第16話

 ランレーリオにとって、ロゼリンダの醜聞は、ロゼリンダを誰にも渡さないためのラッキーな一つのことでしかなかった。


「ずっとずっと会えなくて、学園の入学式に君を見つけた時の僕の気持ちがわかるかい?」


 ランレーリオは目を潤ませてロゼリンダの両肩にそっと掌を乗せた。ランレーリオの必死さに、ロゼリンダはびっくりしていた。もっともっと冷静で、もっともっとロゼリンダに無関心だと思っていた。


「君はこんなに美しくなってしまって、誰かに見初められてしまうかもしれないとどれだけ慌てたことか」


 ランレーリオは、ロゼリンダの肩に触れたまま、目をキュッと瞑り、入学式のロゼリンダを思い出していた。ロゼリンダを見つけるまでの不安は今でも忘れられない。


「レオ……。わたくしを探していてくれたの?」


 ロゼリンダは、手でランレーリオの膝に触れた。ランレーリオはロゼリンダを脅しているような体制である自分に驚いて、ロゼリンダの肩から手を離して慌てて少し離れた。

 今度はロゼリンダが近づいてきて、ランレーリオをジッと見ていた。


 ランレーリオは、恥ずかしくなって下を向いてしまった。


「当たり前だろ!」


 ランレーリオは、少し怒り気味になってしまった自分の声にびっくりした。落ち着こうと思い、目を瞑った。しかし、『こんなに愛しいのに! こんなに好きなのに! こんなに会いたいのに!』あの時の気持ちがフラッシュバックする。


「すごく探したのにどうしても見つけられなくて……不安で、不安で、不安で。

もしかしたら、ロゼのおば様がいる東方の国へでも行ってしまったのかと心配したんだっ!」


 ランレーリオはあの時の気持ちのまま、ロゼリンダに訴えた。涙が再び溢れてきた。


「でも入口から君が入ってきて、すぐに僕の目は釘付けになって……」


 ランレーリオは、その時のロゼリンダの姿を思い出すように目を閉じた。学園の衛兵が開けたドアから優雅に歩きだすロゼリンダの姿が、昨日のように思い出された。十年会っていなかった愛しい人は、予想を上回って美しかった。


 ランレーリオは目を開いて、ロゼリンダと目を合わせて両手をロゼリンダの頬に当てた。ロゼリンダは、右手をランレーリオの手に重ねた。左手はランレーリオの膝に添えていた。


「僕は、君を見つけたんだ。僕がロゼを見逃すはずがないんだって、自分で笑ってしまったほどだよ」


 ランレーリオは泣き笑いしていた。


「嬉しい……」


 ロゼリンダが頬を染めて美しく笑顔になった。ランレーリオの左手に、頬をそっと傾け、ランレーリオの手のぬくもりを味わった。


〰️ 〰️ 〰️



 しばらくして、ランレーリオは冷たいお茶をメイドに頼んだ。二人は体を寄せ合い微笑みながらそのお茶をいただいた。

 メイドは、ボトルにおかわりを持ってきて、嬉しそうな笑顔でその場を辞した。二人の蟠りは薄れているが、話足りないだろうと考えたのだ。

 ランレーリオもメイドが下がるのを止めなかった。

 十年分の思いはこんなものではない。


「ロゼは、笑顔を見せすぎなんだ……」


 いきなりのケンカ腰にお転婆の虫が騒いだ。


「レオ? どうゆうこと?」


 甘い雰囲気は消し飛び、ロゼリンダは、拳三つ分、ランレーリオから離れて頬を少し膨らませ上目遣いで睨んだ。

 ランレーリオは、それをチラリと見た。あまりの可愛らしさに抱きしめたくなる。ランレーリオはうずうずしたが、それより、今は言いたいことがあるのだ。我慢我慢と念じる。


「君に色目を使っていた子爵家がどれだけにくらしかったか……」


 ランレーリオは、心を鬼にしてロゼリンダに注意するつもりだった。


 州制度であるこの国では、公爵や侯爵、伯爵であっても、州内の団結を図るために、州内の子爵家に令嬢を嫁がせることはよくあることだ。ただし、幼き頃から決まるような話ではない。あくまでも、ご令嬢に他の高位貴族との縁談がなければ、である。

 以前は『恐れおおいと、遠慮ばかりしていたアイマーロ公爵州の下位子爵家』たちであったが、学園に入学するまでいい縁談のないロゼリンダであったなら、自分たちが娶っても問題ないだろうと、考えるようになっていた。


 そんなことは知らないロゼリンダは、予想もしていなかったランレーリオの言葉に口をポカンと開けた。そして、やっとの思いで言葉を発した。


「そんな人いないわよ???」


 ロゼリンダは苦笑いをした。自分の醜聞の酷さはよく知っている。


「ホントに鈍感なんだから……。君にわざとぶつかっていた男たちがいただろう?」


 ランレーリオを呆れてると言いたくて、思いっきり眉を寄せた。

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