第三章 前に向かって後ろ歩き

白羽舞は結ばれたい

 唯が好きだ。


 恥ずかしい。何度思っても、呟いてみても恥ずかしい。

 その言葉の響きを噛み締めながら、自転車を漕いで、顔が熱い。

 だけど、触れる雪の結晶のおかげで丁度よくて。

 だからもう少しだけ唯のことを考えてみる。


 女の子に恋をするっていうのは良しとして。

 妹にガチ恋する姉って、まぁまぁおかしいとは思う。

 おかしいけど。してしまったのなら、しょうがない。

 しょうがないじゃん。今更、どうしようもできない。

 だからって別に、後戻りする気なんて無いけど。

 でもそれと同時に、これからどうしようという思いもあって。


「…………はぁ」


 無意識に溜息を吐く。

 白い息を目で追うと共に、辺りを見渡せば家の近所だった。

 意識した途端に緊張が私を襲う。

 唯にどんな顔を合わせればいいんだろうって。

 好きっていうのがバレてしまわないだろうかって。

 よし。じゃあ、これからどうするかの計画を練らせて欲しい。

 とりあえず。今、唯と顔を合わせば私はおかしくなりそうなのはわかる。

 だからこそ、まずは風呂場でこの冷えた身体を温める。

 シスコンの唯とはいえ、風呂に突撃してくることは無い。

 だからまずは風呂場。湯船に浸かりながら次のことは考えよう。


 と。一応はプランを纏め終えたところで、家の前に到着し自転車を裏に置く。

 同時に、先から震えていたポケットのスマホを取り出し、中を覗いた。

 10件ほどの通知。それらは全て、唯からのラインだった。

 『大丈夫?』『体調悪い?』『部屋にいる?』『どこいるの?』

 そんな風に、私のことを心配するメッセージ。

 申し訳ないと思いつつも、嬉しかった。


『散歩。今、お家に帰ってきたよ』


 それだけを返して、すぐにスマホを仕舞う。

 私はゆっくりと、ゆっくりと、ドアの前まで歩みを進めた。

 心臓の鼓動が自然に速度を上げたので、深呼吸と深呼吸。

 段々と落ち着いたところで『よし』と頷きドアを開く。


「ただいま」


 震えた口から出てきた声は震えていた。

 何と無しに目をやっていた靴置き場に、恵のものは無く。

 けれどすぐ前に影が見えて。もう、遅かった。


「おかえり」


 目の前、仁王立ちではだかる唯の姿。

 怒っている様な、心配している様な、そんな表情で私を見ている。

 まずいと思う余裕すら無く、困惑をした。


「あ……」


 顔がまた熱くなる。

 唯はすぐに距離を詰め寄って、ひったくる様に私の手を取った。

 「お姉ちゃん」と、優しい声をかけて、私の目を見てくる。

 唯の可愛らしい顔が眼前にあって、吐息がかかる。

 キスをされるのかと思った。


 そんな訳が無い。

 それなのに。そんなことを考えている自分が馬鹿馬鹿しくて、耳がじわりと痛くなる。

 あぁ。もう、なんか。ダメだ。


「もう。お姉ちゃん、心配したんだよ? なんか様子変だったし……」

「あ……うん。その、唯は、心配しなくていいから。大したことは、無い。から」


 きょどる。

 これまで私が築いたお姉ちゃん像が、ボロボロと崩れていっている気がした。


「そう? ……あ! てかお姉ちゃん、めっちゃ下半身濡れてるよ!?」

「あ。いや、これ、は。……雪の上を転がっただけ、というか。いや、違うんだけど。えっと、なんか気付いたら濡れていた、みたいな。だから、唯は気にしないで!」


 視線は下に、早口に言い上げる。

 次に私はを右足を出して、逃げる様に唯の横を抜けた。


「お、お風呂入ってくる! あ。あと、配信お疲れ様でした!」


 靴を脱ぎ捨て、ドタドタとうるさく。

 後ろで唯が何か言った気がしたけど、耳には入らなかった。


 呼吸が荒く、心臓がうるさい。

 恋って、こんな気持ちなんだと思った。

 辛くて、もどかしくて、切なくて。でも、好きで。

 好きという感情には、他にどんな感情を抱いても逆らえない。


 私はこれからどうしたい?

 答えはきっと一つで、唯と結ばれたい。ただそれだけで。


 でも。ごめん。

 私、こういうの初めてで。

 どうしたらいいのか分からない。

 だから。もう少しだけ、時間をください。  

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