第23話ヴェインの過去

季節は過ぎ、今はもう夏になろうとしていた。


学院では夏休みの時期になるところだった。




――そんな時にヴェインからこう告げられた。




「なあ、ミシェルちょっと頼みがあるんだけど……」




「なんですか改まって?」




「実はさ俺と一緒に親父と会って欲しいんだけど……」




「はあ!?」




そんな驚いた声を発した私を他所に、ヴェインはいつものおちゃらけたふうな様子ではなく、青ざめたような顔をしていた。




こんなヴェインは初めて見る。


どうしたというのだろう?




いつもならちゃらい調子で「やっほー、俺のミシェルちゃん。今日も君は素敵だなー」とかなんとか言っても良いだろうに。




「何か事情があるのですね?」




「ああ……、実は地方判事である親父が、休暇で帰ってくるみたいなんだ」




「そうなのですね。それは良かったではありませんか」




「いや、全然良くないよ……」




「どういうことですか?」




「それがあのクソ親父の奴、俺に見合いの話を持ってきやがった。どうせあのクソ親父のことだから碌な相手じゃないんだろうけどな……」




苛立つ声を上げてヴェインがそう言った。




「待ってください。ちょっと話が読めないのですが、一から説明してもらえませんか?」




私のその言葉に少し冷静さ取り戻したようなヴェイン。




「ああ、そうだよな……。まずどこから話そうか――」






――ガキの頃から親父が大嫌いだった。


理由は簡単。




あのクソ親父が悪事を働いているからだ。


地方の判事である親父は、貴族連中が裁判にかけられた際、そいつらから賄賂を受け取ることで無罪にしちまうのだ。




その時、被害者であった平民たちは泣き寝入りするしかなかった。




許せない。


そんな不正に親父が手を染めていることを知った俺は、子供ながらに嫌悪感を抱いた。




親父が憎かった。


と同時に、親父が汚いことで至福を肥やし、その得た金で生きている自分自身が、とても腹立たしかった。


そして権力者や貴族といった連中を心底軽蔑した。


偉い奴らはみんな非道なことを平然と出来てしまう、そんなクソ野郎共なのだと。


子供ながらにそう悟った。




それと同時にこんなことは、正さなければいけないと思った。




だから俺は必死になって勉学に励んだ。




たくさん勉強すれば世の中を正していくための方法が見つかると考えた。


その道が開けると思った。




そうしてある時こう思い付いた。


自分が裁判官になれば良いのだと。




あの忌々しいクソ親父が、裁判官になどなっていてはいけない。


悪しきものが、その地位を悪用するから不正が横行するようになるのだ。




なら、正しき心で正しく人を裁けるような人間が、その地位に付けば良い。


決して不正など働かない人間。


それは俺しか出来ないことだと思った。




そしてなにより、俺が世の中を正していくことで、今まで親父のせいで泣く泣く苦渋を飲まされてきた人たちに対して、少しでも罪滅ぼしがしたかった。






――だから俺は親父に面と向かってこう啖呵をきった。




「俺は将来裁判官になる! 勿論、アンタみたいな腐った裁判官ではなくて、正しく人を罰せられるような裁判官になるんだ!」




そしたら親父はなんて言ったと思う?




「……お前は、裁判官になどなってはいけない」




俺の決意した心を、まるでへし折るかのように、びしゃりとそんなことを言いやがった。




だから俺は、そんな親父に反抗するように、


「ああ、そうかよ! アンタはきっと怖いんだろう? アンタは俺が裁判官になってしまったら、俺がアンタの今までの悪事を暴露されて、なおかつ俺にアンタが裁かれる、そんな日がくるのが怖いんだろう?」と、脅すように言ってのけた。




「私がお前にどう思われようともいい。だがお前は、裁判官なんぞには絶対になってはいけない。お前に私と同じ――」




「もういい、アンタの言葉はたくさんだ! どのみちアンタみたいなクソ親父なんかの言うことなんて聞くつもりはないからな!」




そう吐き捨て親父を睨みつけた。




――その一件があってからというもの、俺は親父とは二度と口を聞いてはいない。


これからも親父と言葉を交わすつもりはない――。






「――とまあ、俺の親父の話は大体そんな感じ」




「そうだったのですね……」




そう言えばヴェインと私が初めて出会った時、確か”お貴族様”という言葉を使っていたっけ。


今思えばあれは、貴族への軽蔑心の表れだったのですね。




「でもそれと、私がヴェインのお父様にお会いしなきゃいけない理由が繋がらないのですが」




「いや、それがさ、どうやらその見合いの相手がクソ貴族のご令嬢だって話なんだよ」




「ああ、ヴェインはその方とお見合いをしたくないということですね。それで私に恋人か何かのふりをしてなんとかお見合いをかわしたい。そういうことですね?」




「ああ、その通りなんだ」




「そういうことなら別に良いですよ」




「……ミシェルすまない。君をこんなことに巻き込んでしまって」




「何を今更、私は今まで散々ヴェインに巻き込まれっぱなしなのですよ。もうヴェインに巻き込まれるのは慣れっこですわ」




「……ありがとうミシェル」




「いいえ、謝ることではありませんわ……」




「このお礼は必ずするから」




「どうせヴェインのことですから、『俺からの熱いキスのお礼をー』とか言ってキスしようとするのでしょう?」




「すごいなミシェルは。よくわかったな」




「って……本当にそうだったんですか。呆れましたわ」




「なんなら今しても良いんだぜ」




「いいえ、結構です」




「冷たいなミシェルは」




「ヴェインが熱すぎるだけでは?」




少し沈黙が走ったのち、二人して笑い合った。


何がどうおかしかったのかと聞かれると説明しづらいのですが。


敢えて言うなら私たち二人を包んでいる空気感が何となく面白かった。


ただそれだけのことでしょう――。

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