第2話

 迷王と影で呼ばれていた国王陛下はすぐに考えを口走ってしまう方であった。


 この日もそんな軽い思いつきの言葉だったのかもしれない。


「そうだ! 北の隣国とさらに親睦を深めるために、婚姻を結ぶことにしよう!」


 いい事を思いついたと国王陛下は笑顔で宣言した。それを聞いた文官たちは大変慌てた。だが、ナルディーニョだけは冷静に対応していく。


「ですが、あちらもこちらも王子殿下だけであらせられますゆえ、それは無理なお話かと。

それに、我が国の王太子殿下は東方の国の王女殿下と婚約されております」


 スピラリニ王国の王太子はまだ学生であるが、隣国ピッツォーネ王国のさらに東の国の王女と婚約をしており、学園を卒業したら早々に婚姻をする予定であった。


「なぁに、大丈夫だ。公爵の娘がおったであろう?」


 国王陛下はご令嬢名簿の一番上の名前を羽ペンの羽で、パサパサと指した。その目は自画自賛で愉悦に浸っていた。


「それは無理でございましょう。かのご令嬢は、あちらの王子殿下とは年も離れております。それに私の孫とすでに婚約しております」


 ナルディーニョはピクリとも表情筋を動かさずに、端的に国王陛下の計画の杜撰さを指摘した。

 ナルディーニョの譲らなそうな態度に、国王陛下は渋顔ながらも、その場は一旦納得した。文官たちもホッとして肩を落とした。


 しかし後日、国王陛下は宰相ナルディーニョを差し置いて、外交大臣であったロゼリンダの祖父に直接話をした。

 そして、何をどうして説得したのかは不明だが、いつの間にかランレーリオとロゼリンダの婚約は解消されていた。ナルディーニョがそれを知った時にはすでに手遅れだった。


 ナルディーニョはさすがに家族に内緒にはしておけない。急遽家族会議が開かれた。

 それを知ったデラセーガ公爵家では大惨事となった。ナルディーニョは妻に大変怒られ、妻は2日も客室へ籠もった。嫁は泣き5日も部屋から出て来なかった。息子はそんな嫁を慰めながら、ナルディーニョにお小言を言っては部屋に戻り、また嫁の涙を見てはお小言を言いに来た。

 デラセーガ公爵家内はとても荒れまくっていた。

 

 さらに嫁がやっと落ち着いた頃、孫ランレーリオに事の次第を伝えた。すると、ロゼリンダに全く会えなくなってしまったととてもショックだったらしく、ランレーリオは1週間も寝込んだ。

 ランレーリオはロゼリンダの9歳の誕生日にあげるつもりだったリボンを握りしめたまま、ベッドに寝込んでいた。そのリボンはランレーリオ自ら雑貨屋に行き、たくさん悩んでやっと決めたリボンだった。


〰️ 


 ナルディーニョの家庭は荒れて、ナルディーニョも随分とやせ細った。


 それでも、ナルディーニョは苦渋の決断で国王陛下を支えることを選んだ。なぜなら、賢王であった前王との約束であったからだ。前王は病に倒れ死するまで、現王の心配をしていた。



 しかし、ナルディーニョは知らなかったのだ。


 現王が前王からの臣下であるナルディーニョに劣等感を感じていたことを。


 ナルディーニョに一泡吹かせることをずっと心待ちにしていたことを。


 「私の孫とすでに婚約しております」その言葉をナルディーニョから聞いたとき、チャンスだと思ったということを。


 国民の幸せより自分の劣等感の解消を優先させる愚王だということを。


 王族は国民を我が子と思えという賢王の教えを理解せず、ロゼリンダもランレーリオも国民の一人だとも理解しない愚王だということを。



〰️ 〰️ 〰️



 『そして、公爵令嬢は隣国の王妃となり、幸せになりました』


 物語の絵本なら、きっとそうなったしそうなればよかったのだ。

 ロゼリンダさえ幸せになっていれば、大人になったランレーリオなら納得したであろう。


 迷王は北の隣国の第一王子殿下の成人の祝いと王太子任命式に招待された。もちろんナルディーニョも付き添っている。

 そしてパーティーの席で、その第一王子とロゼリンダとの婚約婚姻についての話を任命祝だと北の国王陛下に打診した。

 北の国王陛下は訝しみながらも、「それはそれは……」と、喜んだフリをして保留に努めた。

 しかし、それを聞いた王太子本人が公の場にも関わらずその場で切れた。


「10も離れたガキを娶れるかっ!」


 北の国王陛下は自国の貴族たちがいたにも関わらず、迷王に平謝りであった。


 その時、迷王は大笑いしてこう言った。


「それはその通りだ! ハーハッハ」


 北の国ではなんと心の大きな王だともてはやされた。


 しかし、ナルディーニョは声も出せずに立ち尽くしていた。


 すべての成り行きを知る文官たちはナルディーニョに声をかけることもできず、国王陛下に苦言もできず、これからの国を憂いた。そして、なんて勝手な国王陛下なのだと心の中で貶んだ。

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