第18話私もあなたと同じです!
<アルバート視点>
金糸のように煌びやかな髪色。
瞼にほどよく垂れた前髪。
柔らかな優しさを兼ね備えている、その美しい青目の瞳。
それら全てが、ユリウス王子をユリウス王子たら占めている。
そういう優麗さがみてとれた。
私は今、そのユリウス様と二人で生徒会執務室にいる。
そこに置かれている机越しに、ユリウス様と対面していた。
「アル、今日は私の護衛など考えないでとにかく休め」
突如ユリウス様からお休みを申しつけられてしまった。
暇を与えられたということはつまり……。
「な、何故です!? ま、まさかそんな、今日から私はもうお役御免ということですか?」
「いやいや違うよ。単にお前に、一時の休みを与えると言っているだけだ」
「よ、良かった……。ですが、ユリウス王子殿下の護衛をするのに休む暇などございません。ですので、休みなど私には無用にございます」
「ああ、もう堅い堅い。お前は少し真面目すぎる。まあ、アルのそういうところが私は好きなのだがな」
「……勿体ないお言葉です」
「なんだ照れておるのか?」
「……からかうのはお止めください、ユリウス様」
「ははは、いやすまない。では話を戻そうか。いやな、今日はお前に何が何でも休んで貰おうと思ってな」
「そんな、いつ王子殿下に刺客がくるやもしれません、あるいは何か狂人の類いがユリウス様を今か今かと狙っておるやもしれません。そんな者らからユリウス王子殿下をお守りしなれば。ですので私に休みなどいりません」
ユリウス様は少し困り顔になりながらこう言った。
「相変わらず本当に堅いなお前は。だがな、その刺客とやらも、その狂人とやらもこの学院内にいれば安全であろう? 私は思うのだ。学院内にいる時くらいはお前の護衛の仕事は休んでも良いのではないかとね。それにな、アル、休むのも立派な仕事のうちなのだぞ」
「はあ……ですがしかし」
「良いから休め。それにな、お前は私と生徒会のメンバー以外の生徒とはほとんど関わりを持っていないのだろう?」
「はい、そうですが」
ユリウス王子以外の者と関わる意味など、正直私にはないと思っている。
私は、ユリウス様とともにいられるだけで、とても幸せでありそして名誉なことなのだから。
「ならなおのこと休め。そして休んでいる間に他の生徒と見聞を広めてこい。それも護衛としての仕事のうちだし、生徒会副会長でもあるお前の仕事のうちだ。分かったか?」
「……分かりました。仰せのままにユリウス様」
「うむ、よろしい」
ユリウス様がゴホンと咳払いをしてから更にこう言った。
「それに、お前にもそろそろ浮いた話の一つや二つあっても良い年ごろだと思うのだが……。中々どうしてお前ときたら……」
ユリウス様が、私を何か残念そうなものをみるかのような目を向けてくる。
「私は色恋のことなどには別に興味はありませんので。それに女性の方というものが少々苦手でして」
「何故だ? そんな女を手玉にとるのが上手そうな顔をしておるのに?」
「……? 言っている意味がよく分かりませんが、私が女性を苦手に感じるのは、その……。女性の方が何を考えているのか、よく分からないからなのです。以前女性の方が私の顔を一目見ただけで、キャーと言う悲鳴を上げられてしまったことがありました。それに、私の方から女性の方に話しかけた時には、その女性もまたキャーという悲鳴を発しながらどこかへいかれてしまったのです。多分ですが、私は、女性の方から避けられているというか、嫌われているのではないかと思っているのです。理由はよく分からないのですが……」
その私の話を聞いたユリウス様が、はぁーと、深く溜息をつかれた。
そしてまた、何か酷く残念そうなものを見るような目を向けてきた。
「あのなあ、アルよ、それは女性のほんの照れ隠しというかなんというか、いやお前にこの話をしたところで理解してはくれないか……」
「何かすみません……ユリウス様」
「いや別に謝ることではないのだが……。だがそうか、困ったものだな」
「何がです?」
「いやな、私が以前女子生徒同士が噂をしているのを聞いてな。その内容が、私とお前が実は……何というか男同士の熱い……そういう仲なのではないかと話しているのをたまたな耳にしてしまってな……」
「はあ……、私はユリウス様とは、堅く結ばれた友情の糸で繋がっていると自負しておりますので、その噂は別に何も間違いではないと思うのですが?」
「いや、大間違いだ! お前はそもそもこの話の意味が分かっていないだけだ。あとさっきの『固く結ばれた友情の糸で繋がっている』なんてこと死んでも人前で申すでないぞ!」
何かとても焦られたご様子のユリウス様。
そんなユリウス様もまた、愛おしく思えた。
「聞いておるのかアルバート!?」
「はい……? いえ何のことだったでしょうか?」
「ああ、もういい! はやくここから出ていけ。そしてどこぞの女子生徒と運命の赤い糸でさっさと結ばれてこい!」
「はあ。分かり……ました?」
「そうか何も分かってないようで何よりだよ! じゃあ、またあとでな、アル!」
そう言うと、ユリウス様は私を執務室から追い出し、ビシャッと扉を閉めた。
……さてどうしたものか。
何もすることがなくなってしまった……。
ユリウス様は見聞を広めると仰ったけれど、どうしたらよいのだろう?
