第18話

「あ、あの、そ、その。

……わたくしも、レオがわたくしのために宰相になろうと頑張ってくれていたなんて、気がつかなくて……ごめんなさい」


 ロゼリンダは、クラスでのランレーリオからの告白を急に思い出し顔を紅くした。『ごめんなさい』といいながら、笑顔が止まらないロゼリンダだった。


「ロゼ……」


 その笑顔にすべてを受け入れられたと考えたランレーリオがロゼリンダの頬に手をあて………ようとしたが…………


「あ! でも、四月にわたくしがクレメンティ様とお食事をしても、何も気にしていなかったではありませんかっ!」


 ロゼリンダがちょっと思い出したと、顔をぴょこっと上げて口を尖らせた。口調は少しだけ怒り気味だった。


「え? それは。だって、さぁ。

クレメンティ君たちとセリナージェさんたちは絶対に仲がよかったし、昼食時の君たちの会話を聞いても、楽しそうには思えなかったからさ」


 ランレーリオは手をプラプラさせて引っ込めた。そして、困った顔で言い訳をした。そして、あまりの残念さに天井を仰ぎ見た。

 そんなランレーリオの気持ちなど知らないロゼリンダは、ランレーリオの言葉を頭の中で反芻していた。そして、眉根を寄せる。


「『話を聞いても』ですって?

まさかっ! お隣のテーブルにいましたは、それを盗み聞きするためでしたの?」


 ロゼリンダは目を見開いて口を大きく開け、そこは淑女、両手で口を隠していた。だが、口をパクパクとさせてもっと何か言いたそうだ。

 天井を見ていたランレーリオは、ロゼリンダのそんな姿に気が付かず、違うことに気がついていて、ロゼリンダに笑顔全開に向き直った。

 

「うん! そうだよ!

そっか、僕がそこにいたって知ってるなんて、ロゼは僕を探してくれていたんだね」


 ランレーリオは嬉しくてニコニコして、ロゼリンダの右手をとり自分の頬に当てた。

 ロゼリンダはランレーリオのあまりの喜びようと、その自分の手のぬくもりを感じたいと思っているような可愛らしさに真っ赤になって俯いた。


「だ、だって……」


「僕にヤキモチを焼かせたかったの?」


 嬉しさを抑えなれないランレーリオは俯くロゼリンダに下から覗くように、声をかける。


「そのぉ……。焼かせたかったわけではありませんのよ。公爵であるクレメンティ様と婚姻できたら、醜聞も晴れるかもと思っておりましたし」


 一般論を述べて、ロゼリンダは口ごもる。一般論だけなら、クレメンティは最良物件だった。それは間違いない。

 でもその時、ロゼリンダが探し求めていたのは、クレメンティからの視線ではなく、ランレーリオの心の機微だったのだ。


「でも……」


 自覚してしまったロゼリンダはどんどんと紅くなる。

 

『わたくしがこうしていることにレオはどう思ってくださるのかしら』

『わたくしが他国へ嫁いだら、レオは少しは悲しんでくださるかしら』

 クレメンティを前にしていても、気持ちはランレーリオに向けていた自分に気がついた。


「でも?」


 ランレーリオは、ニコニコが止まらない。


「レオがどんなお顔をしてくださるかは、気になりましたわ。それなのにレオったら、全くこちらを見てくださらないのですもの」


 自分の気持ちに気がついてしまったロゼリンダは、目を潤ませてランレーリオを見つめた。

 ロゼリンダがまさかヤキモチを焼かせようとしてくれていたなんて、ランレーリオは天にも登る気持ちだった。


「ロゼはそんなに僕を見ていたんだね。嬉しいな」


 ランレーリオは、自分の頬に当てていたロゼリンダの手の甲を自分の唇の前に持ってきた。ロゼリンダの手の甘い香りをいっぱいに吸い込んで目を瞑る。子供の頃とは違う甘美な香りにグラグラとした。そして、これは僕のものだと、手の甲にするには長い長い口づけを落とした。


 ロゼリンダはそんなランレーリオをジッと見つめていた。目を閉じて手の甲にキスをするランレーリオの長いまつげは少し濡れていた。しかし、それがまた艶かしく見せる。

 ロゼリンダのことをまるで宝物のように、優しく艶かしくゆっくりと壊れないよう扱ってくれるランレーリオに、心がくすぐったくて熱くてとろけてしまいそうだった。



 ロゼリンダの手の甲から唇を離し、もう一度自分の頬にその手のひらを添えた。そして、その艶かしい視線をそのままロゼリンダにぶつける。


「ねぇ、ロゼ、なぜ僕が教室であの席なのか、わかるかい?」


 ランレーリオの席は1番廊下側の1番前だ。その席は、ロゼリンダが席を決めてから、クラスメイトに変わってもらってまで選んだ席だった。

 ロゼリンダの席は窓際の1番後ろの席だ。


「わたくしから1番離れたお席ですわ」


 ロゼリンダは、とろけそうな思考でただ真実だけを口にした。今はそれがどうなのかなど考えられなかった。

 しかし、ランレーリオから紡がれた言葉はもっともっと甘いものだった。


「あの席なら、教室を見渡すふりをして君の顔を盗み見れるのさ」


 『いつも見つめていた』そう言われて、ロゼリンダは、あまりの甘さによろめいた。

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