第13話私の気持ち、あなたの気持ち

ある朝、私が学院に登校していた時のこと。




前にもあったように、校舎の玄関前で人だかりが出来ていた。




「ああ、本当にご立派な王子だ」とか「王子としてのご公務がありながら、生徒会長も兼任されているのよね」と、わいわいとした人の声で溢れている。




どうやらこれは、またこの間のように、王子を一目見ようとしている人たちで出来たもののようね。




私ももれなく王子の響きに浮かれ、そのご尊顔を一目見ようと人混みの中をかき分けていった。


そして王子の顔が見える位置にきた。


王子は優しい笑みを浮かべながら手を振っていた。






「ああ、やっぱりイケメン王子は溜まりません! その顔を見てるだけで活力が沸いてくるわ!」




と独り言を言っていると、王子の傍らに、どこかでみたことのあるような人が立っていることにふと気がついた。




とても凛々しくて背が高く、そしてどこか中世的なお顔立ちの、これまたイケメンさんだった。




うへへ。


このお方も王子と同じく、見ていると目の保養に良いわね。


でも、さてあれは誰だったかしら?


見覚えはあるのだけれど。


王子の隣に立っているところをみれば、きっとそれ相応の身分の方なのでしょうね。




そのお方に対して、他の女子が「王子殿下もとても素敵なお方ですが、アルバート様もなんと凛々しくてお美しいご尊顔でしょう! それに近衛騎士団団長であるお父様と同じく将来は騎士として期待されているそうですわよ」などと、わちゃわちゃとはしゃいでいた。




ああそうか。


そうだわ、あのお方は、この乙女ゲー世界の四人の攻略対象のうちの一人。


アルバート・ナイツ様だわ。


どうりで見たことがあるはずよ。




彼は近衛騎士団団長であるお父様の息子みたいね。


ということは、彼は王子の側を離れずに、王子のことを警護しているということなのでしょうね。




ああ、なんて尊いのかしら。


イケメン王子様と、その側近もまたイケメン騎士様だなんて。


イケメンはまたイケメンを呼ぶということなのでしょうか……。




「殿下、そろそろお時間が……」アルバート様が王子にそう言っているのが聞こえた。




「そうか、ではそろそろ行こうか」




王子はそう言うと、優美な歩みで、私たち生徒の前を通り過ぎていった。


そしてそれにアルバート様も続く。




ああ、そうよね……。


私は向こうのことを認識しているけど、逆に向こうからしたら私のことは、他の一般生徒のモブAくらいなものですよね……。




まあ、今はそれでも良い。


いつか……きっと。


いつか必ず王子とお近づきになるわよ。


だからこんなことでメソメソしてる場合じゃないわよ、私!


お近づきになるために、まずは標的の情報を集めないと……。










――――




私は今、学院内でこっそり王子を尾行して、王子とお近づきになるための情報集めをしていた。


勿論、昼間は授業があるので放課後になってから、王子のストーカー……いえ、王子の探偵をしているのだった。




今王子とアルバート様の二人は廊下を歩きながら、談笑をしていた。


こっそり聞き耳を立ててみる。




ユリウス王子がケタケタと笑いながらこう言っていた。




「……昨日父君が『国王であるこの私に唯一膝をつかせたのが、私の妻でな。つまりお前の母だ。いやはや、あの時の剣幕は凄まじかった。あの時のこと、今でも夢に見るわい』って真面目な顔していきなり話し始めたんだよ」




ユリウス王子は国王であるお父様のお話をしているみたい。




「あの時の国王陛下の焦りようと、マリア王妃のお怒りようは、今でも王宮内で語り継がれる大事件ですよね」




「ああ、それでな、その話を聞いて『その時の国王陛下の心中はさぞや大変なものだったでしょう』って俺は言ったんだよ。そしたら父君はなんて言ったと思う?」




「さて、なんと仰ったのですか?」




「『うむ。お前も女性問題には充分に気を付けるように』だとさ。それを聞いて俺の心の中ではもう、抱腹絶倒の嵐が起きてしまっていたよ」




「あはは、なんとも国王陛下らしいご発言ですね」




アルバート様の笑ったお顔がなんて尊いのでしょう。




「そうなんだよ。やらかした当の本人がそれを言うとは、いやはや父君もしっかりしてるようで、どこか少し抜けているんだよな」




「こう言ってはなんですが、なんとも微笑ましい国王であらせられると思います」




「そうか? お前の陛下への評価は少し甘すぎるんじゃないか?」




「いえ、そのようなことは……」




「良いよ良いよ。別に俺の前では気兼ねのない話をしてくれて構わないと言っただろ? お前は私の騎士であり、そして私の友なのだから」




「もったいないお言葉です。それで、まだその話には続きがあるのでしょうユリウス? 聞かせてくれはしないかな?」




「ああ、そうだったな! でだな、その後俺は父君にこう言ったんだよ『一国の王子であるこの私も、国王陛下のように国民の手本であるように努めます』とね。そしたらそれを聞いた父君が『うむ……。そのように励むが良い』と、まるで叱られたあとの子供のようにシュンとした顔になってね。いやはや、あれにはさすがの俺も吹き出しそうになったよ」




「うふふ。本当に陛下は、なんとも面白いお方ですね」




「そうなんだよ! そうだ、アル、あの話まだ覚えてるよな?」




「ユリウスが、いたずらで置いた蛇のおもちゃをみて、驚いた陛下が腰を抜かしてしまった話のことなら覚えているよ」




「あはは、あの時は本当に笑ったものだよな――」




――二人は談笑で盛り上がりながら、生徒会の執務室に入っていったのでした。




……尊い!




