第3話

 家庭不和を起こしてまで国王陛下に仕えていたナルディーニョは、帰国して翌日退職届けを出した。誰の引き止めにも耳を貸さず、その引き止めさえもうるさく感じていた。なので、その日のうちに妻とともに領地へ戻ってしまう。


 これ以上宰相の決断を止められる者などいなかった。


 その際、ナルディーニョの片腕であり宰相補佐官でありナルディーニョの息子でありランレーリオの父親のコッラディーノも退職して、王都の屋敷で隠居することにした。コッラディーノも妻に申し訳なく思いながらも、国を憂いて働いていたのだ。父親ナルディーニョとともに即断である。


 王太子と王妃はそれを知って慌てたが、すでに宰相室はもぬけの殻で、文官たちがパニックを予想して泣いていた。


 当の国王は文官たちにもできるだろうと、タカをくくりふんぞり返っていた。


〰️ 〰️ 〰️


 厳しいで有名であった宰相と宰相補佐官が消えたのだから、それはそれは王城政務はパニックを起こした。

 それも超スピード! たったの1週間で政務が滞りだす。


 国王陛下が山積みにされた書類に癇癪を起こした。


「政務で精査した上で持ってまいれっ! 今までこのような書類の山は見たことがないわぁ!」


 国王陛下は書類の山を撒き散らした。数名の文官が必死で集める。ホッチキスもクリアーファイルもないのだから、書類が混同してしまうのは自明の理だ。混同した書類をまた並べるのは至難の技である。


「「はぁ……」」


 文官たちの小さなため息が聞こえた。


「今までは、コッラディーノ殿が精査した上で、ナルディーニョ殿がさらに精査しておいででしたので少なかっただけでございます。

わたくしどもにはその精査は無理でございます。どうか国王陛下が精査なさりご判断くださいませ」


 紙を拾わない高官が恭しく頭を下げながらも強気で発言するのを、国王陛下は渋顔で睨んだ。


 この高官もナルディーニョたちほどではないにせよ、時間をかければ精査ができないことはない。だが、ナルディーニョたちを間接的に首にした国王陛下に意趣返しをしているのだ。

 どうせ遅かれ早かれ、彼らがいなくなった時点でパニックは必至だ。なら、早くそうなることが、早く彼らを戻すことになる。この高官やそのまわりの者たちはそう考えて覚悟を決めていた。


〰️ 


 国王陛下は精査などせずすべての案件をチェックせずに通してしまうという暴挙に出た。とにかくサインをしている時間しかないのだ。これを精査するなど無理な話だ。


『どうせ、みなそれぞれ工夫と考察のうえ提出しているに決まっているのだ。問題ないっ!』


 『迷王』はここで迷ってくれればまだよかったのだ。なぜかここでは迷いもせず『サインだけをする!』と即決した。


 高官たちの中には、自分たちの領土の発展や、自分たちの便利さや、自分たちの賄賂の金額を上げるために件案を出している者が少なからずいる。

 真面目な高官であっても、夢ばかりが大きすぎて、今は必要ないものを希望し、悪気なく件案を出している者もいる。

 もちろん必要ではあるが、今やらなくてはならないわけではない件案だってある。


 それらを、ぜーーんぶ通した。

 すると当然ながら途端に国庫が激減した。


 それまで、国王陛下へ渡される書類はナルディーニョのチェックをパスしたものであったので、迷王はサインすれば済んでいたのだが、その精査にもきちんと理由があるのだ。


 ナルディーニョは『国民に優しく、子供は国の宝』という前国王陛下の考えの元、政務を行ってきたので、税はさほど厳しいものではない。そのかわり、無駄を省き事業も精査した上で、破棄・戻し・保留・採用を決めていた。


 さらに、国王陛下から下りた案件も滞り始める。


 ナルディーニョとコッラディーノは採用案件を下ろす前に、何処に指示を出すか、どこに在庫を確認するか、どこへ発注するか、人数確保をどこでするか、細かく指示を書いていた。


 なんの指示もない案件書を前に無能な高官は唖然とする。

 有能な高官は以前ナルディーニョたちが下ろした似たような案件を探し出し、それにそってやっていく。それでも、その場で指示をするナルディーニョたちの数十倍の時間がかかる。それもそのはず、以前の案件が項目通りになど並んでいるわけはないのだ。文官総出で似たような案件を探し出す。


 案件が下りた時点で予算は発生する。待たされている者たちにも給与は発生するのだから。予算は予定より大幅に増えて、さらに国庫を圧迫した。


 さらに慌てた財務大臣が増税を決め、国王陛下はそれも採用してしまったので、子爵家男爵家からの不平不満も溜まっていった。

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