閑話どうか見ていてください……
≪グウェン視点≫
父さんのいる書斎のドアの前で、深呼吸をする。
父さんと面と向かって話しをするのはいつぶりになるだろう。
正直逃げ出したい。
でも、言わなくちゃ。
僕は騎士ではなくて、本当は画家になりたいのだと。
ミシェルと出会ってから、僕の心に灯った光。
彼女の言葉で灯された希望。
彼女のおかげで、今まで灰色だった僕の人生が光り輝き始めたんだ。
彼女が照らしてくれた画家への道を、僕は進むと決めた。
なら逃げるな、僕。
意を決してドアをノックした。
「父さん、グウェンです」
すぐに男の低い声が返ってきた。
「……入れ」
扉を開けて書斎に入る。
眉間に皺の寄っている厳格な顔の男が見えた。
書斎の机越しにその厳格な顔の父さんと対面する。
「どうしたのだグウェン?」
「父さん、あのさ……。僕、画家になりたいんだ!」
「……何故だ? 私はてっきり、お前は騎士になるのだとばかり思っていたのだが」
「ある人の言葉で気付いたから。一人で描く絵は『絵』じゃないのだと。それじゃダメなんだ。絵は人に見て貰って初めて『絵』になるんだ! だからそのために、僕の描いた絵をたくさんの人に見て貰って『絵』としてたくさん作品を残していきたいんだ!」
眉間に寄った皺が更に深くなり、思案顔になった父さん。
「しかし絵の世界で生きていくことは容易いことではないのではないか? 騎士の道を生きるほうがお前のためだと思うのだが」
「それでも僕は画家になりたいんだ!」
今までこんなに父さんと本気でぶつかりあったことがあっただろうか。
そうだ。
僕はこんなに本気なんだ。
だから自然とこんな言葉が喉を通った。
「昔、僕の絵を大好きだと言ってくれた人がいた。その人は僕の絵を見るたびに喜んでくれるんだ。その人が喜んでくれたように、たくさんの誰かを僕の絵で喜ばせたいんだ! 母さんもきっと天国でそれを望んでいるはずだ!」
一瞬、その言葉を聞いた父さんの眉間の皺が、少し緩んだように見えた。
「そうか……。メアリーがお前の絵を……」
母さんの名を口ずさんだ父さんは、微かにほころんだ顔を見せた。
そして深く目を閉じてからこう言った。
「私には、剣の振るい方は教えられても、筆の振るい方は教えられない。
だから私に出来ることといったら精々、お前を応援することだけだ。お前の画家としての道が輝かしいものであると願うしか出来ない。
その己の道は、自分で切り開かなくてはならない。
それでもやるというのだな?」
「もとよりそのつもりです!」
「そうか……。では一つ頼まれてくれないか」
「頼み……? どんな?」
「お前が描いた作品を、最初に私に見せてはくれないだろうか? 不躾な頼みで申し訳ない。だが、私の愛した人が愛した絵を、誰よりも先に私が見ることが出来る。そんな贅沢をお願いすることは出来ないだろうか?」
「父さん……。ええ、喜んで頼まれましょう」
「ありがとう、グウェン」
そして父さんは、申し訳なさそうにしながらこう言った。
「すまないグウェン。メアリーに先立たれてからというもの、お前のことをちゃんと見てやれていなくて。本当にすまなかった。お前の気持ちにも気付いてやれなくて」
「謝らないでください父さん。良いんですそんなことは。
むしろ謝るべきは僕のほうです。父さんの騎士になれという期待を僕は裏切ったんですから」
「ふはは、お前もいつのまにか立派になったものだな。息子よ、お前は私の誇りだ。
そして私の愛した人が残してくれた、大切な宝だ」
僕の画家への道は険しいものかもしれない。
けれど、僕には、僕の人生を見守ってくれている人がいる。
父さんと天国にいる母さん、二人が見ていてくれている。
だから僕は頑張れる。
僕のことを、宝だと言ってくれた二人のために。
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