第23話
ゴールド・ノジャーがツーピーのお披露目会をしてから、一週間後。
魔法王国ルーベルス、その中でも大貴族として数えられるオーラ侯爵家の領邸にて。
この貴族家の現当主、アルバン・オーラは暗部から届けられた報告書を確認し、冷や汗を流し息をのんでいた。
「人目のつかないある一定のラインから空飛ぶ絨毯に乗り、侯爵領から南へ。追うこともできず行方不明になったと思いきや、二日後に我が領地へ唐突に出現し、謎の幼女を連れて雑貨や服を購入。その後再び行方不明、だと……」
なんだこの報告は。
自分をバカにしているのかと彼は思ったが、寸前で現実逃避をやめて事実だけを飲み込む。
だが彼には分からない。
いったい何の用事があって、ゴールド・ノジャーは南になど向かったというのか。
普通に考えたら答えなど出ない問題だ。
もし他の報告にもあった魔族説が有効であるならば、本来は北へと向かうはずではないだろうか。
今の北方面は帝国と魔族の激しい攻防が繰り広げられているし、もし侯爵領で暗躍した結果を持ち帰るならば、南になど向かうはずがなかった。
「南……、南か……。たしか少し前に、マリベスター王国で勇者が発見されていたな……。用事があったのはそちらの関係か?」
勇者関連であることについては、かねがね正解である。
だがオーラ侯爵の想定では、ノリと勢いで生きるゴールド・ノジャーの思考回路までは読み取れない。
まさかピンチになった勇者一行を、壊れてしまったヒーローバングルの補填として助けに行ったり。
しかもそのヒーローバングルが、それこそ趣味を全面に押し出して創造したコスプレファッションアイテムであったなどと、ゴールド・ノジャーの本質を知らない人間の誰が想定できるだろうか。
もちろん答えは、この世界では誰も想定できない、である。
だがここで思考を放棄してしまえば、せっかく暗部が苦心して集めた情報も水の泡だ。
なんとか手がかりから推察できることがないかと思い始めた時、南を担当していた暗部から新たな報告があがってきた。
その報告はオーラ侯爵の妻の故郷でもある辺境ブルネスティンに、両者が血縁関係を持ったことで、同業として横のつながりを持った暗部がもたらしたものだ。
本来別々の組織ではあったものの、少しでも関係が生まれれば闇に潜む者達は結託することが多い。
もちろん主君を別とする直属の暗部同士が手を結ぶことはないだろうが、その暗部が利用する下位組織の人間、情報屋、貧民街の人間など情報を得られる機会が多くなることは確実であった。
お互いのことを利用しつつも警戒する必要があるため、他国から同盟の証として新たな血を招き入れるときは、細心の注意が必要だったりする。
以上の理由から南東での活動が広がったオーラ侯爵家の暗部は、一週間と少しの時間をかけてこの地へと情報を持ち帰ったのである。
そしてその情報によると……。
「上級の魔族と対峙していた勇者ノアが窮地に陥った時、黄金の光があふれ形成が逆転。その後、覚醒した勇者の前に余裕の態度を持った金髪魔族の少女が現れ、勇者とにらみ合っていた、だと……!!」
しかも二日後には例の幼女を引き連れ、盗賊に応戦していた勇者の戦いに乱入し自爆攻撃を行っていたと、襲われていた現地人の証人つきで報告があがっている。
間違いではないが、ずいぶんと勘違いしそうな報告である。
たぶん調査した暗部もよく状況が分かっていなかったので、事実をそのまま伝えることにしたのだろう。
現にアルバン・オーラは報告書を手にワナワナと震え、いまにも膝から崩れ落ちそうになっていた。
「バ、バカな……!」
この報告書から読み取れることはいくつかある。
だが、侯爵家にとってもっとも危険度が高いのは、覚醒した勇者を歯牙にもかけない超越的な魔族が人類に敵対し、あまつさえそんな存在を家庭教師として招き入れていることだろう。
もはやお家騒動どころではない。
このことが世間へと露見すれば、オーラ侯爵家は王家から反逆者として睨まれることになるからだ。
いや、睨まれるだけでは済まず、直接王都の戦力がこちらを潰しにくるかもしれない。
それほど危険度の高い情報であった。
もちろんゴールド・ノジャーは魔族ではないし、その肉体は創造神である女神が用意した不老の少女というだけである。
人類に敵対するどころか、魂が枯渇しかけていたこの世界そのものを救っているくらいの救世主なのだが、それを知るすべなどあるわけがない。
オーラ侯爵の勘違いが加速してしまうのも無理のないことであった。
ただし、勇者ノアがゴールド・ノジャーを恋のライバルとして認識し対抗心を抱いているという意味では、敵対しているという情報もあながち間違いではない。
勇者ノアはきっと、機会さえあれば黄金のレオンへのアピールのためにライバルを躊躇なく蹴落とすことだろう。
それが善い行いかどうかはさておき、正面から恋のライバルに真剣勝負を挑んでいる以上、悪しき行いとは断定しきれないのが彼女のズルいところだ。
勝負とは時に残酷なのである。
ともかくとして、ゴールド・ノジャーを魔族側の刺客。
それもまだ世界でも未確認の超強力な魔族だと認識したオーラ侯爵は、額に脂汗を浮かべながら必死に打開策を思案する。
「どうする……。このままでは家は一族郎党打ち首だろう……。しかし、だからといってあの魔族に正面から敵対すれば、王家以上に危険だ。それに今まで、王家や貴族共が私たちに何をしてくれた……?」
本来希代の天才であり、魔力がコントロール可能になった現在はその片鱗を見せる傑物。
そんな彼の嫡男は社交界でも無能だと侮られ、つい最近まで廃嫡対象として破滅が迫っていた。
その時に王家はなにもしなかったし、むしろ積極的に貴族たちの味方をしていたのを彼は覚えている。
対して、ゴールド・ノジャーなる魔族はどうだろうか。
彼女は何か思惑があったのかもしれないが、結果としては敵対者である人間に、それも大貴族である自分たちを救ってくれた。
それに勇者と敵対するという危険をおかしているものの、覚醒した勇者を歯牙にもかけず悠長に見逃すほどの実力者だ。
ならば……。
どちらか一方に付けというのならば……。
「ならば、ならば……。ならば……!!」
そして彼は決断する。
強く握りしめた手のひらから血を滲ませ、目を充血させながらも覚悟を決めた……。
そして────。
「悪魔に魂を売ることになる父を許せ、妻よ、子供たちよ……。お前たちを守るには、この方法しかないのだ……」
────王家を欺き、人類すらも裏切る選択を取るのであった。
だが、それでも彼は想う。
自分とて戦術級魔法貴族とまで呼ばれた大貴族の一角。
たとえその軍門に下ろうとも、貴様の思い通りにこのアルバン・オーラを動かせると思うなよ。
……と。
こうして、本人の預かり知らないところで勘違いは生まれる。
弟子マルクスへの手土産もいいけど、せっかく数か月後に再会するのだから、魔法学院の合格祝いも考えとかないとな~、とか。
そんな暢気なことを、いまもなお勘違いを量産し続けるゴールド・ノジャーがのほほんと思案しながら。
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