第12話

 ロゼリンダは友人のフィオレラとジョミーナを連れて、女子談話室で待っていた。二人はクラスメイトの伯爵令嬢である。


 セリナージェとベルティナが談話室へ入ってきて、ロゼリンダたちのテーブルへ来た。そして空いている席に並んで座る。


「セリナージェ様、ベルティナ様。お時間をいただいて、ごめんなさいね。でも、これ以上放っておくことはセリナージェ様が悲しまれることになると、わたくしは心配でなりませんの」


 眉尻を下げて話すロゼリンダは、セリナージェを本気で心配していた。


「そういうの、今はいりません。何のご用件なのかはっきりしてください」


 セリナージェは苛立ちを隠さないで少し声を荒げていた。


「現在、わたくしのアイマーロ公爵家と、クレメンティ様のガットゥーゾ公爵家で、話し合いが持たれておりますの」


 ロゼリンダはセリナージェの荒らげられた声に反応して、少し鼻をあげて見下すようにセリナージェを見た。


「それが? 何か?」


 要領を得ぬ話し方にセリナージェはさらに苛立った。フィオレラとジョミーナはニヤニヤしてベルティナを見ていた。


「話し合いの内容は、クレメンティ様とわたくしとの婚約の日程について、ですのよ」


 セリナージェは驚いているようで反応はなかった。


「まあ! ロゼリンダ様! おめでとうございます!」


「ステキてすわぁ。お二人は誰が見てもお似合いですもの。羨ましいですわぁ」


 フィオレラとジョミーナが大袈裟に喜んでロゼリンダへお祝いの言葉を紡ぐ。


「そんなこともありませんけど」


 ロゼリンダが手を口元に当てて口角をあげた。目線は下にして照れているようだ。


「ロゼリンダ様、この頃、ピッツ語のレッスンを始められたそうですわね」


 ピッツ語とはクレメンティたちの国ピッツォーネ王国の言葉だ。大陸共通語というものもあるが、それを話せる平民は王城務めの文官だけだろう。ピッツォーネ王国の王都に住むだけでも、市井ではピッツ語しか通じないだろう。

 ちなみに、この時点でセリナージェとベルティナは、大陸共通語とピッツ語はすでにほぼマスターしていた。

 3人はそんなことは知らないのだ。


「まあ! ロゼリンダ様は淑女の鑑ですわねぇ!」


 2人の太鼓持ちはまだ続く。


「あちらでは、当然、必要になりますもの。夫を支えるのは妻の役目ですわ」


「「まあ! ステキ!」」


 3人はさもクレメンティとロゼリンダが明日にでも結婚するかのように盛り上がっていた。ロゼリンダはふと反応しないセリナージェを見た。


「とにかく、そういうことでございますので、これ以上、セリナージェ様にはクレメンティ様にお近づきにならないでいただきたいの。よろしいかしら?」


 ロゼリンダはセリナージェの様子がおかしいのは承知の上で確認した。

 セリナージェは俯いたまま動かない。


「そうだわ、クラスのお席も変わっていただいたらいかがかしら?」


 現在の席はクレメンティたちの後ろの席がセリナージェたちだ。


「まあ! フィオレラ様それはよろしいですわね。明日から早速そういたしましょう」


「セリナージェ様。お席をお譲りいただいてもよろしいかしら」


 フィオレラとジョミーナは執拗に追い打ちをかけた。


『カタン!』


 セリナージェが立ち上がった。


「ご自由になさってください! わたくしはこれで失礼しますわっ!」


 セリナージェはそう言って、足早に談話室を離れた。ベルティナが急いでセリナージェを追いかけていった。


〰️ 〰️ 〰️


 翌朝、ロゼリンダはジョミーナに手を引かれクレメンティの後ろの席に座った。その席は昨日まではセリナージェの友人ベルティナの席であった。そして、昨日までセリナージェが座っていた席にはフィオレラが座った。


 しかし、クレメンティは後ろの席にロゼリンダがいることを知りながら、振り向いてもくれないし文句も言ってこなかった。まさに無関心であると、クレメンティの背中は言っているように思えた。


 そこに、始業時間間際に、ベルティナが教室に入ってきた。セリナージェはロゼリンダの話がショックだったのだろう。いつも一緒にいるベルティナと一緒ではなかった。


 そこで動いたのは、クレメンティではなく、クレメンティの友人のエリオだった。エリオはベルティナ右手首を掴んだ。そして、クレメンティと同じ留学生イルミネに指示を出した。


「イルミネ、僕とクレメンティとセリナージェとベルティナは、1、2時限目は休む。さらに、遅れるようなら臨機応変に頼んだよ。クレメンティ、お前は、僕と来るんだ」


 そう言って、エリオはベルティナの手を繋ぎ直し、ずんずんと引っ張って教室を出ていった。クレメンティもエリオとベルティナを走って追いかけた。


 3人はそのまま昼休みまで戻ってこなかった。

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