第2話「私の事、しってるんだよね?」
そこに立っていたのはちょっと照れくさそうに笑う藤宮先輩だった。
「えっ、な、なんですか……?」
驚愕ぶりに俺はプルプル震えていたと思う、口が回らなくてガタガタしてると先輩が小さな声で耳元で囁く。
「ほら、さっきのお礼してなかったなって」
「お、お礼?」
「うん。さっき、転びそうになったところで助けてくれたじゃない?」
「いや、まぁ。たまたま見かけて勝手に身体が動いたって言うか……それだけですよ」
「でもっ、皆ほら私の事変な目で見る癖にあんまり助けてくれないし。腫れ物みたいのが嫌だったからその、嬉しかったって言うか……」
「別に、本当に対したことはしてないですよ」
実際、やましい理由ではない。
本当に転びそうになっている藤宮先輩を見かけて助けられたから助けただけなのだ。
もしも、あそこにいたのが先輩じゃなくて名前も知らない違う人でも俺はそうしてた自信がある。だから、全然先輩に何かお返しをさせてもらおうだとか、そのまま家にお持ち帰りしてしまおうとかだなんて考えてはいないんだ。
そこは信じてほしい。頼む。
ただ、先輩の目がなんかいやらしいのは気のせいだろうか。
助けてくれたからお礼したいというのに若干、あやかっている気もしなくもないがまぁ、考えるのはやめておこう。
「でも、やっぱりお礼したいの。駄目、かな?」
そんなやましい考えも裏腹、先輩からの熱烈な眼の力にやられそうになった俺は頷いてしまった。
「じゃ、じゃあ……お礼だけ」
「うん! ありがとっ! それじゃあ、私5限あるからその後にでも!」
そう言って走り去っていく先輩の表情はどこか明るそうだった。
「――って、あ! 連絡手段ないよね」
——別れも惜しむ時間すら与えず、真っ直ぐ戻ってくる姿もそれはそれで可愛かった。
それから数時間後。
俺は大学付属の図書館で藤宮先輩の裏の顔「ドデカメロン先生」のSNSアカウントを横目に課題に取り組んだあと、交換したラインでやり取りして待ち合わせ場所にした大学正門前の壁に背中を預けて待っていた。
授業中のはずなのに止まらない怒涛の投稿に驚いたが、ドデカメロン先生はまえから投稿は多い方だった。平日や休日は関係なく、エッチなイラストを投稿するし、よくノートに書いたラフも投稿したりしている。
そう考えると授業中に描いてることになるよな。
あんなエロいイラストを授業中に描くなんて……想像できないな。
まぁまだ、自分の口から言ったわけじゃないから絶対にそうだと決まったわけじゃない。そこのところはなるべく考えないでただ単純にお礼を頂くだけにすればいい。考えすぎは俺の悪いところだ。
10分ほど待っていると横からトントンと肩を叩かれた。
「ごめんね、待った?」
話しかけてきたのはもちろん藤宮先輩だった。
昼過ぎに見た綺麗な藤宮さんそのもの。
透き通った白色のトップスにすらっとしたタイトなジーンズ。肩からは小さくて可愛いポーチが掛けられていて、清楚の中に見惚れちゃう何かがあるコーデで身を包んでいた。
本当に可愛い人だな……と見惚れていると、目元で手を振られる。
「あれ、聞いてる? ねぇ、おーい?」
「あっ。す、すみません……」
「あ、気付いた。びっくりした、話しかけたらいきなり固まっちゃうし~~」
「すみません……なんか、ちょっと」
「なんかずっと見つめてきてくるから恥ずかしかったよ、もぉ」
「え、俺、見つめてましたか⁉」
「うん。すっごく見つめられてた」
まさか、俺、口で可愛いとか言っちゃったんじゃ⁉
「なんか言ってませんでしたか?」
「え、うーん。何も言ってないと思うけど?」
「そ、そうですか」
「うん?」
首を傾げる先輩にたははと笑って誤魔化した。
「いや、本当にこっちの話なので」
