第9話君と出会って……後編
≪グウェン視点≫
母さんと、もう二度と会うことが叶わなくってしまった。
そんな現実を、僕は簡単に受け入れることが出来なかった。
絵を描こうと思わなくった。
というより、描こうと思っても、涙で絵の具が滲んでそれどろではなかった。
けれどある時、自分は絵を描かなくていけないと、そんな使命感に駆られるようになった。
母さんが大好きだと言ってくれた僕の絵を、空の上から母さんに見て貰うんだと、自分を奮い立たせた。
だから描いた。
描いて描いて、がむしゃらに描いた。
でも……描くたび描くたび虚しいだけだった。
満たされなかった。
描いている絵はとっくに完成しているはずなのに、何かが足りない。
目を通してみれば色があるはずの絵が、『心の目』を通してみてみると灰色にみえた。
それはまるで、絵ではない、何か空虚なものを見ているようだった。
これは僕の絵ではない。
そんな想いを抱かせた。
それでも僕は、絵を描き続けた。
僕の絵を、大好きだと言ってくれた人のために。
僕に才能があると言ってくれた人のために。
僕のことを特別だと言ってくれた人のために。
僕を宝物だと言ってくれた人のために……。
その人のために描き続けた。
そうしていれば、大好きなあの人が、また褒めてくれる気がしたから。
きっと見ていてくれていると信じたから。
見えないだけで側にいてくれているはずだから。
待っていればきっと聞こえてくるのだと思った。
母さんの、綺麗で聡明な優しいあの声が。
けれど……いつまでたっても聞こえてこなかった。
……そうだった、あの人はもういないのだ。
その時になってようやく気付いた。
どうして自分の絵が何か足りないと思うのかを。
あの人が、僕の絵を褒めてくれる言葉。
それがあって、初めて僕の絵は完成するのだと分かった。
それ以来、僕は蛇足でしか描けなくった。
いつまでも完成しない絵を。
でもそれでも良いと思った。
僕が向こうの世界であの人にあった時。
その時、もしも絵の腕が落ちていたらあの人に顔向けができないから。
あっちでたくさん見て貰えば良いんだ。
そしてたくさん褒めて貰えば良いんだ。
それまで、僕は描き続ける。
例え完成しない絵であっても。
最後に母さんにみせた絵よりも、もっと上達した絵を見て貰えるように……。
――――
その日もいつものように一人、美術室に籠っていた。
いつものように絵を描いていた。
筆とまるで一心同体になったように手を動かしていた。
そんな時に、君と出会ったんだ。
ミシェルといった名前の子。
その子に、今僕が描いている絵を見せて欲しいと頼まれた。
特に断る理由もないのでみせた。
そしたら彼女が「素敵な絵をありがとう」と言った。
正直照れくさかった。
今まであの人以外に絵を見せたことがなかったから、こうして間近で他の人に感想を言われるのが恥ずかしかった。
と同時に、彼女のその言葉をどこかで言われていたような気がした。
昔、誰かに同じことを言われたような、そんな気が。
彼女は僕に、将来は画家になるのだろうと聞いてきた。
正直画家になるつもりはなかった。
それに、騎士団団長である父さんからは「お前は騎士になれ」と言われていた。
僕もなんとなくそうなるつもりだった。
だからそのありのままを彼女に伝えた。
そしたら彼女が、「そんなのダメよ!」と言った。
一瞬、その意味が分からなかった。
そして彼女はこう続けた。
「だって貴方には才能がある。誰もが才能に恵まれて生まれてこられる訳じゃないのよ。それなのにあなたはその才能を発揮しようとしないだなんて。そんなの絶対ダメよ! だって、こんなに素敵な絵が描けるのだから……。だって、あなたは特別なんだから……」
僕は彼女のその言葉に驚いた。
「あなたには才能がある。だってあなたは特別だから――」
――脳裏に張り付いていたその言葉。
いつだったか母さんに言われたことと同じことを、彼女は僕に言った。
彼女にそう言われて僕はやっと気付いたんだ。
絵とは、それを描く人がいて、そしてその絵を見る人がいて初めて完成するものなのだと。
そうか。
僕の絵は完成しないんじゃない。
完成させようとしなかっただけだったんだ。
もっとたくさんの人に僕の絵を見て貰いたい。
より多くの人に、僕の絵を見て貰うことで、それでやっと完成されるのだから。
だからそのために僕は……画家になりたい。
ミシェル、君と出会って、やっと僕はそのことに気付けたよ。
君は、僕のそんな気持ちにはきっと気付きはしないだろう。
ありがとう、ミシェル。
僕の恩人であり、初めて好きになった人。
君と出会ったおかげで、僕の絵はこれでやっと、完成されたんだ……。
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