第17話私はあなたの騎士……そして……後編
≪アルバート視点≫
王子と私が、まだ十歳にも満たない歳のころだった。
「アル、城下に行きたいのだが……」
ユリウス様が、どこかモジモジとなさりながらそう言った。
「ダメです」
「そこを何とか!」
「いいえ、ダメです」
「何が何でもダメと言うのか?」
「はい、何が何でもダメです」
「ケチ……」
ユリウス様は苦々しい顔をしていた。
「ケチで結構です」
「何故ダメなのだ?」
「城下は危険だからです」
「そうなのか? 私が初めて馬車の中から城下を見て回った時は、それはもう素晴らしい光景であったぞ」
「……ユリウス様は知らないのです。素晴らしい街並みがあるのは、確かにそうなのですが、本当は危険な場所なども多いのですよ。私も聞いただけなので詳しくは存じませんが……」
「そうなのか……。なら俄然興味が沸いてきた。やはり何が何でも城下に行くぞ!」
「は? あ、いやいや、ですから城下は危険ですので行ってはなりませんと……」
「そんなことは関係ない! 私が城下をみたいのだ。いやむしろ、みなくてはならん。この国の王子として、人々がどのような暮らしをしているのか、この目で見て回らなくてはならないのだ!」
「殿下……そのお考えはとてもご立派です。ですが……」
「頼むよ、アルバート! 私が王宮の中でばかり暮らしていて、窮屈な思いをしていることはお前が一番よく分かっていてくれているだろう? だから頼む。今日だけ、今日だけ城下へ行ければそれでいいのだ。それにもし私が危険な目にあっても、お前が私を守ってくれるのだから大丈夫であろう?」
「……今日だけなのですね?」
「ああ、そうだ。私が約束しよう」
「……はあ、分かりました。王子殿下の仰せのままに」
「やったー! そうと決まれば早速行くぞ」
その無邪気に笑ったユリウス様の顔を見ると、これで良いのだと、つい思ってしまったのだった。
ユリウス様のお喜びは、私の喜びなのであると思ったのだった。
――それが間違いだったのだ。
私たちは密かに王宮を抜け出し、城下の街へときた。
「アル、やはり城下は素晴らしいところではないか。あそこの雄大な建物も、行き交う人々もみな全て活気に満ち溢れているではないか!」
「さようにございますね」
「アルよ、次はあっちの方へと行こう!」
そう言うと、ユリウス様は足早に方々を駆けずり回り始めた。
「ユリウス様、お持ちよ!」
私は慌ててユリウス様を追いかけた。
「あはは、アル、私を捕まえてみろ」
「待ってください!」
ユリウス様も私も知らぬ街並みを駆け回り、街の奥へ奥へと来ていた。
気付けば、自分たちがどこにいるのかも分からなくなっていた。
そしてたどり着いたのが、言い知れぬ嫌な感じを思わせるところだった。
そこはスラムと呼ばれる場所のようだった。
私も、そこへ近寄ってはいけないと教わっていただけで、実際にきたことはなかった。
「アル……その……もう帰ろう」
ユリウス様も何かを感じとられたのでしょう。
ここにいてはいけないのだと。
ここにいては危ないと感じたのでしょう。
「はい、戻りましょう。大丈夫です、私がついておりますから」
そう言って私は万一にも備えて、腰の剣に手をかけながら、ユリウス様と歩みを進めた。
――すると前方から、好ましからざる雰囲気を纏った者たちが現れた。
「やあ、ぼくちゃんたち。おじさんたちと遊ばなーい? ギャハハハハッ」
その者たちは一目見て、野盗か何かの類いであることは明白であった。
「アル……」
「大丈夫です、ユリウス様は下がっていてください」
私は剣を構えた。
「おう、おじさんたち相手にやる気かい? 威勢の良いことで」
野盗の一人がこう言った。
「なあ、こいつらのなり見て見ろよ。みたとこかなり良いとこの坊ちゃんたちみたいだぜ」
するともう一人が「ああ、本当だ。じゃあよ、こいつら生け捕りにして身代金でもふんだくるか? それとも、このガキどもかなり上玉のようだから、どこぞの野郎に高値で買い取ってもらうか?」などと言って仲間内で話し合っていた。
