第19話



 完全にバレちゃったみたいなので、木々の間からのそのそと姿を現す俺ことゴールド・ノジャー。

 魔法的なものではないとはいえ、完全に気配を消していたはずなのに、まさか一瞬にして見破ってしまうとは……。


 ずいぶんと腕を上げたなレオン少年。


「修行は怠っていなかったようじゃな。レオン坊」

「ふっ……。独り立ちを認めてもらったといっても、僕はまだまだ半人前です。神様を差し置いて実力に驕るなんて、できませんよ」


 そして以前のように、心根も素直でよい子のままのようだ。

 よく見るとあちこちに小さな傷跡が肉体に刻まれていて、この数年あまりで数々の修羅場をくぐりぬけてきたのだろうことがわかる。


 アカシックレコードでいちいち確認なんてしなくても分かる。

 レオン少年はきっと、俺という親のもとから離れたあとに、様々な形で人助けをしてきたのだろう。


 そうでなくちゃ傷だらけの身体で、こんなにも優しい表情をした青年が誕生するはずがないからね。

 うむ、まさに親冥利に尽きるな。


「ご、ゴールド・ノジャー殿!? 先ほどの祝福は、やはり貴女か! 助かった、礼を言う!」

「……あなたがノジャーさんですか? なんだかレオン様から聞いていた印象より、ずいぶんと若い女性ですね……。むむむ……。これはまさかライバルの出現?」


 冒険者側の代表として戦士ダインがガバリと頭を下げる。


 ついでに勇者ノアもなんか面倒くさそうなことを言っているが、そっちは無視だ。

 確かレオンくんより一歳年下の十四歳だったはずだが、この年頃の女性に恋愛のことで触れてはいけない。

 下手に茶化したら火傷じゃ済まなさそうだ。


 地球人だったころのエピソードはあんまり覚えていないが、直観がそう告げているから間違いないだろう。

 というか、勇者なのだからまずは俺が魔族みたいに巻き角を生やしていることに対し、いろいろと怪しむべきではないだろうか。


 対して、戦士ダインの方はかなり真剣な様子でしっかりと挨拶している。

 あれは助けてくれた感謝でもあるけど、彼なりの謝罪でもあるんだろうね。


 今の状況的には、魔族である俺の力を借りて目の前でその同族を討ったということになるのだから。

 こちらはただ魔族っぽい見た目のカチューシャつけているだけで、配慮としてはお門違いなのだが……。


 勘違いとはいえなんとも真面目な男である。

 とても好感が持てるな。


 そういえば新魔法で冒険者たちを強化したのはいいけど、レオン少年にはまだこの魔法を適用していなかった。

 こっそりバフをかけちゃお……。

 えいっ。


「むっ。神様、今のは?」

「今まで頑張ってきたレオン坊への、ちょっとしたご褒美じゃよ」


 あんまり派手にやりすぎるとまた騒ぎが大きくなりそうだったので、今度はエフェクトは抜きで効果だけを発揮させる。

 既存の魔法をエフェクト抜きの状態に改造するのは難しいが、一から作り上げた魔法ならばこのような芸当を組み込むことも可能。


 であるならばこの程度、この世全ての魔法を手に入れたゴールド・ノジャーにとっては朝飯前だったりする。


「褒美……。そうか、神様は僕に彼らを導けというのですね?」

「む? う、うむ。そんな感じじゃよ」


 急にレオン少年がなにを言い出したのか分からなかったので、そそくさとアカシックレコードで確認。

 するとどうやら、俺がバフをかけ強化を施したのは、今後より強い敵と戦い険しくなる聖国への旅路を、頼りない冒険者に代わってサポートして欲しいからだと受け取ったことが分かった。


 いや、違うんだけどね。

 でもまあ、それでもいいか。

 強くなったとはいえ、上級の魔族が数人で襲い掛かってきたら今の勇者たちでは太刀打ちできない。


 そこに元から英雄格でありながら、さらにたったいまバフがかかったレオン少年がパーティーインするのであれば、もはや憂いなどないだろう。


 ちなみに聖国っていうのはこのロデオンス中央大陸のまさにど真ん中。

 魔法王国ルーベルスの隣に位置する宗教国家である。


「そ、そうじゃ、そうなんじゃよぉ~。ちょっとその聖国への旅路に障害となる敵が多くてのう。レオン坊の力で助けてやってくれんか」

「神様の願いとあれば、喜んで……!」


 キリリと精悍な顔になったレオン少年が自信をもって断言する。

 う~ん。

 俺のことを信頼してくれるのはいいけど、やはり彼は少しばかり妄信しすぎなような気もする。


 この先大丈夫だろうか?


「むむ。レオン様のお師匠様だというから油断していましたが。やはりこのノジャーとかいう魔族の少女は強敵ですね……。私のライバルにならないうちに、早めにレオン様の心から消しておくべきか……」

「のじゃぁぁあああ!?」


 おおおおおおい!!

 顔が怖いよ勇者ちゃん!?

 なんかめちゃくちゃ不穏なセリフが聞こえたんですがぁ!?


 心配しなくても肉体は美少女でも、中身は違うはずだから!

 レオン少年のことは弟子とか親代わりとか、そういう間柄だから!


 誰かこのヤンデレをなんとかしてくれー!


 勇者のご都合主義パワーで本当に存在まで抹消されたらどうしようと思いつつ、まさかそんなね、と思い直してなんとか心を持ち直す。

 いまちょっと恐怖でチビりそうになったが、ギリギリのところで耐えたのでセーフセーフ。


「頼んだぞレオン坊……。ほんとに、ほんとーに勇者ノアの手綱を握っておいてくれい……」

「任せてください。ノア嬢は僕が必ず守りきります。絶対に」

「ひゃわわ!? レオン様、カッコいい……!」

「ふ~ん? 黄金のレオンが味方になってくれるなら、確かに百人力じゃな~い?」


 斥候のリーサが口笛を吹きながら茶化しつつ、そんなこんなで話はまとまり。

 窮地に陥っていた冒険者たちと勇者ノア、そして救世主としてはまだまだ新米である彼女をサポートするべくレオン少年らは立ち上がった。


 そろそろこの場もお開きだろう。


 今回のようなイレギュラーはもう早々起きないと思うが、万が一があるためこれからも動向はチェックしておこうかな。

 そういえば聖国へ向かうっていっていたし、彼らの旅を道中て色々観察、もといサポートするのも悪くない。

 

 一般人よりはるかに旅慣れている彼らの足なら、聖国までは約一月。

 数か月後にはオーラ侯爵領へともどり、マルクス君の入試を見届けなければならないので、それまでにはなんとか間に合いそうだ。


「あっ、それと神様」

「なんじゃ?」

「その巻き角ちょっと似合ってます」

「そ、そうかの?」


 似合ってるらしい。

 やっぱこう、年若い男子の琴線に触れるなにかがあったのだろうか。


 俺も中学生くらいの時ならばそう思っていたと思うので、なるほどとうなずきつつ……。

 そういう事を言うから勇者ノアに目の敵にされてるんだよと、内心ため息を吐くのであった。


「く、クソ魔族めぇ……。レオン様に色目使ってるんじゃねぇぞっ」


 ほらね。

 完全なる風評被害である。


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