第15話
俺が家庭教師として就任してから、だいたい三か月が経過した。
最近は特別な授業を行わずとも、自分なりに工夫して魔法の修練に励むマルクス君の姿が、侯爵邸の庭でよく見られる。
まあ、一度コツを掴んでしまえばこんなものだろう。
それくらい彼は地頭がよかったし、努力家でもあった。
希代の大天才と称したのは伊達ではないのだ。
決して魔力量だけが突出した木偶などではないと、自信を持って言える。
もともと素養があったわけだから、魔力さえコントロールできれば一気に実力は花開くだろうという見込みは、完全に的中したみたいだね。
ちなみに、授業の最初の方に行ったダンジョン探索はそれはもう見事に疲労困憊となり、ちょっとだけ予定を繰り上げて終了している。
もちろん疲労困憊となったのは、主に俺。
師匠の威厳などその辺に捨ててきた。
今の俺はしょせん魔法の家庭教師なのである。
決して冒険の師匠などではない。
異論は認めるが、恥ずかしいので耳は塞がせてもらう所存だ。
いやいや、本当にやばいよダンジョンってところは。
正直なめてた。
確かに回復魔法があれば滅多なことでは息切れはしない。
それはアカシックレコードで演算し、確認済みであった。
だが待って欲しい。
薄暗い洞窟みたいなところで弟子と二人きり、というかお
これ、本当に疲労するのは肉体だけであろうか?
否、それは完全なる間違いである。
俺が真になめてたのは肉体の限界ではなく、精神の限界だったのだ。
こんなの鬱になるわ。
巷の冒険者たちはよくこんなストレスマッハの空間で、一攫千金だのお宝だのと躍起になれると思うよ。
そこらへんはマジで尊敬する。
この世界の人間、ストレスに耐性ありすぎ。
まあ魔法の実力についてはダンジョンでも大活躍で、マルクス君を完全に守りきりながら無事帰還したことから、むしろそちらの方面での信頼はより高まったと思うけどね。
一度ダンジョンの魔物に囲まれてしまったので、光魔法を利用したレーザービームで辺りを一掃してしまったくらい、無双していたのだから。
つまり失墜したのはフィジカル方面での威厳だけである。
もともと物理面での威厳とかあってないようなものだし、そっちはもう完全に諦めたよ。
でもって、ここ最近は自力でどんどん魔法を習熟しているマルクス君なのだが、こういう何か目標に向かっている期間というのは余計な手出しをしない方がいい。
たしかに俺が直接知識を授ければ短期的に見て成長は著しいだろう。
でもそれだと、せっかくの優秀な弟子が、結局言われたことだけしかできないようなロボットにしかならない。
それでは本末転倒だろう。
というわけで、自分を見つめなおす時間が必要だろうと判断した俺は、数か月後にまたマルクス君の様子を見にくると言い残し、少しこの侯爵邸から離れることにしたのであった。
既に魔法学院の入試レベルはぶっちぎりで超えているので、実力的にはなんの心配もない。
オーラ侯爵もこれにはにっこりで、ちょうど昨日あたりに盛大なお祝いをしたくらいだ。
実際に入学したわけではないのでお祝いは早い気もするが、まあ、いまの実力で入試に落ちるなら同年代で合格するやつなんて誰もいないからね。
侯爵の気持ちは分かる。
なお、この三か月の間にマルクス君の弟や妹とも仲良くなって、二人からは「兄様を助けてくれてありがとうございます」と、涙ながらに感謝された。
特に妹の号泣っぷりはヤバかった。
彼女はけっこうなブラコンであったらしく……。
「本当は世界一カッコよくて天才なマルクスお兄様が、見る目のない社交界のブタ貴族共に蔑まれるのは気が気ではありませんの。いずれ全員、暗殺しようと思っていたくらいですから」
などという爆弾発言を聞いた時のマルクス妹の顔は、あまりにも恐ろしくて夜トイレにもいけなかったね。
マルクス弟も同じくらいヤバかったけど、こっちは貴族の責務として割り切っているところもあったので、トラウマ度で言えばやはり妹の方が強い。
やっぱり女性を怒らせると怖いね。
いまとなっては、俺も肉体だけは超絶美少女だけども……。
本物の女はそういう次元ではなかったようだ。
「という訳で、儂がいない間もしっかり修行に励むのじゃぞ~」
そういって軽い気持ちで侯爵邸を後にし、しばらく居座った彼らの前から姿を消すのであった。
家庭教師としての報酬は金銭として平民が一生遊んで暮らせるほどのものを受け取ったが、やはり一番の成果はマイライフの目標として定めた、困っている人のお悩み解決がしっかりと機能したのが嬉しい。
こう、人生には趣味ってものがないとつまらないからね。
せっかく強大な力を得たのだから、楽しい人生を歩まなくては。
さて、数か月の間、次はどこへ向かおうか。
ちょっと最近、アカシックレコード経由で確認した情報によると、勇者と合流した冒険者パーティーの方がピンチらしいし、そっちに向かうのもありではあるな。
まだまだ勇者も未熟で、魔族と戦うにしてはヒーローバングルを失った冒険者たちだけでは、フォローするのが厳しい場面が多いようだ。
また、そういった場面では彼らと知り合いになった我が一番弟子レオン少年が、どこからともなく現れ助けに入っていたみたいだが、今回のピンチには間に合いそうにない。
よって、久しぶりにゴールド・ノジャー自らが介入しようというわけである。
ヒーローバングルが壊れたことによって、彼ら冒険者たちには申し訳ないことをしてしまったし。
今度はもうちょっとちゃんとした救済を試みるとしよう。
この三か月、俺自身なにもせず過ごしたわけではない。
ちゃんとヒーローバングルみたいな道具には頼らない、永続的に支援できる魔法の開発というものに着手していたのだ。
「よ~し、やるぞ~」
そう緩く宣言しつつ。
アカシックレコードで彼らの居場所を確認した俺は、次の目的地を目指す。
うむ、絨毯型結界に乗り込み天を翔けるのも久しぶりだ。
フィジカル最弱なこの身としては、やはり移動は魔法に限るっていうものである。
おっとそうだ。
彼らと出会うのであれば、ちゃんと巻き角も頭に用意しておかないとね。
ロールプレイの様式美というやつである。
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