もうとにかく二人が尊い!


はあ……ユリウス王子とアルバート様のいる世界にこられて本当の良かったわ。




こんなもの見せられては、私のオタク魂に熱が込み上がってきてしまうわー。




ユリウス王子と、その王子をお守りする騎士のアルバート様。


その二人の男の友情が、なんともまぶい。




ユリウス王子には絶対的な魅力があるけど、アルバート様もまた捨てがたい。




この二人のどちらか一人を選ばなくてはいけないなんて、私、なんて罪な女なのー。


ああ、ダメよ二人とも。


私を巡って争わないでー!




「――やあ、こんなところで会うなんて奇遇だなミシェル!」




「うわあっ!」




突然後ろから声がかかってきたので、驚いてしまい、その拍子にのけ反りそうなってしまった。




「おっと、危ない。悪いミシェル驚かせたな」




そう言いながら、私を軽々とひょいっと支えてくれたのは、ヴェインだったのでした。




「な、なんだあ、ヴェインでしたか。とりあえずありがとうございます」




それから私は、自力ですっと身体を立て直した。




「とりあえずありがとうか……。まあ、それは良いや。それより、ミシェルはこんなところで何してたんだ?」




「え、何ってそれは……ヴェインには関係のないことですよ。オホホホホ……」




「なんだそれ。まあ、そんなことよりここであったのも何かの縁だし、これから俺たち二人でお茶でも行かない……」




「結構です! ではご機嫌よう、ヴェインさん」




そう言うと私はそそくさとその場から立ち去ろうとした……。


のですが……歩こうとすると足に鈍い痛みが走った。




「いたっ」




「どうしたミシェル?」




「足が痛くて……」




「もしかして、さっきミシェルがのけ反りそうになった時、足を捻ってしまったのかもしれないな」




「そうかもしれませんね」




「そういうことならエスコートが必要だろう」




「へ? 何を言って……」




彼は私の肩を掴み引き寄せ、丁度ヴェインの胸辺りの高さで私の顔がくる形になった。




「俺が君をこうして支えてやるよ」




「はわわわわわわあっ!」




「このまま保健室に行こうか」




私は緊張でもう何も考えられずに、ただコクコクと頷き、ヴェインにされるがまま、一歩一歩ゆっくりと歩いていった。


私の歩幅に合わせるように、ヴェインもまたゆっくりと歩くのでした。




うう、保健室ってこんなに遠かったかしら……。


私このままじゃ恥ずか死んでしまうわ……。




私のそんな気持ちとは打って変わって、ヴェインはただ、にこやかに私を見つめてくるのでした。




「なあ、この際だから聞かせてくれないかな?」




ヴェインが歩きながらこう切り出す。




「何をですか?」




「ほら、この間のその……、”あの”時に君はどう思ったんだ?」




”あの”時というのは……ヴェインが私の頬にキスをしてきたことを言っているのでしょうね……。


正直、その時の記憶は封印したい気持ちだけれど……。


ここはとぼけたふりをして、なんとかやり過ごそう。




「さ、さあ、一体、なんのことを言っているのやら。私には分かりかねますね」




「『私には分かりかねます』か……。ふふふ、どうやら”俺”の姫様はおとぼけになるのがお得意なようだ。まあいいさ、姫様が俺の方を向いてくれるまで、それまでずっと待っているだけのことさ」どこか寂しげな表情のヴェイン。




――ヴェイン、本当はそうじゃないのよ。


私があなたの方を向かないんじゃない。


そうではなくて、本当はあなたの方に向けられないだけなのよ。




だって、あなたのことを見ていると、あなたの放つそのまぶしさが、私にはとても遠いもののように思えるから。


私とは正反対のような人だから。




あなたを近くで見ていると、私は自分の浅ましさが憎く思えてきてしまう。


口では王子と結ばれたいなどと言っておきながら、あなたに心を奪われそうになっている自分が、酷く恥ずかしくなってきてしまうのだ……。




ヴェイン、あなたという人は、本当にこんな私であっても、ずっと見ていてくれるというのですか。




私にはそれが分からない。


ヴェインの本当のところの本心が、私にはわからないように、実のところ自分自身の気持ちもまた、私には分からないことだらけなのだった……。




結局私はこれからも、何も分からないままなのかもしれません。


でも、いつか分かるその日までは、このまま何も変わらないでいて欲しい。

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