第19話お友達を呼んだだけのはずなのですが

「あのー……。私、お邪魔になっていないでしょうか?」




リコのもの凄く申し訳なさそうな顔。


ヴェインの何故かニコニコとした顔。


私からヴェインに向けられた、分かりやすく嫌そうな顔。


二人は今、私と一緒に帰りの馬車で揺られている。




ヴェインに限っては、お邪魔虫にもほどがあるのだけれど……。


なんでこうなったのかしら……。




「いやいや、全然。もう俺たち三人友達だろ? 友達同士が仲良く家に遊びに行くのは普通のことだろ?」




「あなたに限っては友達でもなんでもありません、ヴェイン!」




「分かってる。ミシェルのそういうつっけんどんなとこ。本当は俺に対する愛情表現なんだよな。……まったく照れ屋さんだなミシェルは」




なんだろう……。


頭痛が痛いとはこのことなのでしょうか。


この人と話をしているといつもそういう感覚になる。




なんでこうなってしまったのかしら……。




――遡ること数時間前のことです。


それは放課後のことでした。




「ねえリコ一緒に帰りましょうよ。というか私のお家にぜひ遊びに来てくださらない?」




「え? 良いのですか?」




「勿論。だって私達もう友達でしょう? 友達を家に招待するのは普通のことでしょ?」




「ミシェルさん……。私、嬉しいです」




「俺もついていって良いかな? うん、そうだよな良いよな。よし、そうしよう!」




当たり前のようについて来ようとするヴェイン。




「何を一人で完結しているのですかヴェイン! あなたはこないでくださいね」




敵意むき出しにヴェインを突き放す。




「俺は絶対にミシェルを諦めないぜ」




「あっそうですか。ご勝手にどうぞ」




ヴェインとは距離を取りつつ、リコと馬車の停留場に向かう。


そしてリコと一緒に馬車に乗り込もうとした時。


ヴェインが後ろから忍者のようにひょいっと同じ馬車に乗り込んできた。




「ちょ、ちょっとヴェインどういうつもりですか!? 降りてください!」




殺意むき出しでヴェインに言ってのける。




「まあまあ、良いじゃないかミシェル。俺たちはもう、運面の赤い糸で結ばれた仲なのだから。ならこれから、ミシェルの両親に挨拶に行こうじゃないか」




そう言いながらヴェインは私の手にキスをしてきた……。




「ほわわわわっ!?」と叫び、リコが顔を真っ赤にして一連の様子をみていた。




「ちょ、ちょっとヴェインいきなりなにするんですか!」




「なにってほら、これが僕の気持ちさ」




なんなのよもう!


この人といるといつも自分のペースが崩されてしまうわ。




……私はおもわずヴェインにキスされた手を見つめてしまった。


先日、ヴェインから私の頬にキスされたことが頭を過ぎった。


嫌だ、私……。


なんなのよもう、こんなことでドキドキしちゃってるわ私!


ヴェインのこと意識したくないはずなのに、何故だか意識しちゃうのは何でなのよー!




そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ヴェインは私にこう言ったのでした。




「俺の気持ち、分かってくれたなら良かった」




目を薄く開きながら私を見つめ、優し気にそう言う彼。




そ、そんな目で見ないでよ。


ずるいわ……。




「分かりました。ヴェインも一緒に私の家にきても良いですよ。ただし、くれぐれも変なことはしないでくださいね」




「ああ、分かってるさ」




本当かしら。


なにか嫌な予感がするのは私だけでしょうか……。


そんなモヤモヤとした思いを胸に抱きながら馬車に揺られたのでした……。




――と、これがさっきまであったこと。




そして今、家に着いた私たちはちょっとした修羅場になっていたのでした。




玄関で私たちを出迎えてくれたお父様が「ミ、ミシェルが男を連れてきたー!」


と、言いながらヴェインに向かって「貴様はミシェルのなんなんだ!」と言いながら激しく同様しだした。




それに反してお母さまは「あらあら、二人の式はいつになるのかしら?」


と、我が子そっちのけでヴェインとの結婚の話を進めようとしている。




どうしてこうなるのよ……。




「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて。今日は私のお友達を連れてきただけですから。あとお父様はヴェインの首にかけているその手を離してあげてください。死んじゃいそうなので」




