第8話
メリベールはランレーリオを軽蔑の眼差しで見据えた。
「あなたがロゼちゃんにしようとしていることよ。ロゼちゃんが父親の名前を使ってクレメンティ君にしたとしてもあなたに文句は言えないでしょう?」
メリベールはランレーリオの返事を聞かずにクルリとドアに向く。そして、恭しく執事が開けたドアを胸を張って部屋を出た。
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自室に戻ったメリベールはクレメンティとセリナージェのことをリリアンナに報告する手紙を書き、それを受け取ったリリアンナはロゼリンダとクレメンティはうまくいかなそうだと判断して夫の行動も放っておくことにする。
ランレーリオはロゼリンダに何もできずに少し不安を持ったまま夏休みになってしまった。
紳士として未熟なのは理解したがどうすればいいのか誰にも相談できなかったランレーリオはしばらくの間部屋に引き籠もっていた。
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ロゼリンダたちが夏休みに入り二週間ほどしてからガットゥーゾ公爵家から返信があった。『ガットゥーゾ公爵家としては喜ばしい申し出である。早速息子クレメンティに確認するので待っていてほしい』との返事だった。
ロゼリンダは心からホッとする。そのロゼリンダを見たリリアンナはこの婚姻がロゼリンダを幸せにするものだとは思えなかった
『もう! 本当に好きな方からのお返事なら飛び上がって喜ぶものよ。
ロゼちゃんったらホッとしたのって令嬢としての責任を感じてしまっているのね』
リリアンナはガットゥーゾ公爵家からの手紙についてメリベールへ手紙を書いた。
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メリベールは再びランレーリオをお茶に呼んだ。不機嫌を隠そうともしないランレーリオが入室してくる。ソファにも座らず仁王立ちした。
「今度は何です? 僕の考えはまだまとまっていませんしいきなり紳士と言われてもどうしたらいいのか答えは出ていませんよ」
ランレーリオは座って数秒でまくしたてた。それをまくしたてるほど余裕がなくなっているのだという自覚はなかった。
やはり淑女メリベールからみればランレーリオはまだまだ子供だ。
『考えてはいるみたいね。今はそれはよしとしましょう』
「あら? 大丈夫よ。わたくしから見てもあなたはベイビーだもの。紳士としての行動を望んでないわ」
ランレーリオはイライラするが何も言えず拳を握りしめて耐えた。
『そうやって耐えることも紳士のお勉強だわ。ちやほやされることに慣れてしまうのは良くないもの。顔に出しているようではまだまだ甘いですけどね』
メリベールは心の中でほくそ笑んだ。
「最近、社交界で話題になっていることがあるのよ」
メリベールのいきなりの話題替えにランレーリオはポカンとする。
「隣国の公爵様は我が国の公爵家のご令嬢との縁談に乗り気なようなの。
誰と誰のお話なのかは公言しませんけどね」
これは社交界の噂なのではなく、もちろんキャロリーナからの手紙の内容だ。だが、キャロリーナとメリベールが手紙のやり取りをお互いに信頼できるメイドに託してしるので旦那様である公爵も知らない。
だが、ガットゥーゾ公爵家からかなり前向きな返事が来ていることは本当だ。まあ、メリベールとキャロリーナは万が一の時にはどんなことをしてもその縁談は握りつぶすつもりだが。
社交界に出ていないランレーリオは顔を真っ青にさせた。
「な、なんで……そうなった……?」
「だから言ったでしょう? ある公爵様は娘を想いある隣国公爵家に打診でもしたのではないかしら? 当然隣国公爵家からは色よいお手紙が届くでしょうねぇ」
「うそ……だろ……? だってクレメンティ君は……」
「まだそんなこと言っているの? 公爵家に育っているのに貴族の義務を知らないなんて恥ずかしい子息を他国留学させるわけないじゃないの」
ランレーリオは自分も公爵令息だ。思い当たることが多すぎる。公爵家の子息なら自分の気持ちより家の命令を優先させることは当然だと育てられている。
ランレーリオは頭を抱えてテーブルに伏した。
「公爵様のお嬢様は随分とキレイになっているでしょうねぇ」
メリベールは二人が八歳の時からロゼリンダに会えていない。
「公爵様のお嬢様ですもの。しっかりとした考えを持っているでしょうねぇ」
メリベールはランレーリオの後頭部を見て口角を上げた。
「公爵様のお嬢様ならきっと才女ね。隣国へ嫁いでも何の問題もないでしょうねぇ。
まあ、あくまでも噂であってどちらの公爵家かは表明されておりませんから予想なのですけどねぇ」
ランレーリオがバンと立ち上がった。メリベールはその時にはすでに真顔でありさすが熟練の淑女である。
ランレーリオは何の挨拶もせずサロンを後にした。
「まあ! 挨拶もできないなんてあきれるわねぇ。教育のし直しね」
メリベールがチロリと執事長を見れば執事長は「コホン」と小さく咳をして了承を伝えながらも呆れを表した。
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