白羽姉妹の朝

 私の朝は早い。

 朝4時起床。5時から始まる新聞配達。

 それは、今の冬の時期だとかなり堪えるものがあった。

 厚いコートを身に纏い、私は自転車のペダルを漕ぐ。

 6時半に業務終了。家に帰り着くのは、およそ20分後。

 学校の支度をして、制服を着衣し、朝食の用意。

 オーブントースターでパンを二枚焼き、ベーコンと卵を乗せ、食卓に二枚の皿を並べる。いつもの手抜き朝食だ。

 椅子に腰を掛け、いざ朝食、というところだったのだけど──。


「遅いなー……」


 いつもこれくらいになると、唯が食卓を訪れるけど。

 来る気配すらしない。部屋の方はシーンとしている。

 思い返せば、目覚ましの音も聞こえなかった。

 今日は。というか、今日も。寝坊だろう。


「しょうがないな……」


 呟きを漏らしながら、私は唯の部屋へと歩みを進める。

 トントントン、ドアをノックして。


「入るよー」


 そう言いながら、ドアノブを回す。

 と。案の定、ベッドの上で唯はすやすやと眠っていた。

 溜息を吐きながら、私は唯の耳元に顔を寄せ「朝ですよ」と呼んでみる。

 唯は「んー」と身体をのっそりと動かしたかと思えば、ゆっくりと目を開いて。すぐに閉じた。


「お姉ちゃん?」

「そ。お姉ちゃんだよ。朝だよ、起きて」

「眠い。起きれない」

「はい。起きて」


 寝ぼけ気味の唯の身体を、ゆっさゆっさと揺らす。

 それでも唯は「んー!」と不機嫌気味に顔を歪めるのみ。

 やがて表情はそのままで薄く目を開くと、眼前の私に向かいこんな言葉を発してきた。


「キスして。それなら起きれる」

「はいはい、寝ぼけないで。今は百合営業の時間じゃないよー」

「キスー。してー」

「はーい。いつかね。まずは起きて」


 シスコンな妹を適当にあしらい、このままじゃ埒が明かないと、毛布を剥がす。

 唯の不機嫌だった表情が更に歪んで「あーやだー! あー、寒い!」とベッドから飛び起きる。

 私のことを涙が滲む目で見つめてきたかと思えば、両手を広げ、


「ハグして」


 と言い出した。

 それに私は呆れるでも無く「しょうがないな」と呟きながら、彼女の小さな身体に両手を回し。ゆっくりと抱擁した。

 我ながら、えらくあっさりと抱いたなと思った。

 今のこの状況が生配信されていたら、コメントは異様な盛り上がりようを見せるのだろうなーと何と無しに空想する。

 どうして女の子二人が抱き合っただけで、そんなにも盛り上がるのか、私には分からない。

 これを唯に話したら「お姉ちゃんは百合を理解できていない」って怒られたし。

 最近は百合漫画も百合小説も、読む量を増やしているのに。どうしてか一向に分からない。


 理解したいという気持ちはある。

 だから私は、唯を少しだけ強く抱き締める。

 触れ合う身体。そこから伝わる唯の体温が、少しだけ上がった気がした。

 私の体温かもしれない。どうなんだろう、分からないけど。

 いつか。私にも理解出来る日が来るのだろうか、と思いながら、私は唯から距離を置く。


「わーい。目、覚めたー」

「ん。学校ではくっついてこないでよ! いつも言ってるけど」

「もち。分かってる」

「ん。よろしい。朝ご飯食べいくよ」

「はーい」 


 唯が気持ちの良い笑顔を私に向ける。

 ようやく夢から覚めたか、心の中で微笑を浮かべて。二人一緒に食卓へ向かう。

 あまり時間が経った気はしないのに、朝ご飯のトーストはとっくに冷めきっていた。

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