第4話「エッチな漫画のモデルになってよ?」
「お、お邪魔します」
夕暮れも地平線に沈み、すっかりと暗くなった時間。俺は藤宮先輩の家に上がっていた。
玄関を開けると香ってくるいい匂い。
いっつも不思議に思っていたが、どうして女の子ってこんなにいい匂いがするのだろうか。
どこか花のような、フローラルな香りが俺の鼻腔を熱くする。
そんな匂いと、憧れの先輩の家に知り合った当日に上がらせてもらえるという現実味のない緊張感でどうにかなりそうで、生唾をごくりと飲み込むとスリッパを出してくれた藤宮先輩は不思議そうに尋ねてきた。
「なんかおかしいところでもあったかな?」
「い、いえっ! おかしいところなんて一つもない……です」
「そ、そっか……なんだ。臭いのかなって思っちゃった」
「臭いだなんて! そんなことは全くっていうか、どっちかというといい匂いがしてちょっと新鮮でっ」
「あぁっと……それは多分私の香水とアロマかな?」
少し頬を赤くした先輩の指をさす先にはアロマ加湿器が置かれていた。
女の子らしい雫の形をした加湿器が桃色に光っていて、どこかエロいと考えてしまう自分が憎らしい。
エロ漫画家っていうバフのせいでどうしても考えてしまう。
「いやいやいや! 失礼だろ、俺!」
「え、失礼? 嫌いだったかな?」
「そっちじゃなくて! その、いい匂いでドキドキするっていうかなんというか、あれですよね、女の子っていい匂いするので」
「それなら、よかったぁ……」
ふぅ、と肩を撫で下ろす藤宮先輩。
「それじゃあ、その……リビングこっちだから」
「あ、そ、そうですね」
そうして、俺は先輩の家のリビングへ足を運ばせた。
廊下には特段、物も置かれていなくていい匂いもしてちょっとしたイラストやお花が飾られていたのだが、リビングに入るとそんな雰囲気も一転した。
「あはは……私、ほら、そういう漫画描いてるからっ」
恥ずかしそうに頭をぽりぽりかきながら先輩は笑う。
ほんと、恥ずかしそうに笑う先輩は反則級に可愛いな。これはもうサッカーの試合なら可愛すぎて相手がしぬからレッドカード一発退場してもおかしくないレベルだ。
と、そんな可愛さとは一変してこの空間はもう、藤宮先輩のイメージを瓦解させるものになっていた。
一面の本棚に、壁に飾られているタペストリーやポスター。
ところどころ普通の家具やぬいぐるみもあり、ぱっと見は女の子の部屋そのものではあったが、よく見るとそれは覆る。
一変だ。
それはもう180度真反対に変わる。
本棚に並べられているのはカラフルな本かと思えば偽装工作としてカバーがはずされていて何が何だかわからなくなっているエロ漫画雑誌の背表紙に、
ラブコメ多めなライトノベル、
そしてぱっと見普通な官能小説。
そこに一般文芸は見当たらない。
タペストリーやポスターは一つのハンガーラックに重ねられていて、よく見れば過激ではないものの水着の女の子やえっち目なものばかり。
まるで、俺の趣味部屋のようだった。
「すごい量ですね……俺もこんなに持ってませんよ」
「や、やっぱり本職してると、買わないといけないっていうか。流行りが分からないしね」
羞恥心しかない表情はもう、可愛いとしかいえなかったが先輩が嘘を言っているのはすぐに気がついた。
指で頬を掻いている。
ただの仕草の一つかもしれないが俺は知っている。
その仕草はドデカメロン先生が書くエロ漫画のヒロインが嘘をつく時の仕草と一緒だ。
先輩が描く漫画やイラストで誰かが嘘をつくときや、誰かが照れるときは必ずと言ってもいいほど指で頬をかく仕草が描かれているのだ。
つまり、その理論でいくと先輩は今嘘をついている。
「なんか、本当ならもっと隠したいんだけどね……」
隠す気なんてさらさらない。
そんな表情をしている。
「ま、まぁ、この量を隠すのは無理ですもんね」
「あはははぁ……お、お恥ずかしながらっ」
付け足したような笑い声で誤魔化す先輩。
とはいえ、だからと言って「嘘ですよね」なんて聞けるわけがない。
俺は同意を示すために苦笑いで頷いた。
「それじゃあその、ちょっと狭いかもしれないけど席ついててね。今からお茶持ってくるから」
「お、お構いなくっ」
そんな変態部屋の変態グッズに囲まれながら、俺は二つ椅子のあるテーブルに腰を預けた。
やっぱり、異様な状況だ。
俺が高校生の時から追いかけてきた大学一可愛くて美人な藤宮先輩と話すことができたこと。
