第24話父との軋轢
――ヴェインのお父様と会う日がやってきた。
場所はヴェインの邸宅。
ヴェインと私は、リビングで同じソファーに腰掛けていた。
目の前にはヴェインのお父様とお母さまが座っている。
ヴェインが私を二人に紹介する。
「こちらがこの前話したミシェルさんです。そして僕とお付き合いをしている方です」
ヴェインはきっとお父様とお話するのも嫌でしょうに。
冷静にそう言っていた。
「ど、どうもミシェル・ブラウンです」
気難しそうな顔のヴェインのお父様と、反対に優しいそうな顔のお母さまにご挨拶をした。
どどどど、どうしよう。
緊張で吐きそう。
ヴェインがこう切り出し始めた。
「僕はミシェルさんと真剣に交際させてもらっている。だから今度のお見合いの話はなかったことにしてくれ」
ヴェインのお母さまは、何か心配そうな顔をお父様のほうに向けて「あなた、ヴェインの決めたお相手なのですから、お認めになられては……」と言った。
対してヴェインのお父様は意外にも「……分かった。好きにしなさい」と素直に承諾した。
意外な反応に私とヴェインは、面食らったような顔になっていたことでしょう。
そして私は思っていたようなお父様の印象と違うと思った。
息子のしていることについて、こんなにあっさりと認めるような人ではないように思っていた。
ヴェインから聞いていた話の印象と違う。
そう思ったのだった。
だから――ついこう聞いてしまった。
「あの、どうしてヴェインが裁判官になることをご反対されているのですか?」
「ミシェル急に何を?」とヴェインがたじろいでいた。
私のその言葉に一瞬驚いたふうな顔をしたお父様。
そしてこう話し始めました。
「そうですか。ヴェインから色々聞いておいでなのですね……。今更こんなことを言ってももう手遅れなのでしょうが……。分かりました。お話しましょう。あれはヴェインが生まれたばかりの頃の話です――」
――私は、裁判官の職務に誇りを持っていました。
真面目に職務を全うしているつもりでした。
だがある時に、その誇りは突如として崩れ去ることになったのです。
ある裁判を務めたときのこと。
その裁判は、大貴族の者が平民の者たちを誘拐し、奴隷として売買していたという事件でした。
その者がやった証拠も充分。
また罪の意識も反省もみられない。
こんな事件は早々に極刑が確実でした。
だが――。
その事件の犯人は私に賄賂を提示してきた。
その代わりに自分を無罪にしろということでした。
無論、私はそんなことに首を縦に振るほど愚かではなかった。
しかし、私が金に靡かないとみるや今度は、「ならばお前の妻がどうなっても良いのか。それか生まれたばかりの息子はどうかな。まあ、素直に金を受け取ったほうがお主のためではないかな」と私の妻や、その時まだ一歳にも満たないヴェインに危害を加えてやると脅された。
私はどうしたら良いのか分からなかった。
私には何も選択の余地などなかった。
私の愛する家族を危険に晒す訳にいかなかった。
私には家族が全てであった。
その大貴族の権力は絶大であった。
この者ならば本当にやりかねない。
だからこれは脅しなどではないことは明白であった。
私は金を受け取った。
逆らえなかった。
私は己の家族のほうが大事であった。
事件の被害者たちには、本当に本当に申し訳ないことをしたと思っている。
どう償っても償いきれないほどの大罪を、私は犯してしまったのだ。
それからというもの、貴族が相手の裁判では毎度のように賄賂を受け取り、無罪を言い渡すことが続いた。
私が賄賂で無罪にしたという前例を作ってしまったからだ。
貴族たちはそんな私を、ただ無罪の判を叩くだけの傀儡にしか思っていなかったのでしょう。
私の天秤の胸バッジはもはやお飾りでしかなかった。
そうしてそんなことがさも当たり前かのように続いた。
地獄のようであった。
心の中が、まるで地獄の業火で焼かれているかのような日々が続いた。
それは神から私への当然の仕打ちであったのだろう。
罪を背負って生きろという宿命だったのでしょう。
私には祈ることしか出来なかった。
どうかお許しくださいと、神への言葉を捧げることしか、この罪から逃れる術はありませんでした――。
「――これが私の今までの罪の告白です。私の息子に同じ道を辿って欲しくはない。だから裁判官への道を反対してきた。ヴェイン、お前には今まですまないことをした……」
「嘘だ……。だってあんたは賄賂を受け取って至福を肥やすクソ野郎なはずだろ?」ヴェインが動揺してそう言った。
「私がお前にどう思われようとも構わない。だが、裁判官になるのだけは絶対にやめろ。お前に私と同じ業を背負わせたくはないのだ」
「そんな何で今まで言ってくれなかったんだよ!?」
「言ったところで何になる? 私の今までの罪が消えるとでも? それに、お前は別に知らなくても良いことだ」
「んだよそれ! じゃあ母さんは知ってたのかよ!?」
「ええ、知っていたわ」ヴェインのお母さまが淡々なふうにそう答えた。
「じゃあ、俺だけ今まで何にも知らずに生きてきた、大馬鹿野郎ってわけじゃねえかよ……」
「なあ、ヴェイン、お前には本当にすまないことをしたと思っている。だがどうか分かっていて欲しい。お前に私がどう思われようとも、お前は私のたった一人の愛する息子であるということを」
「ちくしょう……クソ親父が」ヴェインはそう言うと、ボロボロと泣き崩れたのでした――。
――私は今ヴェインの邸宅を後にし、ヴェインに付き添われるように家に帰るところだった。
「――ねえ、ヴェイン」
「なんだミシェル?」
「その、良かったですね。親子のわだかまりみたいなのが解けて」
「……そうだな。これもミシェルのおかげだな。ということでミシェルには俺から感謝のキスを――」
「結構です!」
「そう言うなよミシェル」
「ちょっとやめてください、ヴェイン!」
「まあ、そう逃げないでくれよ」
ヴェインはそう言いながら私を走って追いかけてきたのでした……。
もう、またこのパターンなのですかー!
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