第9話

 ランレーリオがメリベールにお仕置きされている頃、アイマーロ公爵家でも母親が子供と向き合っていた。


 キャロリーナはロゼリンダを部屋のお茶に誘った。


「ロゼちゃん。このお話は本当に進めていいの?」


 あくまでも淑女の笑顔で波風たてることなく質問をするキャロリーナ。


「お母様。わたくしは地位に見合った殿方と婚姻せねばならないのですよ。それが、公爵家に生まれ公爵令嬢として生きてきたわたくしの義務です。お祖父様にもそう言われて参りました」


 キャロリーナの余裕に比較してロゼリンダは硬い口調に険しい顔で全く余裕が見受けられない。貫禄の違いか若さの違いか。


 だが、確かに公爵令嬢としてロゼリンダはそう育てられてきた。キャロリーナは少し悲しくなった。


『そんな古いしきたりに振り回されるほどの責任感にも困ったものだわ。平民では困ってしまうけど例えば同州の子爵や男爵ならいくらでもフォローしてあげられるのに』


 キャロリーナはロゼリンダとランレーリオのことに関してだけは祖父のことを怒っていた。さらに最近『どちらが悪くてもいいじゃないか』というような幼稚なケンカであることが判明したので尚更怒っている。

 それでも、もちろんのこと顔には出さないし今まで口にも出さないでいた。


 しかし、ロゼリンダからクレメンティの話を聞いたときそろそろのんびりもしていられないと思った。万が一、ガットゥーゾ公爵家が本気になった場合はこちらから手紙をしてしまっているのでそれなりの理由が必要になる。まさかロゼリンダにこんな条件だけなら満点の話が飛び込んでくるなどとは思っていなかったので少し慌てていた。


『それでも、握りつぶすけど、ね』


「そのお祖父様があなたに合う婚姻の邪魔をしていらっしゃると思うのだけれど?」


 ロゼリンダはキャロリーナが言う『あなたに合う婚姻』がランレーリオのことであるのはキャロリーナの今までの言動からよくわかっていた。


「レオの話でしたらわたくしはもう聞きたくありません!」


 ロゼリンダの口調は強く余裕がない状態であった。


「あら? どうして?」


 キャロリーナは極普通の会話をしているかのように優雅にソーサーからカップを持ち上げた。 


「レオは学園でもとってもモテていてわたくしのことなど気にもしておりませんわ」


 ロゼリンダは悲しげに目を下げた。ロゼリンダの残念なところはそうしている自分を冷静に分析できないところだ。自分の立場は分析できても自分の気持ちは分析できない。


 『ランレーリオが好きではないからこの話をしたくない』と一言でもロゼリンダから言われればキャロリーナはいつでもこの話を打ち切るつもりでいる。


「あら? そうなの?」


 キャロリーナはそのつもりでここ二年間学園でのランレーリオのことは何度も聞いている。それなのにロゼリンダは毎回『ランレーリオがロゼリンダに興味を持たないからだ』というのだ。

 だということは…………。


「そうですわ。昼食はいつもいつも違う女子生徒と一緒ですの。最近のお気に入りは一年生の子爵令嬢ですわね。デレデレしたお顔で楽しそうにしていますわ」


 確かにランレーリオの相手は変わっているようだが問題はロゼリンダがそれを一回一回相手をチェックしているということだ。


『本当にランレーリオを気にしていないのなら無視しておけばよいものを。

目で追っている自覚を持ってほしいわねぇ』


 キャロリーナはため息を小さくしてソーサーをテーブルにおいた。


「それはつまりロゼちゃんはレオちゃんのことを気にしているということではないの?」


 キャロリーナは下から覗き込むように小首を傾げてロゼリンダの顔を見た。


「まっ!! そ、そんなことありませんわっ! 学生食堂でたまたま見かけただけですわっ!」


 鈍感なロゼリンダにキャロリーナは眉を下げて困り顔になった。毎度なのだが。


「そ、それにっ! わたくしがクレメンティ様と食事をしていても少しも気になさっている様子はございませんでしたもの」


 ロゼリンダは慌てて言い訳するが言い訳がすべて『ランレーリオを気にしている』というようにしかキャロリーナには聞こえない。


「あら? レオちゃんがヤキモチ焼いたか確認したのね」


 母親としての優しい笑顔で確認する。


「ち、違いますわよっ! たまたま隣のテーブルでしたのよ! こちらのことはチラリとも見ておりませんでしたわ」


 ロゼリンダは手をキュッと握りしめて悔しそうで悲しそうであった。ここ二年の間キャロリーナはこうして言い続けているのだがロゼリンダの自覚は目覚めない。

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