第7話

 キャロリーナはメリベールに手紙を書いた。

そこにはロゼリンダとその父親ゼルジオがクレメンティのガットゥーゾ公爵家に接触しているというものだった。


 メリベールはそれを読んでため息を零す。執事にランレーリオを呼ばせ探りを入れてみることにした。


 二人でサロンでのお茶など久しぶりだ。メリベールはそんなものを楽しむつもりなど全くないので率直に話をはじめた。


「隣国から留学生が来ているそうね。随分と美しい殿方らしいけどロゼちゃんは心動かされてないかしら?」


 息子相手にもかかわらず扇まで用意しているメリベールは戦闘態勢バッチリだ。

 社交界に出ていないランレーリオにはそんなことに気がつくことはないのだが。


 メリベールは扇を閉じたまま口元を隠して目線を強調し苛立っているとアピールしている。


「ああ、クレメンティ君たちだね。確かに四月あたりはロゼも声をかけたりしていたかな? でも最近、クレメンティ君とセリナージェさんがとってもいい雰囲気なんだ」


 メリベールの苛立ちに気が付きもしないランレーリオは優雅にお茶を飲み始めた。


「セリナージェさんって侯爵様のご令嬢だったわね?」


 メリベールはわざと『侯爵』を強調した。


「? そうだよ。クレメンティ君はロゼといても楽しくなさそうだし。

んー……、大丈夫だろう?」


 メリベールの変な強調に気がついたものの何が言いたいのかはわからないランレーリオはメリベールの顔をよく見るためソファーに深く座った。


「まあ! 呆れたわっ! そこまでわかっていて放っておいているの?」


 メリベールはランレーリオを鋭く睨み違う意味で怒りを顕にした。どんな男性からであっても楽しくなさそうにされて嫌な気分にならない女はいない。そのような女性の気持もわからない息子にイライラを隠さない。


「そこまで知ってるからこそ放っておいているんだよ。蔑ろにしてくる男と婚姻するほどロゼの家は慌ててはいないでしょう?」


 ランレーリオは不思議に思いながら平気な顔をして答える。


「あなたが男として未熟だということが、今、よぉくわかりましたっ。ロゼちゃんがどうのという話などまだまだ先のお話ね。まずはそのお子様考えをどうにかなさい」


 怒鳴るでもないメリベールの言葉は母親からの優しさ溢れる助言ではなく明らかに軽蔑を込めた淑女からの助言であった。

 ランレーリオは深く座っていたソファーから見を起こして淑女の視線を受け止めた。悔しいが淑女から見た自分は子供なのだろうとは理解したが、どこを聞いてそう判断されたのかがランレーリオの頭脳をもってしても考察できない。


「紳士ならどうするだろうというのです?」


 ランレーリオは素直に教えを乞うた。


「つまらないと思われているかもしれない女の子が傷ついていないと思うのですか?

貴方は好きでもない相手になら『つまらない男ね』と言われても傷つかないのですか?」


 ランレーリオは目を伏せた。確かに紳士ならその場に助け舟を出してやるべきだったのかもしれない。だが、それでもしクレメンティとロゼリンダが上手くいくようなことになってしまっては元も子もない。


『ランレーリオはなんでも簡単にこなしてしまうからこのように悩むことがあまりないのよね。これは本人にもいいことだわ。相手のことを考えるクセをつけることは必要だわ』


 メリベールはこれ以上の淑女からの助言は止めておくことにした。


「それから!」


 メリベールの言葉にランレーリオは顔を上げた。女性の立場について助言することは控えても『ロゼリンダの婚約について』は物申さねば気がすまない。


「家同士の話になったら公爵家の方が力があることはわかるわよね? それに、公爵家のご子息なら家のための婚姻がありえることも。

とぉぉぜん理解なさっているでしょうねぇ?」


 メリベールはわざとランレーリオを脅した。


「何? 家って?」


 ランレーリオは訝しんで眉を寄せた。


「そのクレメンティ君もロゼちゃんも公爵家であり、セリナージェさんは侯爵家だってこと。 よっ!」


 ランレーリオは先程メリベールが強調していた言葉の意味を少し理解しイライラしているのがわかる。

 メリベールは立ち上がった。


「クレメンティ君の気持ちはともかくガットゥーゾ公爵家としては他国の公爵家のご令嬢と他国の侯爵家のご令嬢ならどちらを嫁にと望むのかしら?

あちらのお国ならロゼちゃんの醜聞もないでしょうし、ねぇ」


 メリベールは立ち上がっている状態で扇を広げ思いっきりランレーリオを見下ろした。ランレーリオがロゼリンダの醜聞を虫除けだと思っていることを知っていた。


「公爵の名前を使って脅すの?」


 ランレーリオは学園では絶対に見せないような顔であった。上目遣いで眉間に皺を寄せプルプルと震えている。


「あら? あなただって公爵になってロゼちゃんを無理矢理引っ張ろうと考えているじゃないの?」


 そんなことを母親メリベールに、否、誰にも話したことのないランレーリオは目を見開いた。

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