しかし、その出会いから先輩が実は超人気、フォロワー50万人越えの売れっ子エロ漫画家だったということ。
そんなエロ漫画家の先輩を助けたことによる鶴の恩返し。
その恩を返すために連れてこられたのは先輩の家。
……もう、エロ漫画ならエッチしているシーンだぞ。これは。
さすがにおかしすぎて頭が痛くなる。
まぁ、でも……変態な部屋であるのは確かなんだけど。
「しっかり、女の子っぽいところもあるんですね……」
すると、俺の本音がなぜかポロッと漏れてしまった。
「えっ?」
「あ、えとその、すみません!!」
あわてて俺は頭を下げる。
「いや、別に嫌ではないんだけど……さ。急にびっくりして。私って女の子っぽくなかったかな?」
お茶をテーブルに置きながら残念そうな顔で尋ねてくる先輩。
やばいこと言ってしまったと慌てながら言い返した。
「ち、違うんですっ! そういう意味じゃなくて! えと、その……元より藤宮先輩は誰よりも女の子っぽくて可愛かったんですけど。え、エロ漫画描いてるって考えると……そう思ったっていうか、あぁ、俺何言ってるんですかね、はははっ」
「あ、そっかぁ。私、女の子っぽいんだね……可愛いって言われると恥ずかしいわね」
「っ」
なぜだか分からないが先輩は嬉しそうに顔を両手で隠していた。
お茶を置き終わると、持ってきたお盆をテーブルの隅に置いて先輩も腰をかける。
「そ、それでなんだけどね。何から話したほうがいいかな?」
「あっ。そうでしたね。ちょっと先輩の家に入るのが新鮮で忘れかけてました」
「仕方ないよ。私の部屋、こんなんだしっ」
「それはまぁ、そうですけど。そう言うことじゃなくてもドキドキしてますし」
「ドキドキ? どうして?」
どうしても、こうしても、あるか。
この人は自分の魅力に気づいていないのか?
あんなに大きな胸が触れるか触れないかの距離に来られて免疫なしのこの俺が正気でいられるわけがあるまい。
「いや、それは先輩が魅力的だからですよ?」
「別に私は……そこまでっ」
「去年のミスコン優勝してるじゃないですか」
「え、あ、あれはその……えっとね、理由があっただけというか、それに…………きたかったから、というか?」
ん、なんで今モゴモゴしてたんだ?
「あ、あの、聞こえなかったですけど?」
「うっ、い、言わなきゃだめ?」
「いや、だって自分から」
「ど、どSなんだね……堀田くんはっ」
「は、はい?」
あれれ、なんか様子がおかしいぞ?
モジモジしてる。
名刺をひろったときみたいだ。
「あ、あのミスコンはね……編集さんに言われたからなの」
「へ、編集さん?」
「あ、そっか、編集さんが何かわからないよね」
「いやその、それはわかるんですけどっ。言われたからって?」
ごくりと唾を飲み込むと、不適な微笑みを浮かべる。
「わ、私がね、ちょっとスランプ気味だった時にね? あんまりにも書けなくなって、でも、たまたまミスコンのポスターを見つけて……編集さんに言ったら資料集めとして出たらどうだって言われたの。だから、その、成り切って出てみたというか……ほら、去年のあの絵のこみたいにっ」
「あ、あの絵……っ!?」
なぜ、今まで気づかなかったんだろう。
その一連の流れからハッとした。
そういえば、そうだ。
ドデカメロン先生がまだ今ほど名を売っていなかった時に投稿されたイラストだ。
あの発想はないと話題になったえっちなイラストだ。
ミスコンのステージの前でとてつもなく真っ赤な顔でマイクロビキニにパーカーを羽織った異色の女の子がおっぱいを揺らしている、あの絵だ。
とんだ変態だった。
「えへへ……あんなの一生墓場行きだったのに、なんか有名になちゃって」
「そ、そんな裏が!」
純粋に惚れた俺がバカみたいだ。
でも、憎めないこの可愛い照れ笑い。
「ま、まぁ、この人ならあり得るか……」
納得してしまう俺も腹立たしいが、もう、俺の中での先輩像は崩れ去っていた。
そんな中、俺が黙っていると先輩は少し机を叩き、目を合わせた。
「ねぇ、変なこと言ってもいい?」
「変なこと?」
「うん」
「い、いいですけど」
今更、変もおかしいもない。
そのまま反射で答えると、少し恥ずかしそうにこう言った。
「ねぇ、堀田君……私の漫画のモデルになってくれないかな?」
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