第23話

コッラディーノとゼルジオの前にお水が出された。二人は一気に飲み干す。


「ふぅ。メリーの要求を聞こうか」


 コッラディーノが深呼吸して、襟を正してソファーに深く座る。威厳を取り戻そうとしているのだろう。


「キャル。その後は君の要求も聞くよ」


 ゼルジオも同様にソファーに深く座った。眉をピクピクさせて急かすのもわすれない。


「あら、わたくしたちの要求は同じものですのよ」


 右斜めに座っていたキャロリーナは、横目でチラリと男二人を見た。そして、隣に座り自分の方に左斜めに構えるメリベールへ視線を送る。

 メリベールが小さく頷いた。


「そうですわ。ディー、ゼルジオ。よぉく、聞いてくださいませね。

今日から、2週間以内に、ランレーリオとロゼリンダの婚約を認め、二人を1年以内に結婚させることを認めること。

それが、要求ですわ」


 メリベールは扇でテーブルを『パシリ』と音をさせた。


「そして、その要求が通らない時には、わたくしの妹の嫁ぎ先へ参ります。これは妹の了承の手紙です」


 二人の前に、キャロリーナが『パチン』といい音をさせて、手紙を置いた。

 ゼルジオがすぐにそれを取り、中身を読んで青くなりながらコッラディーノに渡した。コッラディーノも読んでいるうちに、目に見えて青くなった。


 キャロリーナの妹は、スピラリニ王国の隣国ピッツォーネ王国のさらに隣国の侯爵家に嫁いでいた。その領地は、馬車で1月半もかかる遠方だ。1度行けば、早々帰る気持ちにはならない。

 そしてその手紙には、ランレーリオとロゼリンダだけでなく、ランレーリオの弟と妹、ロゼリンダの弟までも受け入れると書かれていた。


 さらには


『お姉様たちはまだお若いのですもの。お姉様たちの恋のお相手も探しておきますわね』


 と、まで書いてあった。コッラディーノとゼルジオは、二人ともハンカチを取り出して汗を拭いていた。


「だ、だがな、父上が、な……」


 コッラディーノの声は震えていて、ゼルジオに助けを求めた。


「そ、それは、お前たちも知っているだろう?……」


 ゼルジオの声も震えている。


「そんなことは百も承知ですわよ」


 メリベールが目を閉じて静かに言った。


「そのことで、今までどれほど我慢してきたと思っておりますの?」


 キャロリーナが目を細めて男二人を交互に睨む。


「「そうは言ってもなぁ」」


 男二人が少し前のめりで、恐恐とそれぞれの妻を見た。


「あら? ディー? 婚姻の約束はお忘れですの?」


 メリベールは扇で口元を隠した。目しか見えないので、尚更、鋭く見える。

 続いてキャロリーナが、テーブルを『タン』と叩いて姿勢を正した。


「ゼルジオ。あの約束がなければ、わたくしは貴方と婚姻しておりませんのよ」


 ゼルジオは口をパクパクさせた。


「ディー。貴方もそうでしょう?わたくしたちはそのために、出産直後からお茶会をしていたのをご存知よね?」


 コッラディーノは小さく頷いた。


 これは、ランレーリオとロゼリンダには後日教えられることなのだが、コッラディーノとゼルジオは、プロポーズを受けてもらうとき、条件がつけられていた。それが、ランレーリオとロゼリンダの結婚である。


 メリベールとキャロリーナは、自分たちの子供が結婚することを自分たちの結婚前から望んでいたのだ。なので、メリベールがランレーリオを産んで、2ヶ月後、キャロリーナがロゼリンダを産んだときには、メリベールとキャロリーナは、大変喜んだ。ランレーリオとロゼリンダの婚約は、ロゼリンダが生まれた日に決まった。


「10年ですわ。貴方の結婚時の誠意とやらを見てきましたのよ」


 メリベールはコッラディーノから視線を外して、静かにそう言った。


「10年。貴方の男としての約束を信じてきましたのよ」


 キャロリーナもゼルジオを見ることなく、静かに語った。


「「だ、だけどなぁ」」


 それでも、コッラディーノとゼルジオは、結婚してからの20年を信じていたかった。その20年を簡単に捨てられるなんて思いもしていない。

 しかし、メリベールとキャロリーナにとって、そんなものはオマケにすぎない。二人は二人で孫を可愛がる夢を楽しみにしているのだから。

 

「「今の公爵は、どなたですのっ!」」


 メリベールとキャロリーナの声が揃った。これは口合わせしてはいない事だったにも関わらずピッタリと揃ったほど、二人はいつも思っていたことなのだ。

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