第19話
ランレーリオの頬に当てられていたロゼリンダの右手を覆っていたランレーリオの左手が、その手を離しロゼリンダの腰を抑えて支えた。
ランレーリオは、予期せずロゼリンダの腰を抱けたことに歓喜して、自分の腰もさらにロゼリンダに近づけた。
軽く目眩を起こしているロゼリンダは、それには気が付かなかった。今までランレーリオの頬に当てられていた手で自分の口を覆い、軽く深呼吸を繰り返していた。
しかし、ランレーリオの攻撃は終わらなかった。
「ロゼ、君は?」
ロゼリンダは赤くなる。教室のその席でランレーリオと目が合ったことはない。でも、この質問はつまり、ロゼリンダの秘密の愉しみをわかってしまったのだろう。
「あ、あ、あの、わ、わたくしも、あのお席でしたら…………誰にも疑われずに、あなたの横顔を見れますのよ……」
ロゼリンダは両手で顔を隠したが、すでに耳も首も真っ赤になっていた。
二人とも誰にも秘密にしていた授業中の楽しみをお互いに持っていた。
「僕達、もったいない学園生活を送ってしまったね」
ランレーリオがコツンと自分の頭をうつむいているロゼリンダの頭にぶつけて添えていた。
「そ、そうかもしれませんわね」
ロゼリンダは機械的に答えただけで、頭は茹だりすぎて今のベッタリな状態も正確に判断できていなかった。
二人はしばらくそうしていた。
〰️
どれくらいそうしていただろうか。時間にするとたった数分だろう。だが、濃密でお互いに離れて難く思ってしまうほどの時間だった。
しかしふと、ランレーリオはこれで終われないことを思い出した。
ランレーリオは、ロゼリンダに添わせていた頭を上げてロゼリンダの手を右手でとり、ロゼリンダの腰に回していた手に力をいれた。
ロゼリンダがこれから何を言っても、何をしても逃さないつもりだ。
「ロゼ、どうか僕を信じて待っていてほしい。もう、クレメンティ君のことは、いや、どんな男のことも目に入れないでほしい」
ランレーリオは雰囲気だけではなく言質をとりたいとばかりに、そう言った。
ロゼリンダは目をキョトキョトさせた。
そんな可愛らしいロゼリンダを見たランレーリオは、頭の中である光景が浮かび「プッ」と吹き出した。
ロゼリンダはランレーリオの良からぬ考えがあったと確信してちょっと睨む。
「なんですの? レオ、白状なさい」
ランレーリオはその『ある光景』がロゼリンダの拗ねた顔でさらに鮮明になり、笑いが止まらなくなった。ロゼリンダは口を尖らせてしばらく待った。
「僕のイメージの話だよ。手のひらサイズのかわいいロゼ妖精姫が、お花畑で迷子になっている姿が浮かんだんだ。アハハ」
ロゼリンダは考え込んだ。そして、さらに眉間に皺を寄せた。そのイメージ話は、ランレーリオと昔読んだ絵本の絵をロゼリンダにも思い出させた。
「それは、魔王城にあるお花畑ではなくて?」
ロゼリンダにとって自分を魔王城に連れ去った前国王陛下、逃げようとして道を塞ぐ隣国の王子やじじぃ侯爵、そしてお花畑では、妖艶に笑うクレメンティ。
ランレーリオに言われて思い出した絵本と重ねてムッとしてた。
ランレーリオはまだ笑っていた。
「わたくしが好きだったご本は、そちらではありませんわよ。王子様が助けに来てくださる方のご本ですわっ!」
ロゼリンダは頬をプッと膨らませた。
「わかってる、わかってる、アハハ」
「もう! レオがあまりにもお寝坊さんだから悪いのですっ!」
ロゼリンダはプイッと横を向いた。
ロゼリンダが好きだった方の絵本では、悪い魔法使いが眠りの魔法を王子様にかけて、その間にお姫様は攫われる。王子様はすぐに目覚めて追いかけてくるはずなのだ。
ランレーリオが左手でロゼリンダの頬をプニッと刺して、クスクス笑った。
「嬉しいな。僕をロゼの王子様にしてくれて。お姫様、お待たせしました」
ロゼリンダは自分の発言に気が付かされて、びっくりしてまた手で顔を覆って俯いてしまった。
「寝坊をしても、お姫様の居場所は逃さないさ」
ランレーリオの余裕には、ロゼリンダは少しムッとした。待たされていた間、楽しかったわけではないのだ。
「まあ! 昼食のたびにお隣の女性が変わる方ですのに! お花畑で迷子なのは、わたくしではなくて、レオなのではなくって?」
ロゼリンダとしては、今度は本気で睨んだつもりだが、今日の今日では、すべてがランレーリオを喜ばすだけだった。
「アハハ、君は僕をよく見ているね。これからは、君が僕の隣にいてくれればいいだけだよ。ずっと、僕の隣にいてくれる?」
ロゼリンダの腰に回されたランレーリオの手に力が込められた。ロゼリンダはピクリとした。
ロゼリンダは少し目を泳がせて紅くなり、それから小さく頷いた。
ランレーリオは目を細めて、そっとロゼリンダの頭に自分の頭を預けた。
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