第3話「お持ち帰りされちゃう」
通知、それは言わずもがな先輩――ドデカメロン先生の新着通知だった。
聞いてくる藤宮先輩の表情はいつも通り、俺がもごもごと口をつぐんでいると再びスマホを取り出しピコピコと打ちこみ始める。
すると、俺のスマホのバイブレーションが震えた。
「っ」
「ねぇ、それってさ」
「いや、別にそういうのじゃ……メールですよ」
やばい。これはもうバレかけている。
先輩がドデカメロン先生ってことだけじゃなくて、俺がドデカメロン先生を好きなことがバレちゃう。
しかし、再び先輩はピコピコと打ちこんで……
ブルルッ!
とバイブレーションが鳴った。
「やっぱり……もしかして、直哉君」
「は、はいっ!?」
「それってさ――」
それってつまり。
俺はその後の言葉を知っている。
予測が出来ていた。
バクバクする心臓。
今にも破裂しそうな音に耳を傾けるより前に、マッハを超えるような速度で藤宮先輩は全てを指し示す質問をしてきた。
「――フォローしてるのよね?」
そこまで聞かれたら俺はもう言い逃れなど出来なかった。
いや、ここで言い逃れなんかしたら男が廃る。
こんなところで怯えていたら――なんて変なプライドが最後まで抵抗し続ける俺の中の矜持か何かをぶち壊す。
誰にもバレたくなかったとても濃厚な合格点を超えるエロ漫画をオールウェイズ書いてくれる大好きなエロ漫画家がバレてしまうということを覚悟した。
「……はい」
言ってしまった。
認めてしまった。
しかし、予測した状況とはちょっと違う。
相手は本人なのだから。
すると、先輩は少しだけ嬉しそうに頬を赤らめて、視線を逸らしながら呟いた。
「そ、そっかぁ……」
まんざらでもない表情で、振り向くと俺の手を掴み今度はこう言った。
「ねぇ、もう、言わなくても分かるんだよね?」
「まぁ、そうなりますね……」
「あははは……私、ついにバレちゃったのかぁ」
「……」
大して何か大きなことが起きたわけでもなかったが。
ついに、今日この日。
憧れの藤宮先輩の正体がエロ漫画家だったということが確定した瞬間だった。
大学から十数分。
俺と藤宮先輩はどこかに向かって歩いていた。
「ねぇ、今どこ向かってると思う?」
「えっ」
「どこ、向かってると思う?」
そんなの分からない。
だって、教えてくれなかったし……。
皆目見当もつかない。
「わ、分からないです」
「予想は、予想っ」
「……お礼なので、レストランですか?」
「あぁ~~近いのかな、一応?」
「……喫茶店ですか?」
「違うかなぁ」
おしいと言われて其れじゃないなら分からない。
そう思っていると、先輩の脚は丁度止まった。
「あ、え、藤宮先輩?」
すると、先輩は横を向き、道の隣にある一見のアパートを見つめる。
アパート前で止まった。
なんで?
疑問符が重なるが、次の瞬間俺は嫌な予感でそれを当ててしまった。
「まさか――家?」
「うん。私の家」
「な、何でいきなり家なんかに!?」
「いやぁ……レストランとか思い浮かばなくて……ははは」
おい、おい、おい。
まじかよ、これって俺が先輩にお持ち帰りされたってことになるのか?
そうだよな、だよなぁ!
そうだよね……って、ということはお礼はSから始まるあの言葉になってしまうのか?
「あ、あの、家で何をするんでしょうか?」
気になって聞いてみることにした。
そしたら先輩は少し俯いて考えている顔をする。
「い、いやぁ……何するんだろうね」
「え?」
返答は斜め下の回答だった。
いきなりの質問に俺も思わず疑問符が漏れて、変な空気が流れる。
しかし、そんな空気を断ち切る様にすこぶる真っ赤な顔になった藤宮先輩は手のひらで顔を覆った。
「あははは……な、なんか……は、恥ずかしくなっちゃったなぁって」
その顔はすこぶる女の子だった。
そして、その顔が何か俺の頬に平手打ちを食らわせられた気分がした。
俺は何を考えているんだ。
こっからお持ち帰りで童貞を捨てるだなんて……そんなおこがましいこと考えられるわけねえじゃねえか。
そう、藤宮先輩のその顔は何と言っても乙女のそれだった。
「な、なんか、柄じゃないのに……漫画みたいな展開をしようとして、あははは……何してるんだろうね、私」
「い、いや、その――えっと」
悲しそうな表情で俯く彼女に迷いながらも俺はその手を掴む。
「あ、えっ――」
「ふ、藤宮先輩はその、えと……き、綺麗で可愛いので自信を持ってください!!」
「かわ……っ、そうかなぁ」
「って、あぁ、そうじゃないっていうか……」
やばい、なんか俺てんぱってる。
まぁ、そりゃそうか俺って童貞だし、女の子と付き合ったことないし、免疫ないんだったわ。
「その、先輩もなんか悩んでるんですよね? それなら、俺が色々話聞くんで打ち明けてみてください……よ」
「え、そんなの……いいの? それじゃあお礼にならないと思うけどっ」
「いえ、その、憧れの先生の悩みを聞けるならそれだけでお礼になるので」
「んんっ」
そう言うと先輩は少しだけ咳払いをして、上目遣いで見つめてきた。
女性に対する免疫がない俺からしてみれば、まるで心臓を鷲掴みにされているようでならなかった。
すると、そのまま豊満な胸を寄せるように俺の両手を両手で包み込む。
「っせ、先輩!?」
声を出す。
しかし、聞いてないかのようにあたたかい手で俺の手を包み込みながら近づいてきた。
「堀田君……」
名前を呼ばれて、緊張感が高まる。
「はいっ?」
「それじゃあ……私の悩み聞いてくれる?」
少し色っぽい言い方だった。
それを見て、俺はハッとする。
この言葉、聞き覚えがあった。いや覚えている。
確か1年前のエロ漫画雑誌に載っていたドデカメロン先生のデビュー作「清楚系シリーズVo3」でヒロインちゃんが言う台詞だ。
それに、俺は返した。
「……あなたの悩み、秘密、共有して安らぐなら是非っ」
目が合って、藤宮先輩ははにかんだ。
そうか、これが俺のラブコメ、青春なのかと胸が騒ぐ。
この出会いが俺の人生を思いもよらぬ方向に導こうとしていることは、このときはまだ知らなかった。
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