「外道どもめ……」
私は憤慨し、剣先を奴らに振るった。
「おいおい、ダメだよ。君らは今日からただの商品なんだから、そんな危ないおもちゃ持ってちゃダメでしょうが」
そう言いながら奴らの一人が私の剣を軽々といなした。
「くっ……なんのこれしき」
私はなおも剣を振るった。
「ああ、もうめんどせえな」
そいつは私の剣を避けると同時に私の腹に拳を振るってきた。
「ぐはっ!」
私は溜まらず悶えた。
「おいおい、あんまりやり過ぎんなよ。傷がつくとこいつらの値打ちが下がっちまう」
「大丈夫大丈夫。俺ちゃんと手加減出来るから」
そう言うと、また私の腹に拳を打ち込んできた。
「うぐっ!」
「あのさあ、お前手加減の意味分かってる?」
「え? 手加減って殺さないことを言うんじゃないの?」
「お前なあ……」
などとゲスどもがゲスな会話をしていた。
「クズどもめ……」
私の発したその言葉に拳を振るってきていた奴の癇に障ったようだった。
「ああ? 俺たちはこういうことして日々の暮らしを送ってんの。これがお仕事なのな。分かるか? お前らみたいな金持ちのボンボンどもの暮らしの裏では、俺たちみてえなのがいるってわけ。てめえらみてえなお育ちの良い坊ちゃんたちには分かんねえかもしれねえけどな」
そう言うとそいつは剣を私に向けてきた。
「決めた。俺ムカついたからこいつ殺すわ。もう一人のほうが要れば充分だろ? そっちはさっきから固まって身動きとれないみたいだし、おとなしく捕まってくれるだろ」
ユリウス様は蒼白な顔をしていた。
無理もない。
こんな事態に出くわすなど考えもしていなかったことでしょう。
もっともこんな事態から、ユリウス様をお守りするために私がお側についていたはずなのに……。
ユリウス様、申し訳ございません。
私がついておりながらこんな目に合わせてしまい……。
「好きにしろ」
一人がそう言うと、剣を持っている奴が私の方にゆっくり近づいてきた。
私はユリウス様に「ユリウス様だけでもお逃げください!」と急かした。
「イヤだ! アルも一緒に逃げよう!」
「良いからお逃げください!」
「良いねえ、お熱い友情だことで、おじさん妬いちゃうねえ」
その者がそう言うと、私に剣が振るわれようとした。
その時だった――
「アルー!」
その声とともに、ユリウス様が飛び出してきて、私を庇うようにして奴らに背を向け、その背中に剣が通った。
「うぐあっ!」
「ユリウス様ー!」
「あらら、ダメじゃんぼくちゃんそこでじっとしてなきゃ」
ゲスの者がひどく冷淡な口調でそう言ってのけた。
血が滴っているユリウス様に「ユ、ユリウス様ー! ユリウス様ー!!」と私はとにかく焦ってそう言った。
「大丈夫だよ、アル。私はお前とどんな時も一緒だ。お前は私の騎士であり、友なのだから……いつどんな時でも、私はお前とともにある」
か細い声でユリウス様がそう言った。
「ユリウス様……」
しかし今だ状況は絶望的だった。
だが――
「――そこまでだ下賤な者ども!」
その声は国王陛下のお声だった。
国王陛下が私兵をお連れになってきていた。
きっと王宮にいない私たちを探しにきたのでしょう。
ものの数分で私兵たちは野盗どもを成敗した。
野盗どもを捕らえるか、抵抗するものはその場で殺された。
そして、ユリウス様には救護の者が手当をしていた。
その後私は、国王陛下から「今回の件の処分は、また後日おって伝える」と言い渡された。
――それから後日、玉間に父上と私が呼ばれた。
「――此度の件の処遇を言い渡す。その前に何か言いたいことはあるか?」
それは国王陛下のお言葉であった。
そのお言葉に対して父上がこう言った。
「此度の件、我が息子に責任がありましょう。また親である私にもその責任はありまする。ただ、まだ息子は幼い身であります。しかるにどうか、私がその息子の責任を負わせて頂きたく。つきましては、私の身一つで如何様な処遇も受ける覚悟であります」
