第14話



「ふっふっふ」


 マルクス君の家庭教師になるため、予定通りオーラ侯爵家当主の度肝を抜いてやったぜ。

 どうも、そんなイタズラ大成功的な感じでニヤニヤと含み笑いをする怪しい美少女、ゴールド・ノジャーです。


 アルバン・オーラ侯爵にドッキリをしかけてから数日が経ち、現在。

 俺は正式に家庭教師として採用され、ドデカイ屋敷の中で手厚い客人待遇を受けているのであった。


 それもただの客人でなく、在野の超一流魔法使いとして食客のような待遇である。

 まあ、あれだけ謎めいた手法でお宅訪問をしたわけだから、こちらの実力を高く見積もるのは間違いじゃない。


 実際に、俺以外にあんな芸当はできないだろうしね。


 ちなみにやった事は言葉にすると意外に簡単。

 空間魔法でオーラ侯爵の執務室にある机と公園を繋げ、公園から机をノックして手紙を届けただけである。


 必要なのは魔力が周囲に漏れて察知されないような魔力制御と、伝説の魔法属性である空間魔法。

 これさえ洗練されていれば、誰でも真似できるだろうと思われる。


 ただ、あくまでも言うは易し。

 実際にやるのはそれなりに大変なことだから、オーラ侯爵が全容を把握できないのも無理はない。


 まあ、というわけで。

 まずは家庭教師として潜り込むという当初の目的を達成した俺は、食客として与えられた自室で不敵な笑みを浮かべるのであった。


 そうして一人で意味ありげなのじゃロリごっこを満喫していると、ノックとほぼ同時に部屋の扉が開かれる。


「せ、先生!! ノジャー先生! 今日の授業をお願いいたします!」

「マルクス坊か。そう慌てずとも授業は逃げたりせんよ」


 現れたのは紫がかった艶のある黒髪が眩しい美少年、マルクス・オーラ君であった。

 昨日あたりからゴールド・ノジャー魔法の法則、もとい彼の体質に合わせた自己流の授業をしてあげているのだが、どうにも初日のインパクトが強かったせいで懐かれてしまったようだ。


 というのも彼、授業開始初日にしてさっそく魔力コントロールのきっかけを掴み、なんとほんの小さな魔法を発動させてしまっているのである。

 本当に小さな、それはもうマッチの火みたいな種火の魔法だけどね。

 だが、それはいままで全く成果をあげられなかったマルクス君にとって、大きな前進であった。


「授業は逃げなくとも、時間は逃げるのですよノジャー先生! 先生の持つ偉大な知識をご教授願えるこの時間を、僕は一秒たりとも逃したくありませんっ! さあ、今日は何をするのですか!?」


 とまあ、こんな調子。

 超一流の魔法使いを名乗る、見るからに怪しいのじゃロリ美少女だし、多少は警戒されるかなと思っていたのだけどもね。

 まさか初日で打ち解けるとは思わなかったよ。


 ちなみに、種火の魔法を成功させた実績を持つ、初日に施した授業の大まかな内容についてだが。

 要はあれだ、ただマルクス君の魔力を大きく制限する魔道具を装着して、人間の器に収まりきる程度のほんの僅かな魔力でイメージ通り小さな魔法使ってもらっただけである。


 膨大な魔力をいっきにコントロールしようとするから発動しなかったのだから、そのエネルギーを小分けにしてしまえば原因は解決するのだ。

 今は渡した魔道具の補助ありきで魔法を使っているが、まあ最初は自分の持つ力に徐々になれていってもらうのが目的だからね。


 いつかは補助具なしで魔法を使えるようにするつもりだ。


 さらに余談だが、この魔力を制限する魔道具の素材となったのはエルダートレントという、無人の大森林でもけっこう奥の方にいる木の魔物の幹だ。

 こいつは周囲の魔力エネルギーを吸い取って自らの肉体に留め、徐々に幹を成長させる性質を持っている。


 だからマルクス君の魔力は腕輪型になった幹に吸収され、小分けになった自分の魔力を利用して魔法を発動できたのだ。

 というのが種明かし。


 よくあるところだと、このエルダートレントの下位魔物であるトレントの幹を素材にした手錠が、凶悪犯罪者の拘束に役立っていたりする。

 普通の人間はトレントの腕輪にどんどん魔力をもっていかれ、体内でうまく魔力が練れなくなってしまうという凶悪な手錠なのだ。


 ただしトレント程度だと吸収力が低すぎて、人外レベルであるマルクス君を拘束することは絶対に無理だから、こうして上位種のものを用意したのであった。


「先生は天才です! まさか魔力をうまく動かせない原因が、人の想定を超えた大きすぎる魔力だったなんて、普通思いつかないですよ! そしてそれを難なく解決する知恵と知識! オーラ侯爵家は、……いえ、僕はこの御恩を一生忘れません!」


 うんうん。

 素直なよいこだ。

 ただ勘違いしないで欲しいのは、その魔道具、というか拘束具ってコントロールを練習するための仮初のものだからね?


 いずれは自分の全力を、自分だけの力で発揮してもらうつもりだから、そのつもりで。


「ふぁっふぁっふぁ。やる気があるのはいいことじゃがな? マルクス坊はやはり目的に対して性急すぎるのう。お主にはまだたっぷりと時間が、未来があるのじゃから、いずれ極める魔法の真髄を手にした時どうしたいのかを考えるべきじゃ」

「ま、魔法の……、真髄……。力を……、どう、使うか……」


 ごくりと唾を飲み込み、俺から言われたことを反芻し考え込むマルクス君。

 まあ、アカシックレコードの知識を利用して訓練すれば、一年もあればコントロールの面でも、使える魔法の幅でも人類の限界を超えると思うからね。


 いざその時になって燃え尽きるよりは、力を手にした自分がどうしたいのかというビジョンを持つことは大事なことだろう。


「まあ、ゆっくりと考えればええ。ちなみに今日は野外授業じゃぞ? 街の外に出るから楽しみにしておれ」

「……っ! は、はいっ!」


 初日で目に見える成果を出したおかげか、オーラ侯爵本人から授業に関するほぼ全権を委ねられている。

 護衛は勝手についてくるだろうが、こちらはそれを無視して自由にやってよいと言われているので、その通りにするつもりだ。


 野外に赴く主な理由は、数日をかけて行うダンジョン探索のため。

 マルクス君は魔法が初めて使えた興奮から、寝る間も惜しんで様々な魔法を構築し研鑽していた。

 もちろんこっそり使っても周囲にバレない、安全な魔法ばかりだったけどね。


 もはや魔道具の補助があれば自力でどこまでも成長して行きそうな勢いではある。

 だが、だからこそそんな彼には実践経験が必要だ。


 実際に相手がいる状況でなくては効果の全容がつかめぬ魔法、緊張感、そしてなにより固定砲台としてではない、動ける魔法使いであるために。

 ゴールド・ノジャーという最強のお守りつきで、ちょっとした遠足にでかけようというわけだ。


「それでは準備してくるのじゃ。今回は数日間の泊り込みになる予定じゃよ~」


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 目下一番危機的な問題は、俺自身の運動能力が低すぎて醜態をさらす可能性があることだった。


 いや、いざとなれば魔法でどうとでもなるので、戦いに影響するようなことはないのだが、なんというかね。

 歩き疲れたり、何もないところで転んだりして回復魔法を無駄うちする師匠とか、かっこ悪いじゃん……。


 アカシックレコードで未来演算したところ、早々下手なことにはならない予定なのだけども、未来に関してだけは確実とはいえないからね。

 悩ましいところである。


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