「お友達……? なんだそういうことか。てっきり私の可愛い娘に男が出来たのかと、つい殺気だってしまったわい」




お父様はそう言いながら今にも気絶しかけているヴェインから手を離した。




「ゴホゴホッ!」とヴェインは首をさすりながらせき込んでいた。




そしてヴェインは恐怖でガクガクと震えだした。


なんだか可哀そうね。




まったく帰ってきてそうそう慌ただしいんだから……。




「皆さん、今日は来てくれてありがとう。うちは大したお出迎えも出来ないけれど、ゆっくりしていってくださいね」と、お母様が微笑みながらそう言った。




「は、はい! お邪魔します」




リコが緊張した面持ちでそう言った。




「どうもはじめましてお母様。僕ヴェインと申します。ミシェルさんとはそれはもう”とても特別”に仲良くさせて頂いてまして……」




「ちょ、ちょっとヴェイン! 急に何を言っているのですが!」




「貴様ー! やはりミシェルとはそうなのだな!? ジュリア包丁はどこであったかなー!?」




あーあ。


余計なことを言わなければ良いものを。


つい口走ってしまったのでしょうねヴェインは。




「あ、あの……お父様どうか落ち着いて、ここは穏便に……」




「誰がお父様じゃ! ミシェルをたぶらかしおったごろつき野郎は黙っておれー!」




「ハイィー! すみませんでした!」




「あなた落ち着いて。それに言葉が乱暴過ぎますよ。はしたないですわよ」




お母さまが、今にも凶行に走りそうになっているお父様に苦言を呈する。


するとお父様はその言葉を聞いて、段々と落着きを取り戻していった。


お母さますごいわ。


あの今にも暴れ出しそうなお父様を簡単にいなしちゃった。




「……すまないジュリアよ。君のおかげで目が覚めた。いつもすまないね」




「いいえ、気にしなくて良いのよあなた。それだけミシェルのことを思っているということですから」




「おお、ジュリア。こんな私にいつも優しい言葉をかけてくれるのは君だけだ。私はもう君なしじゃ生きていけないよ。君のいない人生なんて私には考えられないよ」




なにやら目頭が熱くなっているかのような顔をし出したお父様。




「あなたいいのよー。あなたは私にいつも熱い愛情の言葉を言ってくれる。そんな情熱的なあなたに私はいつも救われているのよ。私はそんなあなたを愛しているのですわよー」




「おお、ジュリア!」




「ああ、あなた!」




二人は熱い視線を向けあっている。




さっきから私たちは何を見せられているの……?


なんなの? 


これから歌でも歌い始めて、ミュージカルでも始まるの?


ロミオとジュリエットの舞台か何か始まるのかしら?




「二人がものすごく想い合っているのはわかりましたから。充分見せびらかされましたから。だからはやくヴェインとリコを居間にお通ししましょうね」




二人は私のその言葉に、ああそうだった今日はミシェルのお友達が来てるんだった、というような顔をした。


どうやらそのことを忘れるくらい二人は今愛し合っていたようで……。


まあ、娘としては何よりなことですわ……。




「じゃあ、どうぞ二人とも上がって」




お母さまがそう言った。




三人で居間へときた。




居間へあがると、お母さまが私たちに紅茶を出してくれた。




私たち三人は一緒のソファーに座っていた。


その向かいのソファーにはお父様とお母様が座っている。


その五人で他愛もない会話をしていた。




でもお父様だけは、終始ヴェインのことをギロっと睨んでもいた。


何をそんなに警戒しているのやら。


ヴェインとは普通にお友達の関係なはずなのですが……。


お父様のヴェインを見る目が何かとても厳しい。




……紅茶を飲んだからでしょうか。


催してきたので「……私ちょっとお手洗いにいってまいりますね」そう言うと私はお花を摘みへと行く。




その最中、考え事をしていた。




よくよく考えたら私、お友達と呼べる人を家に呼ぶのなんて、前世の人生含めて初めてのことじゃないかしら?


前世ではまあ、そもそもお友達と呼べる人が一人もいなかったのだからしょうがないことですが。




でもこの第二の人生の私はお友達がいる。


お友達がいるなんてこと、普通な事と言えばそうなのかもしれない。


けれどそんな普通なことが私にとっては、とっても嬉しいことだった。


私本当に良かった……。






私がお手洗いから戻ると、そこには奇妙な光景が広がっていました。




ヴェインとお父様がすったもんだの大騒ぎを繰り広げている。


リコは泣いているし、お母さまにいたってはこの状況下で優雅に紅茶を飲んでいた。




なんで?


私のいない間に何が起きてたっていうの……?

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