「えぇ~~。なんかのけ者にされるのは好きじゃないんだけどなぁ」
そう言うと先輩は少しだけ可哀想な表情をしていて、少し悩んだ挙句結局口に出す。
今まで言わなかったんだ。藤宮先輩の一人のファンとして言っておいてもいいだろう。
「……その、えと。か、可愛いと思ってただけですよ」
「え、可愛い? そ、そっか。ありがと」
すると、頬を少しだけ赤くして視線を逸らす。
そういうところも含めて、先輩の豊かな顔は可愛かった。
「藤宮先輩も、意外と照れるんですね」
「ま、まぁ、女の子だからね?」
あははと誤魔化した先輩は俺の腕を掴んで、引っ張った。
「それじゃ、行くよっ」
引っ張るその横顔が少し赤く染まっていたのはとても意外だった。
「それで、お礼ってなんなんですか?」
「んと、それははね――内緒」
「何でですか……」
「だって、先に知っちゃったら面白くないでしょ?」
面白くないことはないと思うが、ていうかお礼なんだし。
何か面白そうに微笑む先輩。
すると、先輩はスマホを取り出して何かピコピコ打っていた。
「あの、藤宮先輩?」
「……ごめんね、ちょっと待って」
と集中してると俺のスマホの通知のバイブレーションが鳴った。
「っえ」
なんだなんだ。親からのラインかなと思っているとその通知はSNSアプリだった。
アプリアイコンを押して、中身を見る。
若干寒気がしたが、いやいやと気付く気持ちを押さえた。
しかし、その嫌な予感は正解だった。
『やばい、食べちゃってもいいかな?』
それはドデカメロン先生の投稿通知だった。
「ぶふぉ⁉」
「だ、大丈夫⁉」
いつの間にかスマホをしまっていた藤宮先輩が思わず噴き出す俺に駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫……ですっ」
やばい。やばい。やばい。
この人、飛んだ変態だ。
やっぱりドデカメロン先生だ。
投稿されていたのはメッセージだけじゃなくてイラスト付きだった。
それも、シチュエーションが可愛いお姉さんが後輩君と夜の街を歩きながら、火照っちゃう姿のイラスト。
それにプラスしての「やばい、食べちゃってもいいかな?」という台詞。
一見、ただの台詞付きイラストだと思うかもしれないが今の俺には分かる。
これは台詞ではない。
シチュエーションが一緒で、顔が若干赤いところも一緒。
それすなわち――藤宮先輩が本当にそう思ってる可能性だ。
「急に、噴き出すからびっくりしたぁ」
そう言いながら再び取り出すスマホ。
ポチポチっと何やら打っているのが見えて、再び通知が来る。
恐る恐る開いてみると案の定だった。
『後輩ちゃんが噴き出した時ってどうすればいいのかな?』
——という意味深な投稿だった。
「っ」
「さっきから大丈夫?」
「い、いやまぁ……」
それはこっちがそっくりそのまま返したい。
絶対にそうだ、絶対に先輩がドデカメロン先生だ。
これで違ったらあまりにも運が良過ぎる。
バクバクの心臓をなんとか制そうとしていると再び肩を叩かれた。
「――はいっ?」
振り向くと、指を立てられてほっぺにむにっと指が刺さった。
「ねぇ、そう言えば名前聞いてなかったんだけどさ、教えてくれない?」
「あ、えと……堀田直哉です」
「堀田って言うんだね、苗字」
「まぁ、ラインにかいてないですもんね……」
「私は藤宮姫子、まぁ知ってると思うけど」
「ははは」
なんで急に自己紹介を?
そう思っていると先輩はニヤリと笑って呟いた。
「そんな直哉君に質問なんだけど……さっきからなんの通知きてるのかな?」
「えっ」
ぐいぐいと胸を押し付けてくる先輩はなぜか、もの凄く、怖く見えてしまった。
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