私は人付き合いとういうものは苦手なのだけれど……。
まあ、特段することもないから花壇の手入れでもしよう。
さしずめ、花との見聞を広めるといったところでしょうか……。
――――
花壇のあるところにきた。
色々な花が見事に咲いている。
でも私は、やはりこのゼラニウムの花が、なんといっても一番好きだ。
この花をみていると、ユリウス王子と”真の友情”を誓ったあの時のことを、つい昨日のことのように思い出す。
だが、この花たちもいつかは枯れていく定め。
私は枯れた花を見ると、とても心苦しく思う。
ユリウス様と私との、真の友としての信頼は、一生枯れることのないものでありたいものだ……。
私は花壇の手入れに勤しんでいた。
けれど、段々特にすることもなくなってきた。
なので呑気に花壇の花たちをじっと見ていた。
――そんな時に、女子生徒が私にぶつかってきたのだった。
「あ、いたたー。ってごめんさない。私ったらちゃんと前もみずに」
ぶつかったことなど、さして気にすることでもなかった。
「いえ、別に気にしていませんよ」
何やら慌てていたご様子のその女子生徒。
そしてその女子生徒と軽く会話を交わすことが出来た。
普通に普通の会話を、女性の方とこうして出来る日がくるとは、どこか普通に嬉しいような気がした。
そうか私は、今までこうして普通のことを出来ていなかったのだなと、改めて気付かされたのだった。
どこからか男の声が聞こえてきた。
多分だが、この女子生徒を探しているらしかった。
その女子生徒さんが、マズイといった顔をしていた。
そして「アルバート様助けてください」と言われた。
素直に協力することにした。
するとあれやこれやと、見知らぬ女子生徒が私の背に隠れたのだった。
なんだか事情はよくわかりませんが別にいいか。
彼女を追ってきたかのように、特徴的な髪色の男子生徒がやってきた。
ミシェなんとかという女子生徒の行方を聞いてきた。
案の定だが、彼女のことを探しにきたようだ。
まあここはテキトーにあしらっておこう。
察するに彼女もきっとこのほうが良いのでしょう。
「あっちに向かいましたよ」
私がテキトーに指を指した方向に男子生徒が走っていった。
その姿はまるで、投げられたボールをはしゃいで追いかける、子犬のようにみえたのでした。
どことなく愛らしさを覚える。
彼女に安全を伝えた。
すると安心したような顔となった。
そしてここで何をしていたのかと聞かれた。
花壇の手入れをしていたが、暇を持て余し始めたので花見をしていたと、そのありのままを伝えた。
彼女から、私もその花見に混ぜてと言われた。
快くそれを快諾した。
花が好きなのかと彼女から聞かれた。
私は素直に好きだと返事をした。
すると彼女が「実は私も、花がとても好きなんです。花って良いですよね。花はそこに咲いているだけで、人々を惹きつけてしまう、そんな魅力があるといいますか……。そう、まるで私とは相容れない対照的な存在のような……。まるで、ユリウス王子とアルバート様のお二人のように、まぶしく美しい存在のような……。ってごめんなさい、私ったら何を言って……」ということを言ってきた。
私はその言葉を聞いてどう思ったのだろうか。
確かにユリウス王子は、そこのいるだけで人々を惹きつけてしまう魅力をお持ちなのは、自信をもっていえる。
というか、何気に私までも、ユリウス様と同じで魅力があると言われてしまった……。
一体どういうことなのでしょうか……。
これがいわゆるナンパというものでしょうか。
けれど普通ナンパというものは、男性のほうからするものだと聞いたことがある。
もしかすると、女性のほうからナンパをされるというのは、それ相応のなにか特別な意味を持っているのでしょうか。
だとしたらそれはとても光栄なことなのかもしれない。
なので私は「いえ、別に気にしていませんよ。ただ、女性の方から、そのような誘い文句が聞けるとは光栄です」と角を立てないつもりで返した。
「ああ、いやこれは違う……決してそういうつもりではなくて……」
