第8話君と出会って……前編

≪グウェン視点≫






小さいころから母さんが大好きだった。




綺麗な人だった。


聡明な人だった。


そして、とても優しい人だった。






僕が四歳の頃だったか、母さんの似顔絵を初めて描いたことがある。


その絵を母さんに渡すときに、どう言われるかなと、子供ながらに少し緊張したのを覚えている。




「あの、お母さんこれ……。お母さんのために描いたんだ!」




その絵は、良くも悪くも子供が描いた絵。


今思えば、そのとき母さんは僕を傷つけないために、優しくこう言ってくれたのだと思う。




「あら、これがお母さんなの。とっても綺麗な色で描いてくれたのね。でも、私ってこんなに美人だったかしら?」




微笑みながらそんな冗談を言った母さん。




小さいときの僕は、それが冗談だと分からすに「お、お母さんはすごく綺麗だよ!」なんて言ったっけ。




そんな僕の言葉に、母さんが「ふふふっ」と笑った。




そして僕の頭を優しく撫でながら、母さんは「とっても素敵な絵をありがとう、グウェン。お母さん、あなたの絵が大好きよ。ねえ、またこうして絵を描いてくれないかしら? あなたが描く絵を、もっとたくさん見てみたいわ」と言った。




「うん! 僕お母さんのためにこれからもっと絵を描くよ!」




「ふふ、楽しみだわ」




――それからというもの、僕はもう夢中で筆と紙に噛り付いた。




色んなものをみて描いた。


絵を描いて描いて、たくさん描いた。


描くたび描くたび、母さんがその絵を褒めてくれた。




それがもう、僕には、たまらなく嬉しくて。


そして自分でも、絵の腕が上達していくのがわかった。




母さんも、僕の描いた絵をいつも褒めてくれるものだから、俄然描き続けてどんどん上達していった。




あるとき、いつもと違う構図の絵を描いてみたいと思った。


だからなんとなく、庭に生えていた木によじ登って、高い所からの眺めをみて描こうとした。




でも登っている最中にバランスを崩してしまい、木から落下してしまった。




「うわー、いたいよー!」と、ぎゃんぎゃん泣きじゃくる声が響いた。




「まあ、大変!」




その騒ぎに気付いた母さんが、駆け寄り、僕の身体をさすってなだめてくれた。




「もう痛くはないかしら?」




心配そうな顔で僕を見る母さん。




「うん、だんだん痛くなくなってきた」




「良かった……。ねえグウェンお母さんと約束して」




「なにを?」




「もう絶対に、危険なことはしないって約束して欲しいの」




「で、でも、お母さんに上からながめた景色の絵を見てほしかったから……。だから……」




それは子供ながらにどこか不服といった気持ちの言葉。




そんな僕の言葉を聞いて、ことの経緯を察したといった母さんが、


「グウェンのその気持ちはとっても嬉しいわ。


でもね、あなたが危険なことをしてもし怪我でもしたら、お母さんはとっても悲しいの。それにもし手に怪我を負ってしまったら、もう二度と絵を描けなくなるかもしれないのよ。そしたらもう、あなたの新しい絵を見れなくなってしまう。お母さんそんなの悲しすぎるわ。だからねグウェン、お母さんをもう悲しませないってお願いできるかしら?」




凛とした優しい口調で、諭すようにそう言った母さん。




「分かった。お母さんのこと、もう悲しませたりなんかしない」




「ありがとう、グウェン」




そう言うと母さんは僕を抱きしめ、そして痛みで流した頬をつたう僕の涙を拭いながら「忘れないでグウェン。


あなたには才能がある。だってあなたは特別なのだから。そして私の大事な大事な宝物よ」




そんな母さんの言葉を聞いて、僕はぎゅっと、母さんを強く抱きしめた。




「うん! お母さん大好き!」




――小さい頃から母さんが大好きだった。




綺麗な人だった。


聡明な人だった。


そして、とても優しい人だった……。




――けれど、母さんは病にかかり、突然帰らぬ人となってしまった。

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