第13話
昼休みに教室に戻ってきたクレメンティは怒りをあらわにしていたが、それをいなすのも令嬢としてのテクニックだ。
「クレメンティ様。心配しておりましたのよ。具合でもお悪いのですか? わたくしの王都のかかりつけ医をお呼びしましょう」
ロゼリンダの美しい顔は本当に心配しているように少しだけ歪ませていた。
「いや、とても元気だよ。ただ、とても困ったことになってね」
クレメンティが鋭い目付きで自分の席へと行き、立ったまま後ろを向いてロゼリンダと対峙する形になった。エリオも自分の席の椅子のところに立ち、クレメンティとエリオの間にイルミネとベルティナが立った。
ロゼリンダの方には、フィオレラとジョミーナがロゼリンダの左右に立っている。
「困ったこと? まさか、ベルティナ様に何か言われたのですの?
ベルティナ様。いくらセリナージェ様とお仲がよろしくても、婚約者のいる者に手を出すことをお認めになってはいけませんわ」
ロゼリンダは一人で勝手に結論を出して、エリオの後ろにいるベルティナを軽く睨んだ。
ロゼリンダがベルティナを睨むのを尻目に、クレメンティが小さくため息をついてロゼリンダに問いかけた。
「誰に婚約者がいるのかな? 僕はロゼリンダ嬢との婚約話はキチンとお断りしたよ。ピッツォーネ王国からだと連絡が遅くなっているのかもしれないね」
背の高いクレメンティは見下ろすようにロゼリンダを睨む。
「それにしても、確定もしてない話で僕の大切な女性を傷つけるのはやめてもらいたいな。セリナージェに嘘の話をするのは今後一切やめていただきたい」
クレメンティはみんなの前で『クレメンティにとってセリナージェが大切な女性である』と堂々と宣言した。
「なんですって!? わたくしを嘘つき呼ばわりなさるおつもりですの?」
ロゼリンダは公爵令嬢として育てられているので、怒鳴ったりはしない。でも、屈辱とばかりに少しだけ声を荒げていた。
「違うのかな?」
クレメンティはさらに煽る。
「婚約は家同士の話ですのよ。それをあなたの気持ちがどうのという問題ではありませんでしょう!」
ロゼリンダは震える口調であった。
「残念だけど、僕の両親は僕の気持ちを優先してくれるよ。それにもし、優先されないのであれば、僕は爵位を弟に譲り文官として生きていくさ。
これでも、伝手も能力もあってね。文官としてでも困らない地位はすでに約束されているんだ。そういう意味ではセリナージェを迎えることに家は問題にはならないよ」
「そんなことできるわけ……」
ロゼリンダには爵位を簡単に捨てられる物のように言い切ったクレメンティが信じられなかった。今までロゼリンダが気にして気にして止まなかった爵位。クレメンティはそれをまるで『おまけ』として付いているもののように言う。
ロゼリンダがワナワナと震えながら言葉を紡ごうとする。
「ロゼ! もうやめるんだ!」
声をかけてきたのはランレーリオだった。
「レオには関係ありませんわ。口出ししないでくださいませ!」
ロゼリンダは頭が熱いまま叫んだので、ランレーリオを愛称呼びしていることに気が付かなかった。二人が元婚約者であることはあまり知られていない。『婚約破棄された少女ロゼリンダ』それだけが醜聞としてみなの記憶にあるだけだ。前国王陛下がしたことであることということさえも噂には登っていない。
それにも関わらずお互いに愛称呼びであることは、クラスメイトの理解を越えていた。
「いや、関係あるよ。僕はクレメンティ君の話を聞いて目から鱗だったよ。僕がこの考えに気がついていれば、ロゼをこんなに苦しめなかったのに。ごめんね」
「レオには、関係ないと申し上げておりますでしょう! わたくしは地位に見合った殿方と婚姻せねばならないのです。それが、公爵家に生まれ、公爵令嬢として生きてきたわたくしの義務ですのよっ! あなたにわたくしの苦しみなどわかるはずがありせんわっ!」
ロゼリンダの目にはもうクレメンティは映っておらず、ランレーリオを睨んでいた。ロゼリンダは公爵令嬢らしからぬほど大きな声であった。
「宰相の妻であれば、ふさわしい地位といえるだろう! お祖父様が僕たちのことを反対されるなら、僕は爵位はいらないさっ。
だけど、君を得るため宰相には必ずなる。爵位は弟に譲り、公爵家の分家として領地を統べず、王都で暮せばいい。
ロゼ、どうか僕を支えてほしい。僕が安らげるのは君の隣だから」
ランレーリオの突然の告白に、クラスの全員が黙った。理解もできていないので、口出しもできないし、冷やかすこともできないし、コソコソと噂もできない。ただ、見守ることしかできなかった。渦中のクレメンティでさえも。
ロゼリンダはしばらく呆然としていたが、ランレーリオを見たままハラハラと涙を流し、そのまま外へと行ってしまった。ランレーリオが追いかけた。
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