってわけか!! 神に選ばれた勇者様が、マリベスター王国の英雄、あの黄金のレオンともあろうものが!! こりゃあ傑作だぜ、最高だお前たち!! はぁーーーーはっはっはっはっは!!」
あまりにも意味不明すぎて笑いが止まらないと、大悪党バルザックは人生で最高に愉快な気分を味わっていた。
それもそのはずで、なんと自分を討伐しにきたと思っていた闖入者たちが実は味方で、己が宿敵と睨んでいた教会勢力に一泡吹かせるために、この大悪党の力を貸してもらいに来たというのだから。
もうこうなってはバルザック自身、意味不明すぎて笑うしかない。
だが、悪くない気分ではあった。
「でよぉ、どうするんだ結局。この新米勇者の嬢ちゃんを導いたっつう冒険者どもは人質に取られてるんだろ? 何をやらかしたのかは知らねえが、正面衝突はちと分が悪いぜ」
「それはもちろん理解している。だから、計画を立てる余裕を得るためにも、まずは身を隠す場所を選定したのだ」
バルザックの問いに黄金のレオンが答える。
二人の性格は正反対のようではあるが、なぜか馬が合うらしくこれといって衝突はしない。
むしろ旧来の友人のような、穏やかでありつつも気兼ねの無い空気が流れているくらいだ。
もしかしたらお互いにスラム街で苦労してきた者同士、どこか通じ合うものがあるのかもしれない。
「むう! レオン様がちょっと嬉しそうにしてる! いまは私が、私がレオン様のパートナーなのにっ! なぜか全く出番がない……っ! くぅぅ……」
そして男の友情を垣間見て
勇者ノアとしても状況は理解していて、自分を導いてくれた大恩人たちを救出するために、悪人と手を組むだのなんだのと、余計なことを言っている場合ではないことは理解しているようだ。
いや、もしかするともっと話は単純で。
初恋の相手である黄金のレオンが認めた相手が、真の意味で悪人であるとは感じていないだけなのかもしれない。
しかしそれで自分の出番が減ってしまい、黄金のレオンと二人きりでいる時間や、頼ってもらう機会が減るのは納得いかない様子。
なんとも難儀な思春期女子である。
「ほ~う? 計画ねぇ。面白い、聞かせろよ」
「といっても、当然まだ完全ではない。作戦は考えているが、どうしても決定打に欠けるのだ」
成功する見込みは半々であると、少し自信なさげにレオンは語る。
その話の内容は大まかに分けて二通り。
一つは本当の悪人をでっちあげ、教会勢力にわざと処分させること。
これは捕まった冒険者たちの罪を別の悪人にすり替え、教会側に彼らを解放する建前を捻出するための案である。
いくら冒険者たちの無実を証明したところで、プライドばかりが肥大した上層部がすんなりいうことを聞くはずがない。
故に世間に向けて教会が悪を成敗したという話をでっちあげさせ、溜飲を下げてもらおうという作戦。
勇者と敵対したくない教会側の本音は透けて見えているので、作戦さえハマれば効果的だろうとレオンは考えていた。
そして二つ目。
こちらの話は一つ目よりもだいぶ簡単で、要するに力と力のぶつかり合いだ。
戦って勝ち、そのまま逃亡する。
それだけ。
だが単純故に成功率が低く、戦いに勝ったとしても丸く収まらない場合が多い。
どちらの側にも遺恨が残る結果となるだろう。
「……てぇなると、問題はその悪人に誰が成るかだな。しかしなるほど。逃げながら即興で考えたにしちゃあ、お前の案は悪くねぇ。身代わりが機能しなけりゃ、最後は戦って切り抜けるしかねえってのもシンプルで気に入ったぜ。まっ、ただなぁ……」
といっても、この二つの案はレオンがいう通りどちらも不完全だ。
戦いに出るほうはいわずもがなで、身代わり案だって確実ではない上に、最低一人の犠牲が出る。
その犠牲にしたって、そんじょそこらの悪党じゃダメだ。
それこそ教会から常に睨まれているような、溜飲を下げるだけの効果をもった大悪党でなければならない。
「無理な願いであることは重々承知しているが、しかし現状ではこれ以上の案は思い浮かばない」
「いや、別にお前たちを責めてるわけじゃねえから安心しろ。むしろこの歳でそこまで考えつくあたり、さすが勇者と英雄サマだって感心してるぐらいだぜ。俺様が懸念してるのは、もっと別のことだ」
バルザックが懸念しているのは、己が罪のすり替えに適任な第一候補という部分ではない。
むしろそうなったらそうなったで、人生で最高の笑いをプレゼントしてくれた若人のためにひと肌ぬいで暴れてやろうと、そう思っているだけである。
この作戦は別に罪さえすり替えられれば、本人が死んでいる必要はないのだ。
バルザックに怯えなど、微塵もなかった。
「作戦的に一番問題なのは、いや、違うな。俺様が超個人的に気に入らないのは、この作戦が上手くってもお前たちの恩人を救った後に何も報酬がないことだ」
「バルザック、お前自身の報酬か?」
「いいや、違う。あの腐れ教会から恩人を取り返し、青臭え正義を成したお前らへの報酬だよ、英雄」
その声色は、悪人面の彼に似つかわしくないほどに真剣だった。
バルザックは常に思っていたのだ。
もしこの世界に悪を裁き善き行いを是とする、本当のヒーローがいるのならば。
そいつは報われなければならない。
最後に笑うのがクソみたいな悪党や、腐った教会ではダメだ。
この聖国きっての大悪党は、本気の本気でそう考えていた。
だがそれを悟られるのは少し恥ずかしいようで、仕事には報酬が必要であると言い換えているらしい。
「俺様は悪人だ。いつ死んでも文句はいえねえし、惨めな最期がお似合いだろうよ。だが、お前たちはどうだ。教会なんていうクソでけえ組織に喧嘩を売って、恩人を取り返して、それで結果残るのが大悪党と手を組んだっつう汚名だけか? クソがよお。なんだそりゃ。気に入らないぜ」
飢えた獣のような、低く重い声色で唸る。
そして徐々に思い出す。
自分が何を真に憎み、失望し、そして唾棄すべきものとして認識していたのかを。
憎んでいたのは神ではない、世界でもない、教会でもない。
本当に認めたくなかったのは……。
そして、ようやく全てを思い出そうとしたその時。
貸し切りとなっていたレジスタンスの
────お前さんが本当に認めたくなかったのは、外道が笑う腐った未来じゃろう。
────のう、誰よりも融通の利かぬ潔癖な男よ。
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