違ったみたいです。
そういう意味ではなかったようです。
ちょっと残念です。
彼女はさらに「……何と言いますか、その、そこの花壇に咲いているゼラニウムの花を見ていると、ユリウス様とアルバート様のお二人が重なって見えるのです。その、知っていますか? ゼラニウムの花言葉は”真の友情”なのですよ。その花言葉はまるで、本当にお二人のことを言っているかのようだと思いまして……」と言った。
そう、ゼラニウムの花言葉はまさしく”真の友情”であった。
いつだったかあの日、ユリウス王子と交わした友の誓い。
一人の騎士として、ユリウス王子にこの身を捧げると誓ったあの日。
そして一人の友として、ユリウス様を絶対に裏切らないと誓ったあの日のこと。
あの日のことは今も、この胸に焼き付いている。
彼女はユリウス様と私が、ゼラニウムの花と同じようだと言ってくれた。
周りから見ても、そう見えていることが私は単純に嬉しかった。
だからついこう聞いてしまった。
「……ゼラニウムの花はお好きですか?」
彼女は「え? ええはい。とても尊い花のようで私は好きです」と言ってくださった。
私は胸が躍るように嬉しかった。
この方は私と同じもの見ている。
私と同じ景色を見ているのだ。
私と同じユリウス様のことをみておいでなのだ。
この方はさっき「尊い花のようで好き」だと言った。
その尊い花とはまさしく、ユリウス王子殿下のこと言っているに他ならないのでしょう。
私は彼女の目をじっと見つめた。
私と同じ、同好の士を見るように彼女をじーっと見続けた。
良かった。
ここにいた。
私と共通の趣味を語り合える方が。
この方となら、ユリウス様のことを好きな者どうしで熱く語り合えるのだ!
ああ、そうだった。
私も、彼女と同じ同士であると伝えねば……。
「私も……ユリウス王子殿下をお慕えしているように、このゼラニウムの花が好きなのです……」
あまり大っぴらには言いづらいことなので、それとなくこのように伝えた。
もちろん、私はユリウス様のことが好きであるように、ゼラニウムの花も好きである。
そうして私は最大限の笑みを彼女に送った。
大丈夫です、私もあなたと同じく、ユリウス王子殿下の、いうなれば熱烈なファンであると伝えるために。
どうか伝わっていて欲しい……。
そうだ、肝心なことを聞き忘れてしまっていた。
「あなたのお名前をまだ伺っておりませんでしたね。よろしければ伺っても?」
聞いてしまった、聞いてしまったぞ。
知らぬ女性の方の名前を聞く時は、こちらに好意があることを、暗に伝えていることなのだと聞いたことがある。
彼女は「え、ええ勿論。私はミシェル。ミシェル・ブラウンと申します」と言った。
「ミシェルさんですね。……覚えさせて頂きました。……私、人の名前を覚えるのが苦手でして。でも、あなたのような方のことは、決して忘れそうにありませんね」
なんといっても私とは、今日から同士の仲になったのですからね。
お名前を忘れるなんてことありえません。
忘れぬうちにまた会う約束をしておかなければ。
「また、ここで、あなたに会えたりしないでしょうか?」
「は、はいー! わ、私でよければ喜んで!」
彼女は緊張で裏返ったような声を出していた。
無理もありません。
きっと私と同じで仲間が出来たことが嬉しかったのでしょう。
分かります、その気持ち。
こればかりは、同じものを好きなもの同士でなければ分かり合えない、そういう感情でしょうね。
――今日は良かった。
本当に良かった。
喜ばしい一日になった。
私と同じ仲間ができたことが嬉しい。
それに……。
私と同じものを好きだと言ってくれた、あなたのことが……。
あなたのことが……。
なんでしょう、この気持ちは?
こんな感情を抱くのは、今までに経験したことがないような気がする。
――この心がゆらゆらと揺ら着いているかのような、この胸の高まりは、果たして何なのでしょうか……。
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