第4話

 『迷王』は『ナルディーニョがいないから』とだけは言われたくなかった。

 いや、自分がそう思いたくなかったのだろう。


 ナルディーニョが呆然としていたあの瞬間、胸がスキッとした。


 『ヤツにもどうしようもないことがあると教えてやれた』


 国王にとってそれだけだった。それだけでよかった……。


 まさか、ここからいなくなるなんて……。ナルディーニョが仕事を手放すなんて思わなかったのだ。


 国王陛下はいろいろと見誤っていることを認めない。


 普通の者なら家庭不和になった時点で辞めているだろう。

 ナルディーニョだから、我慢して、責任感を優先させ、国を優先させ、これまで辞めなかったのだ。


 これぞ『迷王』だ。


 国を見事に迷子にさせた。




〰️ 〰️ 〰️


 政務のそんなパニックに頭をかかえたのは、一年後に婚姻の儀を予定していたまだ学生の王太子であった。


 このままでは、婚姻の儀を執り行う予算はないし、この国庫を見たら東方の国の王女様である婚約者から婚約破棄されかねない。


 王太子は母親である王妃殿下と話し合い、父王を隠居させナルディーニョに戻ってもらうことにした。

 ナルディーニョ宛に何度も何度も手紙を書いた。さすがに領地には簡単には行けないので、ナルディーニョが一番かわいがっていた例の国王陛下に意趣返ししていた高官を勅使にして向かわせた。


 しかし、ナルディーニョは簡単には頷かなかった。


「国王陛下の暴挙を許し実の孫を不幸にしたのは、わたくしです。今更戻るつもりはありません」


 ナルディーニョは断固拒否して戻ることはない様子であった。


 それでもどうにかしたい王太子と王妃は、お忍びで王都のデラセーガ公爵邸を訪れた。王都内であれば直接お願いに行けるのだ。


 対応したのはランレーリオの父コッラディーノだった。


「お二人がわざわざ足まで運んでくださったことを無下にはできませんね。王太子殿下が国王になられるときに、わたくしも宰相となりましょう」


 コッラディーノはきっちりと条件をつけて引き受けることにした。


〰️ 

 

 そしてランレーリオが十歳の時、急遽現国王陛下並びに現宰相となった。新国王はまだ十八歳であった。


 それとともに新国王の婚姻の儀も執り行われた。


 コッラディーノは止められる案件はすべて止めて、再検討の末ほぼ中止とした。残ったものも全て行うのではなく、順番を決めて行うことにした。

 増税はすぐに減税するのはまたトラブルの元になるので、数年かけて戻すことにした。結果的にその増税によって国庫の破綻は免れたし、婚姻の儀も執り行うことができた。

 と、政務としては、数年はかかるが元に戻る手立てはできた。


 そうそう、『迷王』の功績としては『過去の案件書類はわかるように整理しよう』と書庫整理係が生まれたことだろうか。

 それはそうであろう。過去の案件がすべて頭に入っており、新しい案件にも何も見ずに指示ができる者など、デラセーガ公爵一家以外いるわけがないのだ。

 これなら、もしものときでも時間はかかるが、過去の案件を元に動きを指示できるようになるに違いない。


〰️ 〰️


 その頃から一番頭を悩ませていたのは、おそらくアイマーロ公爵家であろう。


 その悩みとは、前国王のせいで大醜聞を一人で背負うことになったロゼリンダのことである。


 ゼルジオ・アイマーロ公爵は王城においては外交を担っているが、最近、政務が滞りなかなか外交に行く予算も下りず、日程もはっきりしないため仕事として暇をしていた。

 その分、娘を溺愛する時間が増える。溺愛する分悩みも増えた。


『九歳で婚約破棄となり、さらには隣国の王太子に公の場で振られた令嬢』


「あの外交―国王が隣国の王子にロゼリンダを娶らせようとしたもの―には、私が行くべきだった。まさか私の長期外交のうちに向かわれてしまうとは……」


 ゼルジオにとっては外交から戻ってみれば、娘の婚約破棄と隣国への輿入れが決まっており、その輿入れの外交にもすでに出発されていた。さらに戻ってきた外交官からは『ロゼリンダはフラレた』と言われる始末だ。


「私がいてもランレーリオとの婚約解消は止められなかっただろうけどな……」


 アイマーロ公爵家の女性たちは皆、ランレーリオとロゼリンダの婚約は大変喜んでいた。婚約解消となれば大反対したに違いない。しかし、前アイマーロ公爵―ロゼリンダの祖父―は女達の話を素直に聞く人ではなかった。ゼルジオは何度も小さなため息をついた。


 ロゼリンダにはいつでも醜聞がついてまわった。前国王陛下が勝手に決めたことであるのに、醜聞では、そちらのことは問題にならないらしい。


「ロゼには何の落ち度もないのに、噂とはなんと恐ろしいものだ。ロゼがどこに嫁ごうとも公爵家として全力で後押ししよう」


 ゼルジオは一人でそう誓っていた。

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