父上が私の身代わりになろうとしていた。
普通なら私の責任であるはずの今回の一件。
王子殿下の御身を危険にさらした。
そんなことは言語道断であり、その罪は死刑か、よくて極刑は確実だった。
全て私のせいだ……。
「うむ……。ではどうかな、アルバートの考えを聞こうか」
国王陛下が私にそう聞いてくださった。
「陛下! 今回の件は全て私の責任です。王子殿下の御身をお守りする責務がありながら、私はその王子殿下を危険にさらした。王子殿下に怪我を負わせたのは野盗なれど、ですが、私がその怪我を負わせたも同じことです。ですからどうか、私に全ての責任を負わせて頂きたく。どのような罰であろうとも私が受けます!」
「うむ……」
国王陛下がどうするかと深い思案顔となった。
その時だった――。
玉間の扉が開いた。
その扉の前にはユリウス様がいた。
いつもと変わるぬようなお姿であった。
無事で良かった……。
それが何よりもまず、ほっとした。
ユリウス様がこう切り出した。
「国王陛下お待ちください! 此度の件は全て私の責任にあります。もとはと言えば全て、私のわがままに始まったことなのです。私が城下に行きたいなどと言ったのが悪いのです。アルは……アルバートは私のそのわがままにただ従ったまで。つきましては今回の件、私が全ての汚名をかぶることで治めては頂けないでしょうか」
「そうは言ったものの、現に王子であるお前の身体は怪我を負った。命に別状が無かったのは救いだったが、これは大事なのである。この責任は誰かが負わなくてはならぬのだ」
「ならば私は王子の座を降りまする!」
「な、なに……?」
「ですからそういうことなら私は、王子の座など降りますと言ったのです」
「……何故じゃ? どうしてそうなる?」
「私が怪我を負ったのは、私が無力であったからです。無力な者がどのような目にあおうとも、それは己の無力さが招いたものであります。それに私のこの傷はこの国の大事な忠臣を守るために、そして私の大事な友を守るがために負ったもの。一人の大事な忠臣を守れずして何が王子でしょうか? 一人の大事な友を守れずして何が王子でしょうか? そんな何も守れぬ無力な王子ならば、そんな王子はこの国に必要ありません!」
そのお姿は、なんという神妙な王子の姿であったでしょうか。
私はこの方に仕えてきて良かった。
そう思うと同時に、私のユリウス王子への罪の意識はますます高まった。
「そうか分かった……。では、国王の名のもとに此度の処遇を命ずる! 此度の処遇は、我が国へのナイツ親子の一生の忠義を持ってして、その罪を償うことで、それを処遇とする!」
寛大な、いやあまりにも寛大すぎるその処遇。
それは実質今回の一件を不問とするものであった。
「ははー!」
父上と私は、国王陛下に深く深く頭を下げた――。
「――なあ、アル」
「はい、なんでしょうか? ユリウス様?」
「これを見てくれ」
ユリウス様の両手には花があった。
「これは?」
「これはなゼラニウムという名の花だ」
「はあ、これが何か?」
「いやな、この花は私とお前との関係のようでな」
「というと?」
「ゼラニウムの花言葉は”真の友情”と聞いた。まさしく私とお前とのことだと思ってな」
「ユリウス様……」
「なあ、アルバート」
「はい」
「このゼラニウムの花に誓ってはくれないか? 私とお前との堅く結ばれた絆と、そしてこの花のように”真の友情”を誓うと」
「……そのようなこと誓うまでもありません」
「アルバート……?」
「私はもとより、ユリウス様と”真の友”であるとお慕えしております!」
「アル……ありがとう。お前は私の
――それ以来、王宮の庭には今もなお、一輪のゼラニウムの花が咲き誇っていることは、言うまでもないことでしょう……。
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