第13話
────その日私は、自らの目と、そして現実を疑った。
私の名はアルバン・オーラ。
この大国、魔法王国ルーベルスにおいて戦術級魔法貴族とも称される、オーラ侯爵家の現当主である。
何より愛する一人の妻と三人の子供、そして優秀な使用人たちに囲まれた由緒正しき大貴族。
妻の出身は他国ではあるが、我が国と同格であるサンドハット王国の、辺境伯ブルネスティンが一人娘ともなれば家格としても釣り合うだろう。
現に、この結婚に対して文句を言うものは当時誰もいなかった。
二人いる息子のうち、嫡男のマルクスが魔法を全く使えぬ木偶であると広まる、その瞬間までは。
そう、息子だ。
私の息子はなぜか一切の魔法が使えない。
膨大な魔力を持つ私と、それに釣り合う辺境伯家ブルネスティン出身の妻エリーゼとの間に生まれ、誰よりも優れた血を受け継いだはずの息子は、魔力をコントロールすることが致命的に苦手だったのだ。
別に息子が努力を怠っているわけではない。
日々あらゆる角度から知識を集め、研鑽し、訓練している姿をこの目で見ているのだから。
むしろ十四という歳を考えれば、地頭は決して悪い方では、というより同年代でも頭二つ分ほど抜けて優秀といえるほどである。
魔力の厳密な値を測る技術が現代には無いので、魔力量も私以上に膨大であるということしか認識できないが、それでもその魔力は間違いなく大貴族に相応しいものであり、私と妻エリーゼの血を余すことなく受け継いでいることは確実。
本来であれば、非の打ちどころのない天才として評価されるべき英傑のはずだったのだ。
故に、これは完全なる才能の問題。
紙一重のところで無能に成り下がった、実に惜しい男。
それが魔力だけの木偶と評価される、私の息子であった。
これがもう少し早く見切りをつけられていれば、我が侯爵家にとっても汚点となることはなかったかもしれぬ。
だがここまで噂が広まってしまい、この国の大貴族であれば半ば義務教育ともいえる魔法学院にまで落ちたとなれば、もはやリスクを承知で勘当するしか手が残されていないのだ。
幸い、二つ下の息子は能力も魔力も平凡ではあるが、オーラ侯爵家の者として世に出しても恥じない程度の力はある。
末の娘もまだ成長途上であるものの、十歳にして既に魔法学院に合格できる程度の魔法力は身に着けているのだから、最悪の事態だけは免れるだろう。
ああ、それともう一つ。
弁明しておくが、私自身は息子であるマルクスを木偶だなどと思ったことは一度もない。
ただ王国の大貴族として、このオーラ侯爵家を預かる現当主として、父親の目線では成しえぬ損得勘定を優先しなければならない時がある。
今が、その時だというだけの話だ。
実にままならぬものよ。
誰々が魔法を使えぬ無能だ、もしくは有能だなどと、そんな下らぬことでしか人間の格を推し量れぬ社交界のボンクラ共が、ようさえずりおるわ。
しかし、そんな下らぬ貴族たちの間で魔法を認められ、侯爵という地位を得ている我が侯爵家としては、また無視のできない評価基準であることも事実なのだ。
魔法学院の入試まであと一年。
それまでに最低限の魔法技術が身に着けられるかが勝負の分かれ目ではあるが、さすがに望み薄だろうか。
……と、執務室にてそんなことを考え、上の空で天井を見ていた時であった。
ふと目の前の机から、コンコンという小さなノック音が聞こえる。
誰もいないはずの執務室にてそんな音がするはずもなく、不審に思い目線を下げると、なんとそこには一通の手紙が届いていたのであった。
ありえぬ。
こんな馬鹿なことが、あり得るわけがない。
この場には今まで誰かがいた痕跡などないし、実際に私一人であった。
いったいいつ執務室の扉をくぐり、いやそもそも、どうやって目の前から姿を消したというのか。
魔力の察知能力に長けた熟練の魔法使いである私に悟られずに、その上でこのようなことを成すなど、それこそ伝説の暗殺者ですら不可能な芸当だろう。
だが、現実として私の前には、見覚えのない一通の手紙が存在している。
差出人は、……ゴールド・ノジャーか。
聞いたこともない人物だ。
私は背中に冷たい汗が流れるのを自覚しつつも、この規格外な人物の要件を確認するのが先決であると認識し、まずは一読する。
するとそこには、驚きの内容が書かれていたのであった。
いやなに、別に大それた要求ではない。
だが、だからこそ驚愕に値する。
なにせここまでのことを成しておきながら、相手の要求するものが「自分がマルクス・オーラの家庭教師になり一人前の魔法使いにしてやるから、雇え」という、要約すればただそれだけのことであったのだから。
私はいまだに信じられない。
しかし結果として。
この日の私は、自らの目と、そして現実を疑い。
そして自分の認識の狭さと、世界の本当の広さを知ったのであった。
だが、これですべてが覆るかもしれぬ。
何が狙いかはわからぬが、これだけの実力を持つ者が息子の事情を知った上でこう豪語しているのだ。
この機会を逃し尻込みするほど、私は大貴族として損得勘定(・・・・)のできぬ阿呆ではない。
ただし、それはそれとして。
このゴールド・ノジャーなる人物が何者であるかを調査する必要は出てくるだろう。
だがそれも内密にだ。
王家や他の大貴族に知られるわけにはいかない。
なぜならば、たとえ息子が魔法を使えるようになったとしても、このゴールド・ノジャーなる人物が家庭教師をしたこその成果であるなどと認識されてしまえば、それこそ元は魔法の使えぬ木偶あったという評価を払拭できなくなるのだから。
いやはや。
雑なように見えて、この人物は先のことまでよく考えられている。
まさか恩を売るのと同時に、このような弱みまで握ろうとするとはな。
私が権力を以てこの人物を縛り付け、都合のいいようにその力を利用しようとすれば、たちまちこちらの痛いところを突いてくる作戦なのだろう。
恐るべき相手だが、それもまた一興。
なにせ今となってはほとんど利用価値などない、勘当寸前の息子にここまで入れ込む相手だ。
誠意をもって向き合えば、おそらく悪い結果にはならないだろう。
そう、私の勘が告げるのであった。
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