第21話
メリベールが鼻高々に笑顔になる。
「それに、うちの嫁を傷つけたのだから、そいつらに聞こえたって気にしないわっ!」
「そ、そいつら???
え? あ、よ、嫁……ですか……」
ロゼリンダが少しびっくり顔の後、真っ赤になって俯いた。ロゼリンダの手はモジモジと指が動かされていた。
「まあ! なんて、かわいいのぉ! ロゼちゃんと二人でお茶をする日が楽しみだわぁ!」
メリベールは両手を口に当てて興奮を抑えていた。
前国王はただの気まぐれとナルディーニョへの嫉妬でロゼリンダを他国に渡そうとしたののだが、それは知る者はこの世にいない。ナルディーニョでさえ知らない。
なので、一般的には『可愛らしいロゼリンダ嬢は外交に使えると踏んだのだろう』と思われていた。
「母上、うちの嫁ではなく、僕の嫁ですっ!
お間違えのないように」
ランレーリオは目を細めてメリベールを睨み腕に力を込めた。
ランレーリオがあまりにロゼリンダの腰への腕に力を込めたので、ロゼリンダがよろめいた。もちろん、ランレーリオは喜んで受け止めた。
が、ロゼリンダはすぐに離れて、テーブルの上のソーサーに手を伸ばしてそれを誤魔化した。ランレーリオは残念そうにしていた。
メリベールはその一部始終を見ていて、ランレーリオに呆れていた。
『そんなに触れていたいなら、何をのんびりしていたのやらっ!』
扇をギュッと握りしめた。
そして、ロゼリンダの誤魔化し方には、まだ優雅というほどではないが、人を不快にさせず何事もなかったことにできる様子がとても好ましいと感じていた。
メリベールはロゼリンダが紅茶を口にして、ソーサーをテーブルに置くまで待ってあげた。メリベールはあくまで、ロゼリンダのことは可愛くて仕方ないのだから。
ロゼリンダがソーサーを置いたタイミングで、扇をランレーリオに向けた。
「レオっ! あなたは、二年もボーッと見ていただけでしょっ! ライバルになりそうな公爵令息が出てきて、慌てたの?」
メリベールの少しバカにした口調に、ランレーリオは少しカッとした。しかし、夏休み直後のメリベールのアドバイスから、充実した夏休みとなったことは、まだ記憶に新しい。
そして、その結果、クレメンティの言う『自分だけの地位』という言葉に、自信を持ってロゼリンダの前に立ち上がることができたのだ。
「その点は、母上には、大変感謝しています」
ランレーリオが素直に頭を下げた。ロゼリンダは話がわからず、見守ることしかできない。
「そう。それはよかったわ。
それにね、わたくしは、前から、アイマーロ公爵夫人とお手紙をしているのよ」
メリベールはランレーリオに向けていた扇を大きく開いて口元に持ってきた。しかし、それでも隠せないほど、慈愛の瞳で二人を見ていた。
「「え?!」」
ランレーリオとロゼリンダは目を丸くした。
「母親を舐めないでちょうだいな。二人の気持ちなんて、とぉーくに知ってますわ」
母上としてのメリベールの瞳は、とても優しく、今まで見守られていたことが雄弁に語られていた。
「母上……」
ランレーリオは夏休み前にメリベールと対立した分、心配かけていることに対しては自覚していた部分もあった。
ランレーリオの瞳が涙で潤んだ。だが、さすがにここで泣くわけにはいかない。ランレーリオは、少し上を向いて大きく息を吸った。
「わ、わたくしのお母様もですか?」
ロゼリンダは情報処理が追いつかず、まだびっくりしたままだった。
「ええ、もうすぐお見えになるはずよ」
メリベールは口角を上げ、とても美しく笑っていた。そして、ソーサーを手にして大変優雅にお茶を飲んだ。
ランレーリオもロゼリンダの腰から手を離してソーサーを持った。ロゼリンダも倣った。
ロゼリンダはこの時間が何を待っているかは理解していたが、半信半疑だった。ランレーリオは『母上が、そうおっしゃるなら、そうなるのだろうな』と尊敬と呆れが綯い交ぜになっていた。
メリベールがそっとソーサーをテーブルに置いた時だった。
『コンコンコン』
「失礼いたします。アイマーロ公爵夫人様がお見でございます」
部屋にいた執事とは別の執事が、恭しく頭を下げて報告しドアを大きく開けた。
「ほぉらね!」
メリベールは嬉しそうに二人にウィンクする。
「こんにちは、メリー!」
笑顔が鮮やかにさせてキャロリーナ・アイマーロ公爵夫人が入ってきた。
「キャル! 子供たちが、ね」
メリベールが立ち上がってドアまで駆け寄る。そして、キャロリーナの手をとってはしゃいだ。
「わかったわ。とりあえず、落ち着きましょう」
キャロリーナが、メリベールをソファーまで連れてきた。これだけを見たら、どちらがこの家の女主かわからない。
ランレーリオは、母親メリベールの見たことのない様子にびっくりしていた。
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