冬の魔法に踊らされ

 ペダルを回す。沢山回す。

 街中を、迷惑なくらいに早く。

 奇異の目が向けられても、気にせずに。

 なぜか気持ちよさを覚えながら。

 ペダルを回して。ずっと、回し続けて。

 風と共に流れる雪を裂きながら、前へ前へと進めた。

 そして私は目的地である、堤防に辿り着く。


 誰も歩いていない。

 今度はちっさな白色の街灯が、その場所を照らしていた。

 その光景はなぜか。私の涙腺を緩ませる。

 いつか。両親と見た景色が、こんな感じだったからだ。

 思い出して。頭の中に景色を描く。あの時の、楽しい日常の。

 結局。緩んだ涙腺に溜まった涙が溢れてきてしまった。

 戻るわけがないあの日を思考して。やっぱり寂しくなってしまう。

 でも。それはある種の教訓になったとも言えて。

 過去を悔やんでも。戻ってきやしない。

 当たり前で。けど、悔やむなって言ってるわけじゃない。


 だから。つまり。時間は戻せるわけではないからさ。

 悔やむ前に。悔やまないように、今、私が後悔しない選択をするべきだ。

 もう。私は分かっている。ここでどうすればいいのか。

 こうするべきなのだということを。


「……よし」


 止めていた自転車を再発進。

 先よりも速度を上げて。ペダルを全力で踏む。

 前へ身を乗り出して、不格好な立ち漕ぎを。


 ──私は。私は唯のことが。


 そんな。私の、秘めたる気持ち。

 この続きを言葉に起こせば、どうなる。

 百合営業に支障が出る? あぁ出るだろう。

 というか。もう出ている。出てしまっている。


 それならさ。それならさ。じゃあさ! もうさ!


 認めた方が、いいんじゃないかって。

 そう思ってしまって。


 あぁ、じゃあもう。わかった。わかった! わかったよ!


 ずっと拗らせても面倒いだけ! わかってる! わかってるから!


 認める! 認めれば、私はきっと楽になれるんでしょ!?


 速度はもう。私の出せる最高速になっていた。

 更に左に逸れて、芝生の坂道に自転車の向きを転換させる。 

 私は馬鹿だと、いつもそう思ってる。そして今は私史上、一番馬鹿だ。

 急傾斜。ブレーキをかける気なんて無かった。


「あああぁああああぁああ!!」


 この肌を触る爽快感。

 今なら。なんでもできそうな気がした。

 目の前に見える黒い川。

 そこへと飛び込む勢いで。

 この勢いを味方に付けて。

 ぐいんと、回り続けるペダルを、更に力強く蹴って。

 川に向かって、思い切り──。


 私は。


 私は!


 私は!!


 唯のことが!


「好きだぁああぁああああああぁああぁ!!!」


 私の中にある全てを吐き出す。

 自転車は坂を下り切り、でも、そのまま止まらずに。

 目の前にある川へと、何も考えずに飛び込んだ──!


 ──バシャァァン!


 豪快に水飛沫を立てて、私の自転車が川を二つに裂く。

 自転車はすぐに水の抵抗で失速。先までの疾走感が、まるで嘘の様だった。

 辺りが急に静かになる。けれど、私は今、ドキドキと心臓を躍らせていた。

 私は足を、浅い川の底へと付ける。膝下まである水は、とても冷たい。

 けど。身体の火照りのお陰か、その冷たさも一瞬に感じた。

 呼吸は荒い。疲れているのだと自覚して。

 自転車の前に体重を乗せようと、身を乗り出して。

 でも。その前に、正面に向かって、もう一度。


「好きだ好きだ好きだ! 好きだ!」


 呼吸音を闇夜に響かせて、


「大、好き、だああぁあああああ!!!!」


 馬鹿みたいに叫ぶ。

 さっき更新した私の馬鹿記録を再び更新した。


 あぁでも。

 思ったより、楽になれるじゃん。これ。

 想定していた事態よりも、ずっと。

 とても楽で、幸せだった。


 あぁ好きだ。私は唯が好きだ。

 もう言ってしまった。認めてしまった。

 踏み出した一歩は、もう戻せない。戻す気もない。

 そもそも、唯のほっぺたにキスをした時点で、こうなることは決まっていたのだろう。

 私は。それよりも前から、唯にこういった感情を抱いていたのかな。って思う。

 でなければ、百合営業なんて、そもそもやらなかっただろうし。

 はいじゃあもう一度。恥ずかしげも無く独り言。


「好きだ」


 ごめん。やっぱり恥ずかしい。


 私は、変なのだろうか? 変わっているのだろうか?

 まぁけど。変なのは間違いなくて、それはきっと可笑しいことだとも思う。

 でも。そんな心だからこそ『恋』と書くのだろうと、そう思う。


 深呼吸をする。

 心を落ち着かせて。

 身体が寒くなってきて。

 けれど結論はそのまま。


「──へっくしゅ!」


 身体がブルリと震える。

 きっと明日は風邪で寝込んでいそうだ。

 けど。今は、それどころじゃないな。

 まだ心はこんなにも高鳴っている。

 百合って。こういうことなんだろうなって。


 空を仰げば星は無い。

 その代行のように、川の向こうの明かりに照らされた、光る白い雪が降ってくる。

 冬の魔法的な力は、まだ効力を保ってくれていそうだった。

 今日という日が、良い一日になるか、悪い一日になるかはこれからの自分次第。

 でも。はっきりとした一つのことを、ここで今一度。


 12月18日。

 私は、妹に──唯に恋をした。

 最高の、初恋だった。

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