第1話「いやいや、変態すぎでしょ」


 それから――1時間後。

 気が動転した俺は大学の図書館の自習室で頭を抱えながら、ただひたすら微分の問題を見つめていた。


 いやいや、それはないでしょう。それは。

 これってあれだよね、質のいい夢か何かだよね?

 

 しかも、それがだ。

 彼女は――ただの女子じゃない。


 あの藤宮姫子だ。

 あの、だぞ!


 昨年の春に開催された〇〇大学主催のミスコンで優勝を収めた、誰もが可愛いと言える憧れの存在。


 顔はモデルや女優、アイドル顔負けで表情豊かで誰にも優しく、その声は声優よりも美しく、清く、尊い。


 スタイルは抜群で、身長も俺の肩程度で丁度よく、それでいて胸のアップダウンはヒマラヤ級。戦艦大和の手法も黙ってないくらいの爆発力すらある。


 ——つまり、何が言いたいかというと。


 という事実にだ。


 思い出して見ろ、俺が名刺の名前を見てしまったときのあの表情。


『あ、いや――これはちがkて……そのね、えっと、私が好きな漫画家で……えへへ』


 だぞ?

 真っ赤な頬に、歪んだ笑顔で、なんならもう絶望の色すらあった。


 だいたい、その理由には無理があるだろうが。


 名刺の上に本名書いてあったぞ? 

 思いっきり、藤宮姫子って。それも明朝体で礼儀正しくだ。


 

 だいたい、エロ漫画家って名刺なんか持ってるのか?

 そういうビジネス的なあれを携帯してるのか? 正直そっちの世界の事はよく分からないけど……。


 まぁ、それがなかったとして藤宮先輩が言ったことが本当だったとしても大問題だ。


 俺的には大歓迎だけど、イメージ的にはもう致命的だ。


 ――あの藤宮さんがエロ漫画家のファンだったなんて!!


 と藤宮ファンクラブ同好会の会員が黙っていない。狼煙を上げて規制するってもんだ。


「ってはぁ……まじで、どうすりゃいいんだよ」


 ほぼ誰もいない、昼過ぎの自習室に俺のため息が響き渡った。


 俺はなんか自暴自棄になってスマホのSNSアプリを開いた。


 タイムラインには俺がフォローしているたくさんのイラストレーターさんの投稿やアニメ好きオタクの愚痴からアニメ公式アカウントの投稿まで、そのなかに何個か混じってくるエッチな絵をかく有名イラストレーターさんがちらほらと見受けられる。


 あぁ、白状しよう。

 俺は変態だ。


 ヘタレで雑魚で友達も少なくて彼女もいない独り身大学生だ。

 そんな俺が逃げ着くのはいつもだ。





 スク水を着ながら思いっきりジャンプする巨乳でエッチな女の子のイラスト。



 スクロール☝



 教室の隅っこで自慰に走っている地味ダウナー女子のイラスト。



 スクロール☝



 幼馴染のお姉ちゃんが大きなおっぱいを披露しながらこしこしするイラスト。






 スクロ―ってこれ、じゃないか!!


 いや、藤宮先輩凄すぎでしょ。いや、ドデカメロン先生って言った方がいいのかなこの場合? って、そんなことよりもどういう心境で投稿してるんだよ!


 だいたい、なんだこのタイトル!


『早く、こうなりたい』


 って、おい!

 あんた飛んだド変態だな!

 早くこうなりたいって願望丸出しじゃねーか!


 いやまぁ、絵はすっごくイイんだけども!


「……はぁ」


 くそぉ、疲れた。

 なんなんだ、この投稿は。


 と、興味本位で俺はお気に入りにまで登録している先生のプロフィールを覗いた。


 そこにはこの1時間で為された無数の投稿があった。




『やばいやばいやばい、ちょーやばい』 

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『バレちゃったかもしれない、大学の後輩にバレちゃったかもしれない。どうしよう』

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『こういう時ってどうすればいい? また話したほうがいいのかな?』

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『あ、それいいかも! 私の漫画とかイラストのモデルになってもらうのありだよね!』

 いいね♡5000件 リツイート🔁1000 コメント890件






 その一連の流れを見た時は背中にビリビリと電気が走った。

 寒さ、悪寒? それとも恐怖?


 何かは分からなかったけど、とにかく怖くなってしまった。

 てか、絶対”大学の後輩”って俺だよな? 俺の事だよな?


 それで何? 私の漫画とかイラストのモデルになってもらうのありだよね――って?

 はい、どういうことなんですか?

 

 いやまぁ、エロ漫画イラストのモデルになれるのはいいけどさ、でも――勝手には決めないでくれよ。


 話が急すぎてついて行けないって言うかさ?

 


 ただ、俺の大好きなイラストレータの一人なので震える指でいいねボタンを押し込んだ。


 すると


 ——ピコンっ! 


 通知の欄が光り、タップしてみるとドデカメロン先生の新規投稿だった。


 恐る恐る開いてみると、


『ていうか、もしかしたら今の投稿も見られちゃってるんだよね? やばいよぉ、名前ドデカメロンだよ!』


 はい、見てますよ先輩。

 見ちゃってますよ。


 ドデカメロン信者ですよ! 俺は!


「はぁ、くそぉ、一体どうすれば……」


 ボソッと独り言を呟き、溜息を吐いたと同時に。

 俺の肩がトントンと叩かれる。


 慌てて振り向く俺。


「あ、すみません、うるさかった――で、す……よ…………ね」


 思わず、絶句してしまった。

 だって、目の前にいるのが当の本人でもあるドデカメロン先生改め藤宮姫子先輩だったのだから。


「ね、ねぇ、ちょっといいかな?」



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