第24話

 ランレーリオとロゼリンダは、母親二人の剣幕に、後ろにいたのに仰け反った。最強のはずの公爵閣下コッラディーノとゼルジオは、仰け反ってソファーの背に逃げたあげく震えていた。


「紙を!」


 メリベールの一言で、執事が紙と羽ペンをコッラディーノとゼルジオの前に並べた。

 コッラディーノは、いつでも自分の味方だと信じていた小さい頃から仕えてくれている執事がいつの間にか、妻の味方になっていて驚き顔を青くした。

 執事は、家庭が上手くいくのは女主人あってのことだと、よくわかっていた。


「はい。こちらに明日から休暇をとる旨をお書きになって!」


 メリベールがにっこりと笑った。


「きゅ、休暇?」


 コッラディーノは宰相だ。急な休暇を取れば、政務に支障は出るだろう。


「い、いや、今、隣国の公爵令息がいらしていてな……」


 ゼルジオは外交大臣だ。隣国から勉強に来ているクレメンティたちを指導することは、外交の一部だろう。


「現国王陛下は優秀です。貴方が数日いなくとも、回してくれますわ」


 メリベールが冷たく言い放つ。


「う? うん?? いや、なぁ??」


「隣国の公爵令息のために、家族を東方の国へ渡していいのですね?」


 キャロリーナはギロリとゼルジオを睨んだ。


「い、いや、それは……」


 コッラディーノとゼルジオの頭の中の天秤がギッタンバッコンと揺れていた。


『バッチン!!』


「明日の朝一に出て、どこぞの偏屈じじぃを説得せねば間に合いませんわよ!」


 キャロリーナが、1度大きく開いた扇を大きな音を出して閉じた。ゼルジオだけなく、コッラディーノも飛んで姿勢を正した。


『パンッ』


「そうですわ。どこぞの頑固じじぃのせいで、あなたは家族を失ってもよろしいのね?」


 メリベールが机を叩いて確認する。紙がひらひらと男二人の足元へ落ちる。


「あ、の……」


「そ、の……」


「「いざというときは、どちらと離縁するのか、はっきりなさいっ!」」


「「はいっ!」」


 コッラディーノとゼルジオの天秤は、確実に片方に傾いた。大きな重しとともに。


 二人の中年男は足元の紙を急いで拾い休暇届けを書いた。執事が即座に王城へ届けに出た。


「ゼルジオ。わたくしとロゼリンダは、しばらくはこちらでお世話になることにいたしますわ。ガゼリオンは、明日こちらに引き取りますわ」


 ガゼリオンは、ロゼリンダの弟だ。ゼルジオは『そこまでしなくても』と半分泣きそうだ。


「ディー。わたくし、今夜は客室に寝ます。わたくしたちのお荷物の整理は明日にしますので、今夜はあなたのお荷物を整理なさって。もちろん、客室は入室禁止ですからね」


 コッラディーノも『今夜から???』と、肩を落として小さく頷いた。


 妻たちの凍えるような笑顔に公爵閣下たちは慄いていた。


 男二人は明日の朝一から王都を離れるのにも関わらず、今夜は妻を隣に眠ることができないようだ。肩を落として項垂れた。


「ゼルジオ。早く屋敷に戻らねば、お支度が間に合いませんわよ。わたくしたちのお荷物の整理は、す・で・に・執事長たちに頼んでありますので、お気になさらずに」


 ゼルジオもどうやら、長年仕えてくれている執事長をキャロリーナに掌握されているようだ。

 それはそうであろう。家にいる時間の長さが違うのだから。執事長はどちらに加担した方がよい家庭でいられるかをきちんと理解しているのだ。


「ディーも急いだ方がよろしいわ」


 男二人はビシッと立ち上がった。そして、ゼルジオは転がるように帰っていき、コッラディーノは執事とメイドに指示をはじめて、応接室を出て行った。

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婚約破棄の公爵令嬢は醜聞に負けじと迷子になる 宇水涼麻 @usuiryoma

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