第15話

 ランレーリオはクスクスと笑いながら、撫ぜていた方の手でロゼリンダの頬をプニッと突く。


「ん、もう!」


 ロゼリンダは再び口を尖らせてランレーリオを睨んだ。そこにあったのは、愛おしい気に自分を見つめる優しい笑顔だった。


「ふふふ、ほらね、変わらない。そう、何も変わらない。あの頃のロゼのままじゃないか。そうだよ、変わらないんだ」


 ランレーリオは、それが嬉しいとばかりに、『変わらない』と何度も呟く。そして、呟くたびに、目元が下がり優しくなっていく。

 ロゼリンダは、そんな甘いランレーリオに堪えられなくなってきた。今まで、ランレーリオだけではなく、どんな殿方にもこんなことはされたことがない。


「レオがふざけるからでしょう!」


 ロゼリンダが頬を膨らました。目は恥ずかしさに潤み、頬は紅くなり、声も少し震えた。


「ロゼはずっとかわいいね」


 ランレーリオがロゼリンダをまるで眩しいものを見るかのように、目を細めて優しく見ていた。

 ロゼリンダはさらに真っ赤になって俯く。もう何も言えなくなってしまった。


「ほらね、そういうところも変わらない」


 ランレーリオはロゼリンダの手をギュッと握った。ランレーリオはロゼリンダの手をジッと見つめていた。


「ロゼ。僕の気持ちも変わらないよ。八歳の時、君と会えなくなってからも、ずっとずっと変わらない」


 消え入りそう声のランレーリオは泣いているのではないかと思われ、ロゼリンダは顔を上げた。


「レオ……」


 ランレーリオも顔を上げてロゼリンダと目を合わせた。ランレーリオの頬に一筋の涙が溢れた。


「ロゼは僕への気持ちは変わってしまったの?」


 不安に押しつぶされそうな顔をしたランレーリオの涙は、一度溢れると止まらなくなった。それでも、ロゼリンダから視線は離れなかった。


 ロゼリンダは、何度も左右に首を振った。それは『変わっていない』と言っていた。

 それなのに、ロゼリンダの口からは、二人の関係が変わってしまったことを表すものであった。


「でも、わたくしの評判は変わってしまったわ。わたくしを娶るのは恥ずかしことなのですって」


 ロゼリンダはランレーリオとは違う意味の涙を流した。せっかく、ランレーリオがずっと変わらないと言ってくれたのに、なんて自分は汚れてしまったのだろう。ランレーリオはずっとずっと美しいままだった。

 ロゼリンダはその場から消えたくなった。


「ロゼ…………」


 ランレーリオはロゼリンダの手を離した。そして、自分の顔も涙で濡れているのに、ハンカチを取り出し、拭いたのはロゼリンダの頬だった。

 ロゼリンダは、ハンカチを持つランレーリオの手を握った。そして、拭いてもらえる立場ではないと、自分を否定するように小さく首を振り立ち上がろうとした。


「もう、どこにも行かせない……」


 ロゼリンダの手首を掴むランレーリオの手は、今までのように優しいだけのものではなかった。涙が止まった瞳はロゼリンダを求めていた。


「レオ。まさか何もご存知ないの?」


 ロゼリンダは戸惑いながら、座り直した。ランレーリオの将来に恥はかかせたくない。


『九歳で婚約破棄となり、さらには隣国の王太子に公の場で振られ、あげくに二十も上の侯爵に嫁がされる令嬢』


 あまりに高位貴族との醜聞なので、噂話もできないと考える子爵家男爵家は多く、同州の者でなければ知らなくても不思議ではない。

 ランレーリオは公爵家なので、公爵家には噂話もできないとして、誰も話さないという可能性はある。なにせ、一つ目の醜聞はランレーリオ本人なのだから。


 自分の口から言うのは嫌だが、説明しなくてはならないだろう。ロゼリンダは覚悟して、「すぅ」と、小さく息を吸い込んだ。しかし、ロゼリンダが口を開くより早くランレーリオが呟いた。


「全部知ってるよ」


 優しい瞳に戻ったランレーリオは、言葉も優しく、今度はランレーリオの手でロゼリンダの涙を拭った。


「っ!」


 ロゼリンダは吸った息をそのままのんだ。


「ごめんね、ロゼ。僕はそれをラッキーだと思っていたんだ」


 ランレーリオは再び泣きそうだった。


「なっ! そんなっ!」


 ロゼリンダは醜聞がラッキーだなんて聞き間違いかと思った。しかし、ランレーリオの顔は本気だった。ロゼリンダにはその真意がわからず、とても戸惑った。


「だって、僕は君を誰にも渡したくなかったんだもの……」


 ランレーリオは自分の手をギュッと握って、それは悔やんでいるように見え、目はロゼリンダに助けを求めるように縋る瞳だった。

 ロゼリンダは、尚更わからなくなった。

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